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町山智浩『工作 黒金星と呼ばれた男』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『工作 黒金星と呼ばれた男』を紹介していました。

(町山智浩)この間、日本でJASRAC(日本音楽著作権協会)が自分の職員を約2年間に渡って音楽教室に潜入調査させていたっていう事件がありましたよね?

(赤江珠緒)いまニュースになっています。はい。

(町山智浩)で、2年間もやっている間、ヴァイオリンの上級者コースで。コンサートまでそのスパイの人はやっていたらしいんですね。で、僕はすごく不思議に思うのは、この先生とスパイである生徒との間に2年もやっていて演奏会までやっていたら、師弟の絆みたいなものができていたと思うんですよ。

(赤江珠緒)さすがに生まれてくるでしょうね。

(町山智浩)ねえ。「がんばろう!」みたいな感じでね。その心の絆はいったいどうなったんだろう?っていうことですよね。

(赤江珠緒)そう。たしかに。だって自分の腕前も上がったでしょうよ。それは2年もやっていると。

(町山智浩)と、思うんですよ。やっぱり芸術を作るっていうことだから、非常に感情的なことなんだけども。それを使って「音楽教室の中で音楽を勝手にやっている。お金を取れ!」みたいな話になっているわけじゃないですか。

(赤江珠緒)そう。だから「JASRACはそこまでやるんだ!」ってちょっと思いましたけどね。

(町山智浩)これ、すごい潜入捜査物の映画にしたらいいと思うんですよ。

(山里亮太)スパイの心の葛藤とかもあるでしょうしね。

(町山智浩)そうそうそう! で、今回紹介する映画なんですが、スパイ映画です。

(赤江珠緒)ああ、そういうことなんですね(笑)。

(町山智浩)ちゃんとつながっているんです。前振りでした(笑)。『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』っていうタイトルの映画なんですよ。ブラック・ヴィーナスってでも、この写真のメガネのおじさんなんですよ。

(赤江珠緒)うん。女性かな?って思いましたね。ブラック・ヴィーナスって聞くと。

(町山智浩)黒人の美女かなんかだと思うじゃないですか。ブラック・ヴィーナスって聞くと。このおじさんはどう見ても松重豊さんにそっくりな渋めのおじさんですよ。

(町山智浩)『孤独のグルメ』みたいなおじさんですよ(笑)。

(赤江珠緒)ブラック・ヴィーナスって呼ばれていたんだ。

(町山智浩)これはね、韓国の諜報部の安企部というのがあるんですね。国家安全企画部という。そこがつけたコードネームがブラック・ヴィーナスなんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)だからね、正体はこの40過ぎのおっさんなんですけども。これね、実際にあった話です。これは大変に面白い映画なんですよ! あっと驚く話です。

(赤江珠緒)実在のスパイ。

北朝鮮に潜入する安企部のスパイ

(町山智浩)この国家安全企画部、韓国の安企部から1人の軍人、パク・ソギュンという軍人が「北朝鮮に潜入しろ」という命令を受けるんです。その人がブラック・ヴィーナスなんですけども、その人の話で実話です。で、まずその目的は北朝鮮が核開発……プルトニウムを作って核爆弾を作っているらしいということで、それを調査することが目的なんですね。で、そのためにこのパクさんはもともとは軍人なんですけど、ビジネスマンのふりをするんですよ。それで当時ね、北朝鮮がお金がなくて、外貨獲得のためにいろんなことをやっているんですね。有名なのでは北朝鮮がインチキなロレックスを作っていたとか、ありますよね?

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)とにかく、なんでもやっているから、お金が儲かるとなれば北朝鮮も絶対にそのエサに食いついてくるだろうっていうことでこのパクさんは北京で「北朝鮮相手のビジネスがしたいんだ」ってそこらじゅうでしゃべって、いろいろとやって。まあエサをばらまくんです。そしたら、北朝鮮政府の外貨獲得班の所長のリさんという人がそれに食いついてくるんですよ。で、「なにか韓国とお金儲けができないだろうか?」っていうことで、パクさんとリさんが会うんですけども。このリさんという北朝鮮の所長さんはお金儲けのために徹底的に資本主義のビジネスを研究した人で。なんというか官僚なんですね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、とにかくお金がほしいということでパクさんと交渉をするんですけど、そこにチョン課長という北朝鮮の軍人がついてくるんですよ。で、この人はものすごく鋭い軍人で、秘密警察みたいな男なんですね。で、このパクさんを「どうせスパイだろう?」っていうことで徹底的に怪しんでいくんですよ。で、北朝鮮の内部に入ってキム・ジョンイルに会うのがこのパクさんの最終目的なんですけども。ところが、いままでそういった形で安企部から北朝鮮に潜入させたスパイというのはいっぱいいたんですね。でも、誰も帰ってきていないっていうんですよ。

(赤江珠緒)怖い怖い怖い……。

(町山智浩)みんなバレちゃって殺されているという。で、「君もその1人にすぎなくて、もしバレたとしても我々安企部も韓国政府も一切感知しないからそのつもりで」って言われるんですよ。これはもう、エクスペンダブルでスーサイドなミッションなんですよね。で、命がけで北朝鮮に行くんですけども、そうしている間に経済所長のリさんとの間に友情がだんだんだんだんと芽生えていくんですよ。

(赤江珠緒)ほう!

(山里亮太)まさにさっきのヴァイオリンの先生と生徒のように。

(町山智浩)そう! その通りなんですよ。で、このリ所長という人は北朝鮮の人なんだけども、すごく真面目な人で。北朝鮮があまりにも貧しいから、なんとかお金を稼ぎたいと思って必死なんですね。それでパクさんの方も北朝鮮に行って餓死している子供たちを見ちゃうんですよ。で、お金をなんとかあげたいっていう気持ちと、このひどい軍事独裁政権をやっているキム・ジョンイルは絶対に許せないから韓国のスパイとして倒したいっていう気持ちもいっぱいになって。でも、騙しているということもあって友情とスパイとしての使命の中で引き裂かれていくっていう話なんですよ。

(赤江珠緒)はー! それは板挟みになりますね。

(町山智浩)なるんですよ。しかも、彼がスパイだってずーっと疑っている軍人は自白剤まで打ってなんとか吐かせようとするんですよ。というすごい、もうどうしようのない状況の中で、さらにもうひとつ巨大な陰謀がそこにのしかかってくるんです。この陰謀っていうのがすごいんですけど、「北風工作」という陰謀なんですね。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)これはね、パクさんが潜入している時が1996年から97年なんですけども。この時に勧告では大統領選挙があるんですね。それで、ずーっと与党が勝ってきていたんですけど、そこではじめて野党のキム・デジュン(金大中)候補が勝利しそうな勢いになっているんですよ。で、その勝利を絶対に阻止しなければならないということで、安企部が裏工作を始めるんですよ。

(赤江珠緒)うん?

(町山智浩)というのは、「野党だから阻止しなければならない」というのではなくて、安企部にとってキム・デジュンは長年の宿敵なんですよ。これね、話が長くなるのでちょっとゆっくり聞いてくださいね。もともと安企部というのは「KCIA」という組織だったんですよ。大韓民国中央情報部という組織だったんですね。で、韓国は1962年にパク・チョンヒ(朴正煕)という軍人が軍事クーデターを起こして政権を奪った軍事独裁国家だったんです。

(赤江珠緒)パク・クネさんのお父さんですね。

金大中とKCIAの因縁

(町山智浩)そうです。で、軍事独裁国家だったので、KCIAは反体制運動家を見つけ出して捕まえて拷問をする秘密警察だったんですよ。それが安企部の前身です。それでキム・デジュンさんはそのパク・チョンヒ軍事独裁に対して自由と民主化を求めて挑戦していた勇気ある政治家だったんですよ。で、非常に人気もあったんですね。だからKCIAはキム・デジュン氏を何度も何度も暗殺しようとしました。

(赤江珠緒)実際に日本でも拉致されたりとか、ありましたもんね?

(町山智浩)そうなんです! 僕はもう完全にリアルタイムで覚えているんですけども。事件があった飯田橋のホテルの近くに住んでいたので。警察とか来て大変だったんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうですか。我々は生まれる前だったんですけども。やっぱり事件として大きかったということで。

(町山智浩)大変な事件だったんですよ。まず、1971年にKCIAはトラックをキム・デジュンさんの車に突っ込ませて、そこにいた人を皆殺しにするみたいなひどい暗殺をやったんですけど、標的のキム・デジュンさんは運良く生き延びちゃったんですよ。そこで、1973年にキム・デジュンさんが日本の自民党に呼ばれて来日したんですね。その時、飯田橋のホテルの部屋でKCIAの職員たちがキム・デジュンさんを誘拐して拉致して、そのまま船に乗せて日本海に出て。そこで船の上で体に鎖と重りをつけて、海に投げ捨てようとしたんですよ。

(赤江珠緒)いや、もうこれは考えられないですよ。最近ですもんね。

(町山智浩)1973年ですよ。で、まさにその現場を日本の海上保安庁のヘリコプターが発見して、それを照明弾で照らして邪魔をしたんですよ。で、そのままずっとその船についていったんで、殺せなかったんですよ。日本の海上保安庁がお手柄なんですけども。で、殺されずにすんだんですが、その後にパク・チョンヒは暗殺されて、チョン・ドファン(全斗煥)大統領になるんですが、彼も独裁政権を続けるんですね。で、1980年に光州事件というのが起こるんですよ。

(赤江珠緒)ああー! 以前に町山さんに光州事件の映画を紹介してもらいましたね。

(町山智浩)はい。『タクシー運転手』という映画です。

町山智浩『タクシー運転手 約束は海を越えて』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で韓国映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』を紹介していました。

(町山智浩)光州というところで反政府デモをやっていたら、そこに武力で鎮圧をかけて大量虐殺になってしまったという事件ですね。で、その最初の反政府デモの首謀者がキム・デジュンだという濡れ衣を着せて、彼に死刑判決を出したんですよ。

(赤江珠緒)とにかくキム・デジュンさんを抹殺したかったんですね。

(町山智浩)とにかく殺したかったんですよ。で、「キム・デジュン氏は北朝鮮と通じているスパイで、反政府デモをリードしたんだ」ということで死刑判決が下されるんですよ。それはでっち上げなんですけども、そのでっち上げをしたのがKCIAなんですね。で、その時に日本の鈴木善幸総理大臣がその死刑判決に対して抗議をしまして。で、海外からも激しい抗議を受けたのでキム・デジュン氏は死刑を免れたんです。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)この人、いつもギリギリなんですよ。

(赤江珠緒)そうですね。何回も命からがら……。

(町山智浩)そう。ギリギリのところで助かっているんですけども。KCIAにとっては殺したくてしょうがないんですよ。で、次に1987年についに軍事独裁政権に対して韓国の民衆が蜂起して……これも映画を紹介しましたよね? 『1987、ある闘いの真実』という映画ですけども。

町山智浩『1987、ある闘いの真実』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で韓国の民主化運動を描いた映画『1987、ある闘いの真実』を紹介していました。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)それでとうとう、民衆が一斉に蜂起したんで、ついに大統領選挙が行われるんですね。それまでは韓国では選挙はなかったんですよ。で、とうとう選挙が行われたんですが……キム・デジュン氏も立候補するんですけども、野党候補を一本化できなかったんで、勝てなかったんです。その後も10年間、その軍事独裁政権の流れをくむ与党がずっと韓国の政権を取り続けたんですね。ただ、その間に与党はものすごく腐敗をしちゃって。もう次々に汚職、汚職、汚職。あとは経済政策が失敗して、韓国は大変な経済危機に陥っちゃうんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)そこにまた、キム・デジュンさんが大統領選挙に出てきたんですね。1997年。で、これはもうキム・デジュンさんが絶対に勝つだろうっていう状態だったんですよ。でも、もしキム・デジュンさんが勝って大統領になったら、元KCIAである安企部は……安企部、「KCIA」っていう名前がマズいっていうことで民衆の蜂起の後で安企部という名前に改名されるんですよ。基本的には同じ組織なんですけどね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、もしキム・デジュンさんが大統領になったら、たぶん安企部は廃止されるでしょう。だって自分を何度も殺そうとしてきたんだから。しかもね、キム・デジュンさんのご長男もKCIAに拷問をされて体に一生残る障害を受けたんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ?

(町山智浩)だからこれ、安企部は絶対に潰されるでしょう? だから安企部は生き残るためにある作戦を考えたんですよ。それが北風工作。

(赤江珠緒)ええっ? 生き残る方法、あります?

安企部の生き残り策「北風工作」

(町山智浩)なんだと思います? どうしたら、この状況で与党を勝たせることができますか? 要するに、腐敗がすごくてぐちゃぐちゃで……。

(赤江珠緒)北風……「太陽政策」に対する北風っていうことですか?

(町山智浩)この北風っていうのはちょっと違っていて。実はその前に選挙があった時、北朝鮮が軍事行動を起こしたんで与党が勝っちゃったんですよ。つまり、北朝鮮の脅威があると、やっぱり軍事的に強い与党の方が安心だということで、与党に支持率が行くんですね。それを北から吹いてきた風が野党を蹴散らしたということで「北風」と呼んだんですよ。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)ということは、キム・デジュンが勝ちそうだったら安企部はいったい何をすればいいでしょうか?

(赤江珠緒)でも、まさかの?

(山里亮太)北朝鮮に攻撃をさせるっていうことですか?

(町山智浩)その通りなんです!

(赤江珠緒)ええっ? そこ、通じちゃっていて? 究極のマッチポンプじゃないですか、それ。

(町山智浩)究極のマッチポンプなんですよ。安企部は北朝鮮政府を買収して、大統領選挙の前に韓国に対して武力攻撃をしてほしいという風に依頼をしたんです。

(赤江珠緒)うーわっ! とんでもない話ですね!

(町山智浩)とんでもない……「本当かよ?」って思いましたよ。ねえ。まあ、攻撃っていってもちょこっと砲撃をするとか、ロケット弾を打ち込むとか、ミサイルを海に打ち込むとか、そういうことですよね。で、もしそういうことがあれば、隣国が大変に怖いということになれば国民はハト派的なキム・デジュンよりもタカ派で軍事的に強硬派の与党を支持するだろうということですよ。

(赤江珠緒)心理的にはそうなりますね。ええっ?

(町山智浩)ねえ。で、これ、北朝鮮側もよく受けるなってなりますよね。

(赤江珠緒)そうそう。「そこ、仲良しなの?」みたいな。

(町山智浩)そう。でもこれもね、韓国が北朝鮮に対して敵対的な方が北朝鮮の軍事独裁政権を維持する理由になるからですよ。要するに、「韓国が我々に対して軍事独裁政権を維持し続けているから、我々も軍事を強くしなければならない。独裁を強くしなければならない」っていう言い訳ができるじゃないですか。

(赤江珠緒)そうか。お互いの存続のためには。

(町山智浩)そう。お互い、南北が対立をしていた方が、南も北も独裁政権だから、政権が安定するんですよ。これ、利害が一致しちゃうんですよ。南北の両国がお互いの存続のために軍事的緊張をでっち上げるんですよ。びっくりしましたよ!

(赤江珠緒)ねえ! なにをやってるんだ?っていう話ですけどね。

軍事的緊張をでっち上げる

(町山智浩)でしょう? だからこれがなんか愛国を語る人たちの実態なんだなって思うんですけども。これにね、パクさんが巻き込まれていくんですよ。で、大統領選挙はいったいどうなるのか?っていう映画なんですね。この『工作』という映画は。

(赤江珠緒)そうですね。うん。

(町山智浩)これ、大変な映画ですよ、これ。

(赤江珠緒)事実に基づいているの?

(町山智浩)事実に基づいているんですよ、これ。これはすでに公開されている1980年の光州事件を描いた『タクシー運転手』と1987年の民主化を描いた『1987、ある闘いの真実』に続いてこの映画が来るんですね。1997年の大統領選挙。これ、三部作だなって思うんですけども。まあ、すごいことになっちゃっているんで、びっくりしましたけども。

(山里亮太)しかもそんなに昔のことではないっていうね。

(町山智浩)そうなんですよ。この主人公になったブラック・ヴィーナスという人が逮捕されたのは2010年なんですよね。

(赤江珠緒)うわっ!

(町山智浩)で、2016年に釈放をされているんで、つい最近のことなんですね。だから映画化できたんですけども。

(山里亮太)そうか。実際に話を聞いて。

(町山智浩)はい。で、そうするとすごく国際陰謀論的な映画だと思うじゃないですか。でもね、この映画の軸になっているのは友情なんですよ。

(赤江珠緒)所長とパクさんの。

(町山智浩)テーマは友情。で、それを通して本当の祖国愛とはいったい何か?っていうことを問いかけている映画なんですよ。

(赤江珠緒)だって人類史上レベルの大スキャンダルですもんね。中身はね。

(町山智浩)大スキャンダルですよ、これ。で、もう選挙のためだったんだっていうね。選挙のために戦争状態をでっち上げるというすごい話なんですけども、でも最後はものすごい感動的で。本当に涙がボロボロです。これ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)「うわっ、これで泣かせるのかよ!」っていうラストなんですよ。めっちゃ感動しました、これ。

(赤江珠緒)ああ、そうですか。『工作 黒金星と呼ばれた男』は日本では7月19日、間もなく公開予定です。

『工作 黒金星と呼ばれた男』予告

(町山智浩)はい。これね、7月19日公開なのでぜひご覧になって、7月21日の参院選の投票にぜひ行ってください!

(赤江珠緒)なるほど。へー! これが史実というのもまたびっくりです。町山さん、ありがとうございました。

(山里亮太)ありがとうございました!

(町山智浩)はい。『工作 黒金星と呼ばれた男』でした。

<書き起こしおわり>


町山智浩 Netflix『ブラジル-消えゆく民主主義-』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でNetflixで配信中のドキュメンタリー映画『ブラジル-消えゆく民主主義-』を紹介していました。

(町山智浩)実は今回はもう公開されているというか、配信が始まっている映画を紹介します。Netflixでもう6月から配信をされている『ブラジル-消えゆく民主主義-』というドキュメンタリー映画についてご紹介します。これ、なんでこれを紹介しようと思ったかというと、一昨日、クエンティン・タランティーノ監督の新作映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』っていう映画の記者会見に行ったんですよ。その映画の話はまだしちゃいけないんですけども。誓約書を書いたんで。

(赤江珠緒)ああ、なるほど!

(町山智浩)面白かったですよ。で、その記者会見の時に隣りに座ったのがものすごいぽっちゃりな男の人で。話しているうちに……というか、その人が着ているTシャツがあまりにも変だったんで。クエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』のユマ・サーマンが鼻血を出しているというとんでもないTシャツを着ていたんですよ。

(赤江珠緒)ほうほう(笑)。

(町山智浩)で、「オタクなんじゃないの?」って聞いたら「オタクだよ!」って話が盛り上がっていったんですね。で、その人がDeive Pazosという人でなんとTwitterで55万人ぐらいのフォロワーがいる、ブラジル最大のオタクだったんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)オタクの王様みたいな人です!

(赤江珠緒)ああ、そうですか。この方が。

(山里亮太)町山さんと惹かれ合うものがあったんでしょうね(笑)。

ブラジル最大のオタク・Deive Pazos

(町山智浩)だから2人でね、「あらゆる映画の中で最高の握手シーンは『プレデター』のシュワルツェネッガーとカール・ウェザースの握手だよね!」とかそういう話をずっとしていたんですけども。

(赤江珠緒)握手シーン!

(山里亮太)やっぱり一気に距離が縮まるんですね。同じ愛があると。

(町山智浩)オタク同士は言葉はいらないんですよ。で、そういう話をしていたら「ブラジルって最近、どうなの?」っていう話になったんですね。そしたら「ブラジル、大変だよ。ブラジルのトランプと言われているボルソナーロという大統領のせいで国がめちゃくちゃだ!」っていう話をしたんですよ。で、どういう大統領かというと、いわゆるキリスト教の右翼の大統領なんですね。で、2018年に大統領になって、それから国内でめちゃくちゃなことを言ったりやったりしている人で。まあ、トランプ大統領とはすごい仲良しなんですけどね。

(赤江珠緒)はー……。

(町山智浩)だからこの人がトランプと仲良しなのがよく分かるのは、たとえば女性議員に対して「お前みたいなブスはレイプする価値もねえな!」みたいなことを言ったりしているんですよ。これ、最近トランプは同じことを言いましたからね。「レイプされた」っていう被害者に対して、「お前は俺のタイプじゃない」って言ったんですよね。だから仲良くなるだろうと思うんですけども。

(山里亮太)似てるんだ……。

(町山智浩)あとは「俺の息子たちは誰も黒人女とはデートさせねえぜ」とかね。

(赤江珠緒)ええっ?

(山里亮太)なんでそんな人が大統領に就任するんだろう?

(町山智浩)大統領になっちゃったんですよ。で、アマゾンのジャングルを開発するということで。「先住民なんかには土地はやらねえよ」って言ったりね。あと、大学の助成金を3割ぐらいカットしたんですよ。その理由は「大学に行くとインテリになって左翼になるからな」っていうことなんですよ。

(赤江珠緒)ひどいですね……。

(町山智浩)「それで、めちゃくちゃになっちゃったよ」ってそのオタク帝王が言ったんですね。で、ただ僕はその話を聞いて「どうしてそうなっちゃったんだろう?」って思ったんですよ。というのは、ブラジルって2000年代にはGDPが世界で第7位で、ものすごく経済がよくて。

(赤江珠緒)そうそう。「BRICS」とか言われてね。

(町山智浩)そう。これから発展する国って言われて。で、大量の債務も返して。国際通貨基金から借りていたお金も全部返して。貧困も解決してあれだけひどかった犯罪も全部、その犯罪がなくなったという。もうブラジル、すごい!って言われていたんですよ。

(赤江珠緒)そうですよね。オリンピックとかもあったし。

2000年代、絶好調だったブラジル

(町山智浩)ねえ。「それが10年足らずでなんでそんなヘンテコな大統領を選ぶような事態になっちゃったの?」って聞いたんですよ。で、「それはブラジルをよくした労働党という政党の大統領が弾劾をされたからだ」「ああ、それは聞いたことがある。なんかすごい不正をやって弾劾をされたんだよね?」って僕が言ったんですよ。「それで民衆が怒ってデモとかが起こったの、テレビで見たよ」って。でも、「その世間一般、世界中に知られているその労働党の大統領が不正をして、国民のデモで弾劾をされたのは嘘だ!」っていう風に言われたんですよ。

(赤江珠緒)うん?

(町山智浩)「その報道は間違っている。本当はいったいなにがあったのか、それはこの『ブラジル-消えゆく民主主義-』というドキュメンタリーに描かれているから、それを見た方がいいよ」って言われたんですよ。

(赤江珠緒)ああ、その方に?

(町山智浩)はい。お仲間、オタ仲間から。「そこに描かれていることが本当だから」って言われたんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、慌てて見たんですよ。不勉強だからブラジルで何があったのか、知らなかったんですけど、それを見てびっくりしました。大変なことがあったんですね。で、この映画は監督は女性なんですけども。そこに監督の写真とか、あるかな?

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)非常にびっくりするような、女優さんみたいな方ですね。このペトラ・コスタさんという人が自分でカメラを持って。まだ30代のドキュメンタリー監督で自分でカメラを持って撮っていっている映像なんですね。だから、この大統領制度が崩壊していくのを本当に現場でカメラで自分でしゃべりながら撮っているっていうすごい映画なんですよ。

ペトラ・コスタ監督

(赤江珠緒)ふーん! うん。

(町山智浩)リアルタイムで現場に行って。で、まずその2000年代の奇跡のブラジルの躍進を成し遂げた大統領はルーラ・ダ・シルヴァという人なんですね。「ルーラ」という風に呼ばれているんですけども、この人は貧しい労働者から労働組合……鉄鋼労働組合の組合長になって、そこから政治家になっていった人なんですが。この人が政治家になろうとした時はまだブラジルは韓国と同じで軍事独裁政権で選挙が行われていなかったんですよ。

(赤江珠緒)ええ、ええ。

(町山智浩)軍隊が全部を支配していまして。で、軍隊が地元の地主と大企業とメディア全てに浸透をしていて、全部が結託して貧しい人が出てこれない社会になっていたんですね。で、貧困層を搾取して支配階級がその上に君臨するという、非常に少ない支配階級が大量の人たちを奴隷化していた社会だったらしいんですよ。それに対して彼、ルーラさんはずっと戦ってきて。もう何度も逮捕されたり暗殺されそうになりながら戦って、とうとう1989年にブラジルははじめての選挙をします。

(赤江珠緒)89年か……。

(町山智浩)軍事独裁政権は20年ぐらい続いたんですね。でも、なかなかルーラさん、労働党から出てきたんですけども、当選して政治家になれなかったんですね。というのはその当時、そこまで支配階級によって全てが支配されていて、貧しい人たちが大学にも行けなかったので、ほとんど文章も字も読めないような人がいっぱいいたんですよ。だからその当時、国会議員は全部で433人いる中で、貧困層・労働者階級出身の人はたった2人しかいなかったんです。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)あとは全員が地主とかそういった企業関係とか金持ちのお坊ちゃんばっかりだったんですよ。

(赤江珠緒)露骨な割合ですね。

(町山智浩)ほとんどが世襲で。で、そこに戦いを挑んでいって、結局ルーラさんは2002年にやっと大統領になるんですね。61%の票を獲得して。というのはね、これもうひとつ問題があって、ブラジルって白人が48%ぐらいなんですよ。で、それ以外の人たちは先住民とか黒人とか混血なんですね。ところがこの48%の白人がほとんど政治も財界も支配をしちゃっているんですよ。で、議会の映像とかを見ると、本当に数えるほどしか肌の浅黒い人はいないんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)だからなかなかこのルーラさんは勝てなかったんですがとうとう2002年に……人口自体は有色人種の方が多いし、貧困層や中産階級以下の方が実際には人口が多いので。それでとうとうルーラさんは勝つんですよ。でも、彼自身が勝っても、彼の政党自体は小さいので。さっき言ったみたいに政治基盤が小さいから、参政できる人、字が読める人とかが少ないから、政党の議員の数が少ないから、最大の中道政党があって、それと連立をするんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)だから日本でも公明党と連立しないと政権で過半数が取れないっていうのと非常に似ていて。PMDBっていう中道政党と連立して、とうとうやっと政権を取るんですね。このルーラさんは。で、ここから怒涛の勢いでさっき言った改革をしていくんですよ。で、いちばんの改革はボルサ・ファミリアと呼ばれる2000万人もいた貧困層にお金、生活費を毎月支給するっていう、一種のベーシックインカムをやるんですね。これで貧困層を救済するんですよ。あとは学費の援助もして、それまでに大学に行けなかったような人たちが大学に行けるようになるんですね。それをやったおかげで経済の底上げができたんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)それまではお金持ちばっかりが得をする社会だったのを、いちばん下から無理やり上げたんですね。だから経済が全体でブワーッとよくなっていきなり貧困から国自体が脱出をしたんですよ。

(赤江珠緒)見事な手腕じゃないですか。

ルーラ・ダ・シルヴァ大統領の経済政策

(町山智浩)見事な手腕なんです。で、国際通貨基金から借りていたお金も全部返したんですよ。それで財政も黒字になって。黒字国家になったんです。だからこのルーラさんが8年後、任期を全うして大統領を辞めた時の支持率は87%という驚異的な数字だったんですよ。

(赤江珠緒)すごい。へー!

(町山智浩)で、その後に自分の後継者である同じ労働党のジルマ・ルセフさんっていう人を大統領に推薦して、彼女は選挙に勝って2011年から大統領になるんですね。

(赤江珠緒)今度は女性が大統領になった。

(町山智浩)で、この人はブラジルではじめての女性の大統領なんですよ。それで支持率も70%以上だったんですけども、その後で少しずつ彼女の体制が崩壊していくんですよ。で、経済が悪くなったのがまずいちばん大きかったんですけども。だんだんと失業者とかが増えていって、調子が悪くなっていったんですね。でも、その後の2014年の選挙では彼女は勝つんですよ。大統領選で。ところが、その時にその対抗馬だった右派政党、保守政党のアエシオ・ネベスという党首が選挙で負けた後、「勝ったジルマ・ルセフたちは不正をした!」って言い始めたんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)なんの根拠もなく、悔しいから「不正をやった」って、それだけをポロッと言ったんですよ。そしたらそこから1回、火がついちゃって。「弾劾せよ!」っていう大変なデモに発展していったんですよ。

(山里亮太)だってそんな、嘘ですよね?

(町山智浩)この段階では根拠もなにもないです。で、その時にちょうど政府が持っていた石油会社があって。その石油会社のお金を巡る不正が発覚したんですね。ただ、その不正はジルマさんとルーラさんとは関係がない不正だったんですよ。ただ、それをフレームアップしていってメディアが「ルーラはやめろ!」みたいな形で新聞やテレビが騒いで。それでデモに発展をしていったんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、その時にそれを主導して「彼らは不正をしているから大統領をやめさせるべきなんだ。労働党を政界から叩き出せ!」っていう運動をしていたのが裁判官なんですよ。セルジオ・モロという裁判官がいまして。この人がやたらとマスコミに対して、まだ証拠もないし起訴もしていないのに「労働党にはこういう不正があるんだ!」ってしゃべりまくったんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ?

(町山智浩)これもすごく違法行為に近いんですけども。実際、要するに起訴をしていないわけですから。ところが、「彼らは絶対に不正をしている。腐敗しているんだ!」っていうのをマスコミにガンガンリークしていって。マスコミは彼、モロ裁判官をヒーロー扱いして。で、その反労働党、反ジルマ政権のひとつのムーブメントが起こっていったんですね。で、ただその後、実際に国会で弾劾になるんです。要するに、大統領っていうのは……日本は内閣制ですから。総理大臣っていうのは議会の議員たちによって信任を受けて総理大臣になるので。内閣不信任案が通れば総理大臣は辞めなきゃならないんですよね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)ただ、大統領制度っていうのは議会ではなくて国民が直接選んだものだから。それを辞めさせるには議会が弾劾裁判というものにかけて辞めさせるという方法しかないんですよ。で、弾劾裁判をするということになっていくんですけども、その弾劾裁判もずっと、このカメラマンの人が現場で見ているんですけども、何ひとつその嫌疑自体がわからないんですよ。

(赤江珠緒)なんで弾劾をされるのか、わからない。なんとなくムーブメントというか、そういうムードで?

嫌疑自体が不明確な弾劾裁判

(町山智浩)そう。雰囲気なんですよ。で、議員1人ひとりに聞いていくんですね。「なんで弾劾にしなきゃならないんですか?」って。「いや、彼女は国庫からお金を借りて、長い間返さなかった」とかって言うんですよ。なんかそういう風によくわからないんですよ。で、その借りていたというお金をなにかに使ったというような証拠もなにも出てこないんですよ。で、本音もポロポロと出てきて。「いや、彼女は経済をよくない状態にしたからね」とか言う議員が出てくるんですよ。でも、経済がよくなくたって、別に弾劾をすることはできないんですよ。弾劾というのは不正行為であったり、国家に対する反逆とかがない限り、弾劾はできないんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)だから、全く根拠のない弾劾が行われていたんですよ。でもこれって全然わからなかったですよ。アメリカに住んでいたら。たぶん日本の人もほとんどわかっていないと思います。全く根拠のない弾劾なんですよ。でももうメディアヒステリーが起こっていて、メディアと議員たちがヒステリックに「あいつは許せない!」ってやっているから、なんだかわからないまま進行をしていくんですね。これはかなり怖いですよ。魔女狩りなんですよ。

(赤江珠緒)うんうんうん。

(町山智浩)ただ、そこで1人の議員が本音を言うんですよ。非常に若い議員で、その人は黒人の血が入っている珍しい議員なんですけども。その人はこう言うんですよ。「いや、彼女はやっちゃいけないことをやったからだ」「それはなんなんですか?」「彼女は妥協をしなかったからだ。この不況の状態で富裕層や銀行に増税をすることで、この経済危機を乗り越えようというようなことを言ったから、それを聞いたエリートたち、この国を支配している大企業や金持ちや地主や政治家たちが彼女を下ろすことにしたんだよ」って。

(赤江珠緒)ええーっ? やっちゃいけないことっていうか、それを民衆がみんな望んでやったのに、敵に回しちゃったからっていう?

(町山智浩)そう。だから民衆の方につきすぎてしまっているから。それをはっきりと言う議員もいて。「彼女は自分を支持している貧困層向けの政策しか取らないからだよ」とかって言う議員もいるんですけど、なんでそれで弾劾ができるんでしょう? だからすごい怖い感じなんですよ。で、結局弾劾をすることになって、2016年4月17日に弾劾を議会でやっている時に、その首都の議会の周りに弾劾を求める派と弾劾に反対する派が一堂に会して、そこでデモをしているんですけども。そこに写真があると思うんですが。

(赤江珠緒)ああ、かなり広大な場所にたくさんの人が集まっていますね。

(町山智浩)はい。それね、右側にいる緑と黄色の国旗を掲げた右派の人たちで弾劾を求めている人たち。で、左側の赤いのが労働党の赤い旗を持っている労働党支援の大統領弾劾に反対をする派なんですけども。これ、どっちが多いですか?

(赤江珠緒)赤い方が圧倒的に……。

(町山智浩)そうなんですよ。大統領を支持して弾劾に反対する方が人口的には多いんですよ。

(山里亮太)なのに……?

(町山智浩)それなのに、結局弾劾されてしまったんですよ。これもすごいんですよね。で、その後に結局、連立政権だったんで、さっき言った中道の巨大政党の党首が副大統領になっていたんですね。連立だったので。で、そのジルマさんが弾劾をされたので、彼が大統領としてその座を取るんですけども、彼もすぐに腐敗がバレて辞任に追い込まれます。で、今度はさっきジルマさんに負けた保守党のアエシオ・ネベスという人が出てこようとするんですけども、彼も汚職で失脚します。で、要するにいちばんの左派だった労働党が崩壊して、中道が崩壊して。それで保守党も崩壊したわけですよ。あとはなにが残る? 極右しか残らないんですよ!

(赤江珠緒)うわあ……。

(山里亮太)ああ、それで……?

(町山智浩)それで出てきたのがジャイール・ボルソナーロというキリスト教右派の元軍人の大統領候補なんですよ。

(赤江珠緒)それが最初に言っていたブラジルのトランプさんと呼ばれている……。

極右だけが残った

(町山智浩)そういう構造だったんですね。で、途中でさっき言ったエリートたち。富裕層や地主や大企業、メディアもそれに支配をされているんですが。全部結婚をして婚姻関係でつながっている一族なんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)だからまあ、日本もそうですけども、メディアも大企業も金融関係も地主も政治家もみーんな、実はひとつの家族で。なんらかの血縁でつながっているんで、そのグループが結局ボルソナーロを押すしかないということで、押すことにしたんですよ。で、彼は最初、15%しか支持率がなくて。そこでルーラさんが出てくるんですよ。「これはヤバい!」っていうことでルーラさんが出てきて、大統領候補としての支持率がトップになっちゃうんですよ。

(赤江珠緒)ルーラさん。あの人気があった、支持率が80%だった人でしょう?

(町山智浩)そう。そしたらモロ裁判官がルーラさんに対して「タダで業者からマンションをもらった」っていう疑惑をかけて、彼を逮捕することによって彼を排除して、ボルソナーロが大統領になったんですよ。

(赤江珠緒)えっ? モロが結構出てきますね。

(町山智浩)で、ボルソナーロ政権になった時、そのモロ裁判官はその功績を称えられて法務大臣に就任します。

(赤江珠緒)ええーっ?

(町山智浩)それがブラジルの実態だったんですね。ちょっとびっくりしましたよ。だからこれは『消えゆく民主主義』っていうのはまさにせっかく勝ち取った民主主義を軍人上がりの独裁者に結局渡してしまったということなんですよ。

(赤江珠緒)そうか。しかもまたこんなに短期間でね。

(山里亮太)しかも、いまもその状況がまだ続いているっていうことですよね?

(町山智浩)だから2018年にボルソナーロが大統領になったわけですからね。という、とんでもない映画で。ぜひこの『ブラジル-消えゆく民主主義-』、Netflixですぐ見れますんで。びっくりする内容なので。

(赤江珠緒)へー! そうですか。

(山里亮太)なんか納得。とんでもない人がなったなって思ったけども。

(町山智浩)いや、こういうのは内部から見ていないとわからないもんですね。

(赤江珠緒)ブラジルの政権のいまというのを非常に詳しく描いている映画でございます。『ブラジル-消えゆく民主主義-』はいま、Netflixで見ることができます。町山さん、ありがとうございました!

(山里亮太)ありがとうございました。

(町山智浩)どもでした!

<書き起こしおわり>

町山智浩 加藤浩次の吉本興業告発と韓国映画『共犯者たち』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で吉本興業の社内の問題を告発した加藤浩次さんと韓国映画『共犯者たち』について話していました。

(町山智浩)山ちゃん、今日は落ち着かないでしょう?

(山里亮太)いや、本当そうですよ。町山さん、俺、どうしたらいいですかね?

(町山智浩)いま加藤さんがこれから吉本の上の方と話す準備に入っているんですよね?

(山里亮太)今日の夕方6時に会うっていう話を朝、言っていましたね。

(町山智浩)僕、こっちでも見たんですけども。スッキリで加藤浩次さんがぶっちゃけているところを。まあ、すごいですよね。

(赤江珠緒)そうですよね。相変わらずスパッとされた方ですよね。

(町山智浩)他のテレビ局、報道とかも含めて隠していたり曖昧にしていたところを全部自分でやりましたからね。その前の日なども含めて。

加藤浩次と近藤春菜 宮迫博之・田村亮記者会見と吉本興業を語る
加藤浩次さんと近藤春菜さんが日本テレビ『スッキリ』の中で宮迫博之さんと田村亮さんの記者会見、そして吉本興業側の対応について話していました。(番組内、加藤浩次さんと近藤春菜さんの発言の抜粋です)

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)詐欺グループのダミー会社「CARISERA(カリセラ)」っていうところがスポンサーになった仕事を吉本がやっていたということも言っちゃったし。あとは東京と大阪の民放各社のほとんど全部が吉本興業ホールディングスの株を保有しているということも言っちゃいましたよね。だから、そのことがすごく証明されたのはその後の吉本興業の岡本社長の記者会見で、記者たちがまともな質問がちゃんとできないっていうことですよね。もう彼ら、芸能の方で来ているレポーターだからっていうのもあるんですけども。

要するに民放は吉本興業ホールディングスと利益共同体ですから。株を持っていて、儲けから配当金ももらいますし。だから「吉本興業のことはちゃんと追求できないよ」っていう風に言った通りのことが起きてしまっているので。ああいう風に先にバラされてしまっているんだから、会見には社会部とか政治部、報道部の人とかを入れてガチガチの質問をすればよかったのに、芸能レポーターみたいなのを入れてズルズルの質問で終わっていたり。これはもうまさに……。

(赤江珠緒)うんうん。

(山里亮太)これから、そういう質問も……こういう話が上がっているんだから、そういう質問をする人が出てきてその質問に対して答えるという場が設けられたりするんですかね?

(町山智浩)しないとマズいなと思うのは、そこで加藤さんのことをすごいなと思ったのは、要するにテレビ局、民放と吉本が完全に株でつながってひとつになってしまっているから。たとえば吉本に逆らった芸人さんをテレビに出れなくさせるっていうことも可能なわけですよね。もうひとつは報道もちゃんと追求をすることができない。だって、お金でつながっているわけですからね。

(山里亮太)最初の会見で田村亮さんが言って取り上げられたやつですね。

吉本興業の株主・民放各社の責任

(町山智浩)いや、加藤さんが言っていたのは、「株主たち……50%以上の株を保有している人たちならば、取締役を解任することができるんです」っていう風に言ったんです。今朝、言っていたでしょう? あれがすごいことなんですよ。「それなのに株主であるテレビ局はなぜ、吉本興業の株主総会を開いて、いまのこのブラックな状況をクリアにするために吉本興業の取締役たちを追求しないのか?」っていうことを言っているわけなんですよ。

(赤江珠緒)うーん! 結構大きいところに物申す感じになっていますね。

(町山智浩)これはすごいことですよ。彼が見ているのはもう吉本ではないですよ。全民放ですよ。

(赤江珠緒)でもテレビではそれを「加藤の乱」みたいな感じで報道していますけども。

(町山智浩)そんなレベルじゃないんじゃない? それこそ、TBSも含めた全部に対して言っているんでしょう。民放が持っている吉本興業の株は全部で47%なんですけども、株主総会を開くために必要な残りの3%っていうのは他にもヤフーとかソフトバンクなどが持っているわけですから。彼らもこういう風に吉本が非常に法的に曖昧なところにあるということに関して、自分たち自身もコンプライアンスの問題をちゃんとしたいというのであればそこに参加するから、株主総会を開くことはできるんですよ。だから、「それをやらないのか?」って言っているんですよ。彼がやっていることっていうのは大変なことですよ。

(赤江珠緒)そうですよね。でもそれにどれだけ応えたり、どういう風に変わっていくのか……。

(山里亮太)さらにそのことを聞くと、いまのこのような中で加藤さんのことがすごい心配になっちゃいますよね。

(町山智浩)それはもう完全に腹を括っているんだと思います。あとはスッキリも腹を括ったんだと思いますよ。

(山里亮太)そうですよね。言ったら、途中でCMに行くとか、そういう風にして「やめよう! 止めてください!」ってすることも……。

(町山智浩)そう。でも彼らはちゃんと放送をしたからすごいなって思っていて。ただ、やっぱりこうなるとひとつ大きいのは、契約に関して書類を交わしていないから、芸人さんはどのぐらい会社にピンハネをされているのかわからないという問題があるんですけども。でも、それはテレビ局側は知っているんですよね、実は。

(赤江珠緒)テレビ局側はギャラを支払っている方ですからね。

芸人のギャラと下請法の問題

(町山智浩)そう。だからテレビ局側の倫理というものも問われると思いますよ。要するに、この問題というのは下請法っていう法律の範囲内のものなんですけども、下請法は資本金1000万1円以上の会社にしか適応をされないんですね。それで吉本興業は資本金が1000万円だからギリギリセーフになってしまうんですよ。(注:吉本興業は資本金1000万円。持株会社の吉本興業ホールディングスは資本金1億円)

(赤江珠緒)ああ、吉本興業さんは?

(町山智浩)年商が500億円なのに資本金が1000万円ってどうもおかしいんですけども。だからこの場合は公正取引委員会が動くべき事案なんですけども。このへんのグレーなところはどうなっているのか?って。

(町山智浩)ただ、公正取引委員会は内閣の下にあるんですよ。でもいまの内閣は法務省のPRの仕事を吉本に出したりとか、あとは首相が吉本新喜劇に出たりね。それから100億円を吉本とNTTの教育事業に出したり。それから2025年の大阪万博にも吉本がかかわっていたりして。

プチ鹿島 吉本興業・岡本社長会見と普天間基地跡地利用を語る
プチ鹿島さんがYBS『キックス』の中で吉本興業の岡本社長の記者会見についてトーク。最近の吉本興業関連の注目すべきニュースと絡めながら、吉本興業という企業について話していました。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)じゃあ、内閣の下にある公正取引委員会は全然動かないだろうなっていう気もするんですけども。

(赤江珠緒)ええーっ?

(山里亮太)あの……町山さん。俺、所属しているんですけど、どうなっちゃうんですか?

(町山智浩)いやいや、だからいま、大変なことになっているなって。加藤さん、すごいものを背負っていると僕は思うんですよ。

(山里亮太)いまって、じゃあひょっとしてこの世界、結構ガラッと動くことになるのか、それとも……。

(町山智浩)だから民放の上の方もコンプライアンスの問題になるから、全部上の方で協議をしていると思いますよ。株主総会を開くかどうか。

(山里亮太)僕らが芸能界で思っていた不思議な「あれっ?」っていうところとかが、変わってくるという、そういう時でもあるんですかね?

(町山智浩)まあ、少なくとも芸人さんとの契約に関しては書類を交わさなければならなくなるという方向に行かないとマズいだろうなと思いますけどね。

(赤江珠緒)じゃあ、もう社内だけの話では済まない事態だと?

(町山智浩)済まないでしょう。だって、ねえ。ただそれをスッキリがやったということで、本当に現場は戦っているなと思ったんですけども。最近、現場で戦っている人が多くて。NHKも戦っていますよね?

(赤江珠緒)うん?

NHKの現場の戦い

(町山智浩)この間、7月19日(金)にね、NHKのあさイチに久米宏さんが出て。元TBSアナウンサーの。で、彼が「いまNHKは人事を国家(総理大臣)に握られているから全然政府の批判ができないじゃないか」って言ったんですよ。NHKって経営委員会というものがあって、それが会長を選ぶんですよ。でもその経営委員会の委員は内閣総理大臣が任命するんですよ。

(赤江珠緒)もういま、人事権をいっぱい持っていますもんね。

(町山智浩)そうなんですよ。だから「その前のNHKの会長がダメだ」っていう風に久米さんが言ったんですけども、それはその前の籾井会長っていうのは「政府が右と言ったら左とは言えない」って言ってしまっていたんですよね。

(赤江珠緒)そうでした。

(町山智浩)でも、その体制がいまもNHKって続いているんですよ。で、それを久米さんが批判したんだけど、それって司会の博多大吉さんが「メディアのこれからってどうなんでしょう、久米さん?」って振ったから答えているんですよ。これ、最初から言わせる気でしょう? 現場は戦ったんですよ。

(赤江珠緒)うーん、どうでしょう? そのあたり、明日うかがってみないとわからないですけども……。

(町山智浩)わからない。「町山さん、そんなことないよ!」って言うかもしれないですけどもね。俺はあの振り方は戦ったなって思ったんですよ。で、NHKって実際にこの前、すごく大問題になったのは森友学園の国有財産の土地を実際にはゴミもなかったのに割引価格で払い下げしたということを暴いたNHKの報道の相澤冬樹さんという人が社内で報道じゃない部門に回されたという事件がありましたよね。それで彼も内部告発をしたんですよ。彼もすごく、加藤さんと同じでそれを全部暴露して告発をしていった人なんですよね。

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(赤江珠緒)うんうんうん。

(町山智浩)そういうことが起こっていて。で、今日は実はすごくいいタイミングである映画が再公開をされるんで。その話をしたいんですけども。それは韓国のドキュメンタリー映画で『共犯者たち』という映画なんですよ。それは2017年に韓国で公開されて、日本では2018年の12月にすでに公開をされているんですけども。それが今度、ポレポレ東中野という映画館で8月7日、12日、18日と計3回、再上映をされるんですね。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、これはDVDが出ていないんで、ここで見ないと見れないんですけども。で、これは韓国の公共放送と公営放送……まあNHKみたいなところが韓国には2つ、あるんですよ。それが2008年から韓国の大統領になったイ・ミョンバク(李明博)大統領とその後を継いだパク・クネ(朴槿恵)大統領に人事を握られて完全にコントロールされたという事態を描いているんですよ。

(赤江珠緒)NHKと一緒じゃないですか。へー!

大統領にコントロールされた韓国の放送局

(町山智浩)同じなんですよ。で、この映画『共犯者たち』の監督はそこで報道部の人だったんですけども、不当解雇をされてしまったプロデューサーのチェ・スンホさんです。で、MBCというテレビ局なんですけども、彼が内部でいったいなにがあったのか? 現場でずっとカメラを回して撮っていて、クビになってもその後もずっとカメラを持ってそのテレビ局の中に突っ込んでいったり、テレビ局の関係者が歩いているところに突撃して話を聞いていったのがまとまったのがこの『共犯者たち』というドキュメンタリーなんですね。

で、これがNHKと非常によく似た会社KBSという放送局とMBCという放送局の2つがあって。KBSの方はNHKとそっくりなんですけども、MBCの方はもうちょっと民放寄りの放送局なんですね。株式会社なんですけども、人事は韓国の大統領府が関与しているんですよ。ただ、すごくイ・ミョンバク大統領が……この人は保守系の党の大統領なんですけども。非常にコントロールをしようとして両方の局長に自分の身内のものをつけたんですね。で、社員とか報道部が怒って。「これだと報道の中立性が保てない」ということでストライキとかをしたんですけども、それを200人とか300人、一斉にクビ切りをしてしまったんですよ。すごいことになって。その中に巻き込まれてこの監督のチェ・スンホさんもクビになっちゃったんですね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、この映画の中ですごいのは、録音をしているんです。要するに大統領の補佐官から直接電話が放送局のトップのところにかかってくるんですよ。で、「あれはいったいどういうことなんだ!」って。でも、それをちゃんと録っているんですよ。

(赤江珠緒)完全に圧力をかけているのを。

(町山智浩)そう。だからテープは回しておけっていうことですよ。でね、テープを回したり、あらゆる方法を使って録音をした方がいい。こういう場合の隠し録音はちゃんと裁判で証拠として採用されます。で、いまはテープじゃなくてもいろんなものがありますから。すっごい小さいのもありますからね。かならず録音をしておいた方がいい。本当に。で、これはそういうのが出てきますよ。ズバズバといろんな証拠が出てくるんですよ。で、いろんなことがあります。特にパク・クネ大統領の時、大変なことが起こりましたよね。セウォル号事件という、船が転覆してしまった事件。

あれに関しては政府は最初「死傷者なし」っていう政府発表をして、それをそのままKBSが垂れ流してしまった。だから政府の言いなりになっていたので誤報確認ができなかったんですよ。これが完全に政府のプロパガンダ機関となった政府がやってしまういちばん恐ろしい失敗ですよね。それと、あの有名なロウソク革命と呼ばれる、ロウソクを灯したパク・クネ大統領の退陣を求める人たちのデモも放送されなかったんですよ。

(赤江珠緒)そうか。あれだけの人がいたのに、放送をしなかった。

(町山智浩)これも今回、参議院選挙で山本太郎さんが街頭でいくらなにをやっても全く放送がされなかったというのとそっくりですけどもね。そういうことを韓国はやってしまったんですよ。で、もうどんどんとみんなクビになっていって、田舎に帰ってスケート場かなんかで働いたりしている人とかいるわけですよ。その中でがんばってこの監督のチェ・スンホさんが戦っていくんですけども。で、この映画のもうひとつ、すごいところはこのチェ・スンホさん自身が大統領にも直接、カメラを持って突っ込んでいくんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)すごいですよ、これ。すごい。で、やっぱり現場はみんな戦っているんですよ。上の方はやっぱりね、経営ですからね。違うんですよね。日本もNHKにしてもなんにしてもそうなんですけど、現場はみんな戦っているんですよ。僕はテレビ朝日の報道の方で番組をやっているんでね。現場は戦っていることが本当によくわかるんですよ。でも、上の方はみんな違って、政治家の人とお食事会とかをしちゃうんですよ。

(赤江珠緒)そうか。そうですね。

(町山智浩)で、この映画の中でもお食事会に連れて行かれるっていう話が出てくるんですよ。昼食会に。で、昼食会に行ってなんかやんわり言われちゃったら、やっぱりなにもできないんですよ。そのへんの昼食会の怖さ……お食事をしちゃダメですよ。

(赤江珠緒)そうか。なあなあになっちゃいますもんね。

「お食事会」の怖さ

(町山智浩)そうなんですよ。最近、この間まで日本も総理大臣が誰と食事をしたのか?ってどんどんと発表をしていましたけども。あれはちゃんと見ておいた方がいいですよ。お食事会っていうのにはものすごい力があるんですね。

(赤江珠緒)しかし人事権を持つっていうのはおかしいですね。

(町山智浩)そう。人事権を政府が握っていたらやっぱり公平な放送とか報道はできないですよ。それは。結局公共放送っていうのは国営放送ではないので。韓国にしても日本にしても。だから受信料を取っているんですね。韓国の方でも受信料を取っているんですよ。つまり政府からのお金だけで運営をするということにすると、完全に国営放送になってしまって、政府のプロパガンダ機関になってしまうので。独立を守るためにっていうことで受信料を取っているにもかかわらず、人事で独立していないからどうしようもないんですよ。

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)だからもう、この問題というのは久米宏さんが言った通りで。「それじゃダメなんだ。意味がないんだよ」っていう。これは本当にそうなんだなって思いました。ただね、本当に警察まで介入していって。すごいのはKBSの社長を退陣させるためにどうするのか?っていうと、イ・ミョンバク大統領は検察に手を回して……つまりこれは完全に三権分立違反なんですけども。検察に手を回して「KBSの経営があまり上手く行っていないから背任罪」ということで逮捕をしてしまうんですよ。社長を逮捕して退陣させるんですよ。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)これ、恐ろしいなと思いましたね。そこまで、日本はなっていないですよね?

(赤江珠緒)なっていないと信じたいですよね。

(町山智浩)なっていない。自分たちからペコペコってしちゃう。つまり、戦う人がいないから。ただね、その中で会社を辞める人もいれば、辞めさせられる人もいて。で、どんどんどんどんと番組の中で報道番組を減らしていくんですよ。テレビ局、ラジオ局の中で報道番組がどんどんと減っていくんですよ。それでそこで働いている人たちをあまり関係のない軽い部署にどんどんと回していったりしてね。それは「視聴率が悪いから、利益が上がらないから」みたいな話をするんですね。特にMBCの方は利益を上げることが目的になっている……受信料制度ではないので。だから「番組、人気ないよ」って言われるんですけども、そういう「報道は利益を生まないんだ」っていう圧力はどこにでもあるんですよね。

(赤江珠緒)ああーっ!

(町山智浩)「なんで食っていると思うんだ? 報道で食っているわけじゃないじゃないか」っていう圧力って、どこでもあることですよ。で、そういうところに回されてしまった人たちは辞めていったりするんですけども。その中で1人のプロデューサーがもう我慢ができなくなって。Facebookで中継をしながら会社の中でいろいろと、ロビーとかで1人で「社長、やめろ!」って叫び始めるんですよ。とうとう。その人が。

すると奥さんがそこで心配をして、メールを打ってくるんですね。「あなた、そんなことをしたらクビになっちゃうし、警察に逮捕されるかもしれないわ!」とか言うんですよ。でも「もう俺は我慢ができない!」ってその会社のMBCのロビーで「社長、やめろ!」って言い続けるんですよ。すると、そこに人が集まってくるんですよ。で、みんなでそういう合唱をするんですよ。「社長、やめろ!」って。そこはね、非常に感動的でしたね。

(赤江珠緒)ああ、そうでしたか。そういう権力を健全なものにするとか、健全な権力としてキープをさせるには、やっぱり大多数の目がいりますね。

(町山智浩)そうなんですよ。だからどんどんどんどん内部で起こっている粛清であるとか抑圧みたいなことを社員がSNSとかで出していくということをするんですね。Facebookとかで。それで戦っていくんですけども。それで、この映画自体は2017年で終わっているんで。結局、その政府に握られた経営陣というものは変えられないまま、最後にプロデューサーたちが全面ストライキに入るところで終わるんですよ。2回目のストライキですね。すでにクビになったんで、残っている社員たちがまたストライキをするというところがこの映画の中であるんですけども。

経営陣がストライキに屈する

それで「どうなっちゃうんだろう?」って映画だけ見ると思ってしまうんですが、その後に結局経営陣はストライキに屈しました。この2つのテレビ局はストライキに屈して、政府によって任命された会長を解任しました。そして今度は政府が全くかかわらない形で社長を選ぶということになって、一般の人たち……視聴者とか。政府が決めた委員会ではなく、市民による委員会と一般視聴者による投票・評価を合わせて社長を選ぶという新しいやり方になったんですよ。それで、誰が社長になったのか?っていうと、このテレビ局MBCを解雇されていた映画の監督のチェ・スンホさんなんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ! すごいですね。

(町山智浩)はい。革命が起こったんですよ。だから映画の中にはそれは映っていないんですけども。

(赤江珠緒)すごい! これ、映画以上にドラマチックですけども。実際にあったことなんですもんね。

(町山智浩)だから映画の外に感動はあるんですが。この映画のタイトルの『共犯者たち』っていうのは非常に大事なことですよ。つまり、政治家であるとか権力者であるとか企業であるとか、そういったものに対してちゃんとした質問をしない人は「共犯者」なんですよ。そういうことなんですよ。だから今回の吉本の件にしてもそうで、やっぱりちゃんとした質問をしないで、民放がちゃんと動かないようならば、その民放も共犯者になってしまうわけですよね。だからそういうことを加藤さんは突きつけたんだと思いますよ。

(山里亮太)それに対して、どんな答えが出てくるんだろう?

(赤江珠緒)そこをちゃんと見守らないとダメですね。

(町山智浩)これ、問われているのは民放ですよ。

(赤江珠緒)だからこそ、いま見ていただきたいと。町山さんも。

(町山智浩)そうですよ。NHKも参院選の後に自民党がね、「今回の選挙は私たちの勝利だから消費増税と憲法改正の発議についての国民の承認を得た」っていうコメントを出して、それをそのまま垂れ流したんですけども。だけど自民党は今回の選挙、議席を10も失っているわけだから勝ってないですよね?

(赤江珠緒)そうでしたね。

(町山智浩)そういうことをやっているのはみんな共犯者ですよ。ということで『共犯者たち』、もうすぐ再公開なんで。ぜひご覧ください。

(赤江珠緒)『共犯者たち』はポレポレ東中野で8月7日、12日、18日に上映されます。

(山里亮太)町山さんも上映会、自分でも開きたいぐらいですね、これ?

(町山智浩)フフフ、はい(笑)。まあ、ぜひご覧ください。

(赤江珠緒)町山さん、ありがとうございました

(山里亮太)ありがとうございました!

(町山智浩)どもでした!

<書き起こしおわり>

町山智浩『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でクエンティン・タランティーノ最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を紹介していました。

(町山智浩)今日は僕の大好きな映画監督、クエンティン・タランティーノの新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』をご紹介します。

(曲が流れる)

(町山智浩)はい。いまこれなんだろう?って思いましたけども。この流れた曲は1969年のハリウッドのAMラジオの音声でしたね。この『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』という映画のタイトルは「昔々、ハリウッドで」という意味なんですが。この「昔々」っていうのは1969年を意味しています。で、1969年に売れなくなってしまった落ち目の俳優のレオナルド・ディカプリオとその相棒で彼のスタントマンをやっているブラッド・ピット。

(赤江珠緒)またかっこいいスタントマンだな。

(町山智浩)スタントマン、めちゃくちゃかっこいいんですよ(笑)。で、この2人のコンビを描いたコメディみたいな映画なんですね。今回ね。で、クエンティン・タランティーノという人はとにかく映画オタクなんですよ。で、僕と年齢がひとつ違いぐらいなんですけども。タランティーノはブラピと同い年かな? で、1969年の頃に6歳ぐらいだったんですね。で、彼は実際にハリウッドの近く、ロサンゼルスで暮らしていたんですよ。で、その時の子供の頃に見た大人たちの楽しそうな世界みたいなものを映画にしようとしたのが今回の映画なんですね。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)だから日本でやるとしたら、たとえばですけども、もう1960年代の六本木で大原麗子さんとか加賀まりこさんとかがブイブイいわせてるような世界ですよ。そういう時代があったんですよ。みんなミニスカートでしたけども。

(山里亮太)想像がつかない!

(町山智浩)いや、1969年っていうのは山ちゃんも全然生まれてないでしょう?

(山里亮太)僕は1977年ですから、まだ生まれてないですね。

(町山智浩)破片でもなんでもない。存在しないわけですね。その頃、僕は6歳ぐらいだったんですけども。どういう時代かっていうと、サザエさんのフネさんまでミニスカートを履いているような時代でしたよ。

(赤江珠緒)はー! そうか!

(町山智浩)みんなミニスカートを履いていた時代なんですよ。

(赤江珠緒)ツィッギーが入ってきて……みたいな感じですか?

(町山智浩)ああ、そうです。ツィッギーです。よく知っていますね。

(赤江珠緒)うちの母親とかも当時の写真を見るとたしかにミニスカート履いていました。

(町山智浩)でしょう? みんなミニスカートを履いていたですよ。パンツ見えそうだったり、見えたりしていたんですよ。当時。

(山里亮太)いい時代!

(町山智浩)見たくないような人もいたでしょうけどね(笑)。すごい時代ですよ、はい。要するにその頃、タランティーノは子供だったから。当時6歳ですから。下から見ていたんだと思いますけどね。まあ、それはいいんですが……(笑)。

(山里亮太)それは関係ない話なんですね(笑)。

1969年という時代設定

(町山智浩)関係ない話なんですけども。まあその頃って本当に華やかに見えたんですよ。時代が。で、69年っていうとどういう時代だというイメージがありますか?

(赤江珠緒)60年代……?

(町山智浩)69年ですよ。

(赤江珠緒)69年。70年に入る頃か。

(山里亮太)景気もよくて元気な頃じゃないですか? 時代的にも。

(赤江珠緒)あとは学生運動って何年ぐらいでしたっけ?

(町山智浩)そう。世界的に学生運動の時代です。だからこの時代を「カウンター・カルチャー」っていうんですよね。カウンター・カルチャーの「カウンター」っていうのは「対抗」とか「対決する」っていう意味ですけども。それまであった時代、社会の価値観に対して全部戦っていくという時代だったんですよ。だからいちばん大きなスタイルとしては、ヒッピーですね。

(赤江珠緒)ああ、ヒッピー。

(町山智浩)ヒッピーの時代です。ヒッピーというのはなにをしていた人だと思います?

(赤江珠緒)ヒッピーの格好とかファッションはね、すぐにイメージできるんですけどね。

(山里亮太)髪が長くて、柄ものの服を着て……みたいな。

(赤江珠緒)ちょっとパンタロンで。

(町山智浩)そうなんですよ。なんでああいう格好、していると思いますか? ヒッピーって。

(赤江珠緒)なんだろう? 自由を謳歌する……。

(山里亮太)縛られたくないっていう。

(町山智浩)そう。就職をしないためなんですよ。髪を切るということは、当時就職をすることなんですよ。

(赤江珠緒)そうか! だから『いちご白書をもう一度』とかでも出てきますもんね。「就職が決まって髪を切ってきた時」って。

カウンター・カルチャーの時代

(町山智浩)そうそうそう。だからその頃、カウンター・カルチャーっていうのはそれまでの社会の価値観に対決していくわけだから。学校を出て、会社に入って、世の中の歯車になっていくということを拒否するのがカウンター・カルチャーなんですよ。だからヒッピーはいちばん重要なのはネクタイをしないということなんですよ。その頃、もう1960年代のはじめっていうのはみんな学校を出たら髪の毛を切ってどこかの会社に入って、ネクタイをして働くというのがいちばんまともな道だと思われていたんですけども。それを拒否することからその60年代の革命が始まっていったんですね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、もうひとつ、その時代を代表するものはフリーラブという言葉なんですよ。これも聞いたことないですか?

(赤江珠緒)聞いたこと、ありますね。

(町山智浩)どういう意味だと思います?

(赤江珠緒)えっ? それこそ本当に自由に、無節操に……というイメージですね。

(町山智浩)エッチすることですよね。それまでは結婚をする前は基本的に女の人ってセックスしちゃいけなかったんですよ。日本もアメリカも。

(赤江珠緒)はー。貞操観念みたいなね。しっかりあって。

(町山智浩)それが常識だったんですよ。だから「初夜」って言われていたんですよ。結婚式の夜にはじめて処女を失うという。それが常識だったのを全部ひっくり返す。結婚をしばられずに自由に恋愛やセックスをするという新しい生き方がその当時、出てきたんですね。だからそういうすごい転換期で若者文化が世の中を……まあベビーブーマーっていうことでその当時の若者ってものすごく人数が多かったんですけども。それが社会全体を変えていったということが世界中で同時に起こっていたんですけども。それがまあ、1960年代のカウンター・カルチャーというじだいなんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、69年っていうのは実はその最後なんです。だから、まさかその時代が終わるとは思っていなかったんですよ。僕もタランティーノも。どんどん世の中は自由になっていくんだって思っていたんですよ。その雰囲気で作られているのがこの映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』なんですね。でもそう聞くと、なんてバカげた話だろうって思いません? 夢なようなことを言ってるって思いませんか?

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)だから『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』っていうタイトルなんですよ。「昔々、こんなことがあってね……」っていうのはおとぎ話の語り方ですよ。だから「君たちは信じられないかもしれないけど、昔、夢みたいな時代があったんだよ」っていう話なんですよ。でも実際にあった時代なんですけどね。で、これ、映画のストーリーに戻りますと、ディカプリオが演じてるのは昔、ハリウッドで西部劇のドラマで人気者だったんだけども、その番組はもう終わってしまっていまはテレビドラマにちょこちょこ出ては脇役で悪役をやったりしている落ち目の俳優っていう役です。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、「イタリアに行ってマカロニ・ウエスタンにでも出れば?」とかって誘われるんですね。その頃、ハリウッドで落ち目になった人はイタリアに行ってアクション映画とか西部劇に出て出稼ぎをするっていう時代だったんですよ。で、そういうことを言われて「俺は落ち目だって言われたよ!」ってボロボロ涙を流して泣く、泣き虫男がディカプリオなんですよ。で、その泣き虫のディカプリオの肩を抱いてやって「よしよし」って慰めるのがブラピなんですね。

(赤江珠緒)フハハハハハハッ!

すごい豪華なブロマンス映画

(町山智浩)すごい豪華なブロマンス映画なんですよ。で、このブラピがやっているスタントマンっていうのは完全にディカプリオのスタントマンしかしない人なんですね。当時、そういうコンビがいっぱいいたんですよ。背格好が近かったり、相手の動きを完全に真似することができるから、見分けがつかなかったんですよ。影武者みたいな。

(赤江珠緒)専属だったんですね。

(町山智浩)そうなんです。で、実際に昔、その当時に世界最高のアクションスターだったスティーブ・マックイーンっていう人がいたんですね。『荒野の七人』とか『大脱走』とか『ブリット』とかに出ていた人です。で、このスティーブ・マックイーンがいちばん有名なのは『大脱走』という映画でドイツ軍の収容所から脱走したアメリカ軍の兵士であるスティーブ・マックイーンがスイスへの国境線にあるバリケードを盗んだオートバイでジャンプして飛び越えるっていうシーンなんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)それをやったのは、実際は彼じゃないんですよ。彼の相棒だったスタントマンのバド・イーキンスっていう人がやったんですね。で、その2人の関係っていうのはずーっと続いたんですよ。親友として。相棒として。その関係をこのディカプリオとブラピの2人のコンビがこの映画の中で再現しているんですね。

(赤江珠緒)なるほど。

(町山智浩)だからね、2人はかならず一心同体なの。で、どんなことがあってもブラピはディカプリオを裏切らないんですけども。この映画ね、またブラピ、脱ぎますよ。

(赤江珠緒)えっ?

(町山智浩)もう今年で56ですけどもね。

(赤江珠緒)でも、そうか。年齢的に……。

(山里亮太)それ相応の体になっているのか、それともまだ……?

(町山智浩)そこに写真、ないですか? ブラピの体?

(山里亮太)あっ、これだな! おおっ、バキバキじゃないですか!

(赤江珠緒)わあ!

バキバキなブラッド・ピット(56歳)

(町山智浩)バキバキですよ! 信じられないよね。

(赤江珠緒)あれ? 町山さんと同年代っていうことですか?

(町山智浩)同年代。ブラピの方がひとつ下。これ、すごいよね? で、その脱ぐシーンって全く意味がないんですよ。

(赤江珠緒)フフフ(笑)。

(町山智浩)全く意味がないんですよ。サービスです(笑)。日本だと西島秀俊さんが時々やるやつですよ(笑)。

(山里亮太)フフフ、たしかにいま脱がなくてもいいっていうところで脱いでいる(笑)。

(町山智浩)そう。もう完全にサービスなんで笑っちゃいましたけども。まあ、すごいんですよ。で、その2人がなんとかしてハリウッドでカムバックしようとがんばっているんですね。で、その2人が……その彼が売れている時にディカプリオはハリウッドに豪邸を建てるんですけども、もうそのローンも払えない状態になっているんですよ。で、その隣の豪邸に大スターが引っ越してくるんですね。新人スターなんですけども。それがね、シャロン・テートという女優さんなんですよ。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)その当時、売り出して急にバーン!って人気が上がってきた女優さんで。すごい美人なんですけども。で、これをマーゴット・ロビーっていう女優さんが演じています。この人、『スーサイド・スクワッド』に出ていた人ですね。極悪美少女ハーレイ・クインの役で出ていましたけども。あとはトーニャ・ハーディングの伝記映画『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』でものすごくゲスいトーニャ・ハーディングを演じていた人なんですよ。

(赤江珠緒)ふーん。うんうん!

(町山智浩)だからこのマーゴット・ロビーさんっていままではヤンキー系、スケバン系の役ばっかりやっていたんですけども。今回、シャロン・テートは本当に純粋無垢なお姫様みたいな人として出てきます。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)だからまあ、これはおとぎ話ですからお姫様が必要なんですね。で、彼女はまさにその時代のヒッピーカルチャーとか、フラワームーブメントって言われていて、みんなお花を髪に飾っていたような時代があったんですよ。当時。それはね、ベトナム戦争中だったからなんですよ。戦争に対して、その戦争よりも花とか愛の方がいいでしょう?っていうことで、フラワームーブメントっていう反戦運動があったんですね。

(赤江珠緒)そうでしたか。

(町山智浩)だから「ラブ&ピース」っていう言葉、よく聞くでしょう? それはこの時代に生まれた言葉なんですよ。

(赤江珠緒)そうだそうだ。ラブ&ピース、まさにね。

天使のようなシャロン・テート

(町山智浩)「戦争よりも愛と平和の方がいいじゃん」っていう運動なんですね。で、そのすごくほんわかしたハッピーな、その当時のはっきり言うと楽観主義的なものを表現しているのがそのシャロン・テートという女優さんなんですね。この映画の中では。本当に天使みたいなんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、彼女はロマン・ポランスキーという当時、ハリウッドに来たポーランド人のものすごい売れっ子の監督と結婚をして、新婚の夫婦として隣に引っ越してくるんですが……ディカプリオは話しかけることもできないんですよ。

(赤江珠緒)もう落ちぶれちゃっているから?

(町山智浩)そう。落ち目だからっていうことで、怖気づいちゃって(笑)。ものすごく情けない男です、ディカプリオ。この映画の中では。セリフ、入っていないしね。セリフ、入っていないんですよ。大根なんですよ。で、しかも酒に溺れていて、前の晩にちゃんとシナリオを読んでおけばいいのに、読まないで寝ちゃったりしているダメな俳優なんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)ダメなんですよ。しかも、シナリオを読んでいる最中とかにカウボーイの話とかを読んでいたりするとね、「彼はもう年老いて昔のような輝きはない」みたいなのを読むと「俺みたいだぁ~~~!」って泣き始めちゃうんですよ(笑)。

(赤江珠緒)フフフ、だいぶメソメソしてますね(笑)。

(町山智浩)そう。コメディですからね。でも、感情をコントロールできないんだから、この人は俳優とかやんない方がよかったと思うんですけども(笑)。まあ、そういう役をやっているのがディカプリオっていうだけで、ディカプリオができないわけじゃないんですけども。そういうね、なんだか噛み合うようで噛み合わない不思議なコメディになっているんですよ。で、これはね、タランティーノ曰く、「きっちりしたドラマにしようとはしていなくて。その当時の1969年のとある3日間をただ見せるという映画にしたかった」と言っているんですね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)だからね、話が直線的になにかに向かって進むという感じではないので、「この話はどこに行こうとしているの?」って観客がよくわからないところがあるんですよ。エッセイのような感じがするんですね。「1969年っていうのはこういう時代だったんだよ」っていうことでいろんな人が次々と出てくるんです。スティーブ・マックイーンもこの映画の中に出てくるんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、いちばんびっくりするのはブルース・リーが出てくるんですね。

(赤江珠緒)ええっ!?

(町山智浩)ブルース・リーは当時、ハリウッドにいたんですよ。彼は『グリーン・ホーネット』というテレビドラマシリーズでカトーという日本人の運転手の役を演じていたんですね。空手使いの。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)で、すごく人気が出たんですけども、やっぱり番組が終わっちゃって。その後に仕事がなくて。やっぱりアジア人の仕事が当時、アメリカではなかったんですよ。だから、ハリウッドで格闘シーンの殺陣を彼はつけていたんですよ。いわゆるアクション・コレオグラファーという仕事で。それでこの映画の中でブルース・リーが出てくるんですね。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)そっくりさんが演じてますけども。で、彼はスタントマンみたいなものですから。スタント・コーディネーターですから。スタントマンのブラピとぶつかっちゃうんですよ。

(山里亮太)へー! ブラピとブルース・リーが戦うんだ。

ブルース・リーVSブラッド・ピット

(町山智浩)ブラピVSブルース・リーなんですよ。すごいですよ。タランティーノはもちろんブルース・リーファンで、『キル・ビル』の中でブルース・リーの『死亡遊戯』に出てくる黄色いトラックスーツをユマ・サーマンに着せているぐらいブルース・リーファンなんですね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、ブラピもブルース・リーファンで、『ファイト・クラブ』っていう映画の中ではブルース・リーの動きを完璧にコピーしているんですよ。だから2人のブルース・リーファンがブルース・リーと戦うという非常に異様な映画になっているんですけども。ただね、ブルース・リーの娘さんが遺族でいるんですけど、その方はこのシーンが嫌だって言っているんですよ。

(赤江珠緒)ええっ、そうなんですか?

(町山智浩)あのね、これは見てもらうとわかるんですけども、ブルース・リーはあんまりいい人じゃないんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうなの? そんなにファンの2人が描いて?

(町山智浩)そう。ブルース・リーってね、ちょっといじめっ子だったところがあるんですよね。これはご覧になるとね、「うん? ブルース・リーってこんな人なの? うーん……」っていうような難しいところですね。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)僕はね、ものすごいブルース・リーファンだから、タランティーノに会った時にちゃんと言いましたけども。「You offended my hero!」って言いましたけども。

(赤江珠緒)うん?

(町山智浩)ああ、いまのは『燃えよドラゴン』のセリフのパロディですが。はい。まあ、タランティーノは「ブルース・リーはいろいろと調べると、こういう人だったんだよ」って言ってましたけどね。はい。

(山里亮太)へー。そうなんだ。

(町山智浩)まあ、そこはちょっとご覧になってのお楽しみというところですけども。ただね、こういう話を聞くとすごい楽しい映画のように聞こえるでしょう? 実際に楽しいですけども。

(赤江珠緒)60年代の空気が出ているっていうね。

(町山智浩)そう。ハッピーでハッピーでラブ&ピースなところでディカプリオとブラピのデコボココンビがいろいろとやらかしては失敗して怒られて……っていうのがずっと続いて。そこにかわい子ちゃんの天使のようなシャロン・テートがウキウキと……。あ、このシャロン・テートはブルース・リーに格闘を教えてもらった人なんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ?

(町山智浩)だからまあ、すごく楽しい映画なんですけども、歴史を知っているとすごく辛くなってくるんですよ。見ているうちにだんだんだんだんと。すごく辛くなってくるんですよ。

(赤江珠緒)なぜ?

(町山智浩)というのはこの1969年の8月8日の夜にシャロン・テートは殺されているんですよ。実際には。

(赤江珠緒)ええっ? それは実話ですか?

(町山智浩)これはすごく有名な事件なんですけども。チャールズ・マンソンというカルト教団の教祖がいまして。彼に命令、指導されたカルトの信徒たちがそのシャロン・テートの家に銃を持って押し入って、そこにいたシャロン・テートとその友達を皆殺しにしているんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

チャールズ・マンソンとシャロン・テート

(町山智浩)シャロン・テートさん、その時妊娠8ヶ月なんですよ。それを皆殺しにしたんですよ。それで大変なことになって、そのチャールズ・マンソンの信徒たちっていうのはヒッピーみたいなものだったんで。「ヒッピーはラブ&ピースだって言われていたのに、違うじゃないか!」ということでヒッピームーブメント自体がそれで終わっちゃうんですよ。ほとんど。

(赤江珠緒)この事件で?

(町山智浩)この事件で。で、それまであったカウンター・カルチャーとかラブ&ピースというヒッピーの理想とか楽観主義的なものは一気にそこで歴史的には滅びてしまうんですよ。ものすごいアメリカと全世界に衝撃を与えた事件なんですよ。僕もこれがあった時を覚えています。子供だったから「なんてひどいことが起こったんだ!」ってものすごいショックでした。で、それがだんだん近づいてくるんですよ。この映画の中で、その瞬間が。

(赤江珠緒)そうか……。

(山里亮太)歴史を知っていると複雑な気持ちに。

(町山智浩)そう。歴史を知らないでこれを見ていると、なんだか楽しそうにしているなって、全然緊迫感が出てこないんですけども。途中でブラピがヒッピーたちと接触するあたりで、彼らが誰かを知っているとものすごい怖いんですよ。

(赤江珠緒)そうですね……。

(町山智浩)殺人集団なので。だからこれはね、そのチャールズ・マンソン事件を知っているのと知らないのとでは全く映画の意味合いが違ってきちゃうんですよ。ということで、これだけはネタバレとかそういうことじゃなくて、これを知っておかないとこの映画は意味がないんで。恐ろしいことが起こることを。

(赤江珠緒)へー! これはどういう結末を迎えるんだろう。この映画自体ね。

(町山智浩)それはもう言えないんですけども。はい。まあ、本当にね、僕にとってはすごく懐かしい懐かしい感じの映画なんですが、いまの人たちが見ると「こんな夢のようなことがあったのか! こんな楽しい時代があったのか!」という映画なので。ぜひご覧になっていただきたいと思います。

(赤江珠緒)だから「ワンス・アポン・ア・タイム」なんですね。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』、8月30日に日本では公開になります。町山さん、ありがとうございました!

(山里亮太)ありがとうございました!

(町山智浩)どもでした!

<書き起こしおわり>

町山智浩『アイ・ウェイウェイは謝らない』を語る

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町山智浩さんが2013年3月、TBSラジオ『たまむすび』で中国のアーティスト、アイ・ウェイウェイのドキュメンタリー映画『アイ・ウェイウェイは謝らない』を紹介していました。

(赤江珠緒)さあ、町山さん。そんな中、今日ご紹介いただけるのが中国のドキュメンタリーということで。

(町山智浩)これ、映画自体はアメリカ映画なんですよ。監督とかお金を出しているのはアメリカ人で。ただ、撮影をされている場所や出てくる人たちはみんな中国人っていうドキュメンタリーですね。『Ai Weiwei: Never Sorry』というタイトルで。『Ai Weiwei(アイ・ウェイウェイ)』っていうのは人の名前ですね。『Never Sorry』っていうのは「絶対に謝らないよ」っていう意味なんですよ。「謝ってたまるか!」っていう意味なんですけども。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)アイ・ウェイウェイっていう人は中国の芸術家というかアーティストなんですけどもすごく有名なのは2008年の北京オリンピックですごいスタジアムがあったじゃないですか。

(山里亮太)ああ、「鳥の巣」っていう。

(町山智浩)そうそう。鳥の巣。あれのデザインをやった人なんですね。このアイ・ウェイウェイっていうおじさんは。

(山里亮太)相当すごい人なんだ。

(町山智浩)すごい人で。そう聞くと、中国政府からオリンピックの仕事をもらったぐらいだから、ものすごい政府にかわいがられている人っていう感じがするんですけども。

(赤江珠緒)国家的に応援をされていそうですよね。

(町山智浩)そうそう。まあ、そういう人だったんですけども、とんでもないことをして全然違う方向に行っているんで、その人のデタラメな暴れっぷりをとらえたドキュメンタリーなんですね。で、どのぐらいひどいことをしているのか?っていうと、まずわかりやすい例は「漢時代の壺を落とす」っていうアートがあるんですよ。この人の。

(山里亮太)漢の時代?

(町山智浩)後漢っていう時代、だから2000年ぐらい前の本物の壺。1個何千万円とか何億円とかっていうような壺を。

(赤江珠緒)めちゃくちゃ貴重になるでしょう。漢の時代とかになると。

(町山智浩)そうなんですよ。要するに壺とかってすぐに割れちゃうから、完璧な状態で発掘されているものっていうのは高いわけですよね。それを落っことすところを写真に撮って、「これがアートだ!」って言っているような人なんですよ。

(赤江珠緒)ああ、ここに写真がありますけども。壺を抱えている人。手を話して壺が落ちる瞬間。割れた……これ、本人ですか?

(町山智浩)本人。この気の良さそうなおっさんがアイ・ウェイウェイさんなんですけども。1957年生まれなのでいまは50いくつかな? これが本物の壺を骨董品屋から高いお金を払って落っことして割っているんですよ。

(赤江珠緒)その写真が3枚、並んでいますね。

アイ・ウェイウェイ 後漢の壺を落とす

(町山智浩)そうなんですよ。で、これを見た人たちはいろんな反応をするわけですよね。「中国の歴史的なものを壊して遊んでいるのか? ふざけるな! 国に対する冒涜だ!」とか「愛国心がないのか?」とか。そういうことで大論争を巻き起こすようなことを次々としているんですね。

(赤江珠緒)ほう!

(町山智浩)で、もうひとつ、そっちに行っているアートで唐の時代の壺に「コカ・コーラ」って書いているのがあるんですけども。

(赤江珠緒)フハハハハハハッ! 唐時代の素焼きみたいな壺に……ちょっとオレンジがかった素焼きの壺みたいなのに見事に「コカ・コーラ」って書いてますね。

(山里亮太)あのロゴがね。

唐時代の壺にコカ・コーラと書く

(町山智浩)そう。これ、本物の唐の壺なんですって。唐っていえば、あの遣唐使の時代ですよ?

(赤江珠緒)うわっ!

(町山智浩)もうこれだけで数千万円するんじゃないかと思うんですよ。まあ、値段はわからないですけどね。それに「コカ・コーラ」って書いてるんですよ。

(赤江珠緒)えっ? だから奈良の大仏さまみたいなものに……。

(町山智浩)そう。落書きしているんですよ。これも、だから要するに骨董品としての価値を破壊しちゃっているわけですよね。でも、これを見るといろんなことを考えるじゃないですか。

(赤江珠緒)オレンジにオレンジだから、まあまあきれいっちゃきれいな気もしますよ?

(町山智浩)フフフ(笑)。

(山里亮太)赤江さん、そこじゃないと思うよ?

(赤江珠緒)デザイン的に「うん? 嫌いじゃない」っていう感じですけども(笑)。

(町山智浩)でも、こうやって骨董品としての価値を壊してしまっていいのかとか、これは伝統に対する冒涜なのかとかね。あと、コカ・コーラって中国でものすごく売れているんですよ。コカ・コーラって実はアメリカでもあんまり売上は伸びていないから。「体に悪い」っていうことで攻撃の対象になっているんですよね。で、日本でもコカ・コーラはあんまり売れていなくて、コカ・コーラの会社自体が烏龍茶とかコーヒーとかを作って利益を上げている時代じゃないですか。そんな中で、中国だけはコカ・コーラがめちゃくちゃ売れているんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)これはね、やっぱり資本主義の象徴みたいなところがあるみたいなんですね。おしゃれみたいな。だからそういったものに対する批評なのかなとか、いろんなことを考えるわけですよ。中国の骨董品に「コカ・コーラ」と書いてあるものを見て。

(赤江珠緒)なんか中国とアメリカの融合みたいな。不思議な気分になりますね。

(町山智浩)資本主義化、アメリカ化される中国とか、いろんなことを考えますよね。そういうことをやっている人なんですが、まあ怒る人もいますよね?

(赤江珠緒)大前提として「なにをやっちゃってるんだ?」っていう。

マルセル・デュシャンの影響

(町山智浩)そうそう。基本的に落書きですから。で、この人はどうしてこういうことをやっているのか?っていうと、マルセル・デュシャンっていう芸術家がいたんですけども。1900年代はじめに活躍した人ですけども。その人がやっていた芸術にこのアイ・ウェイウェイさんはものすごく影響を受けているんです。で、デュシャンのやったことで2つ、有名な物がありまして。ひとつはトイレで男の人がおしっこするトイレ、あるじゃないですか。アサガオっていうやつですね。あれを展覧会に持ってきて「これは私の作品です」って言って展示をしようとしたんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)要するに、便器屋さんに行って便器を買ってきて、それをデュシャンという人は展示したんですよ。「アートですから」って言って。

(山里亮太)加工とかもなしでそのまま?

(町山智浩)名前だけ、サインだけして。「これはアートです。『泉』というタイトルで飾ってください」って言ったんですね。で、「なんだ、これは? これはお前の作ったものですらないじゃないか。そこらへんで売っているものを買ってきて、なにがアートだ?」っていうことで問題になったんですよ。その時に起こった論争というのは、要するに「なにをもってアートと言うのか?」っていうこと。その疑問みたいなものを提示したんですね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)もうひとつは、有名なレオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザっていう絵がありますけども。その複写の絵のモナリザの顔にヒゲを書いたんですよ。で、そのヒゲを書いただけのものを出したんですよ。それはただ単に落書きなわけですよ。そういうことをやったのがデュシャンさんなんですけども、アイ・ウェイウェイっていう人はまさしくデュシャンのやっていたことをいま、やっているわけですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、これいまごろやっているの?っていう古い感じもちょっとするんですけども。日本でもこういうことをやっている人たちはいたんですが、それは1960年代にやっていたんですよ。ジョン・レノンさんの奥さんのオノ・ヨーコさんっていう人、いますよね。彼女は60年代に日本でそういうことをやっていたんですよ。横尾忠則さんとか岡本太郎さんとか、そういう人たちが60年代にそういうハプニングとか、こういうアート活動をしていたんですよ。一種の破壊的な。

(赤江珠緒)「芸術は爆発だ」っていうことで。

(町山智浩)はい。たてえばこの人たちがやっていたことでいちばんショッキングだったのは銀座のど真ん中で白衣を着た人たちが突然、掃除をし始めるんですよ。白衣を着た人たちが道をいきなり掃除し始めたらみんなどう思うかっていうと、「なにか病原体とかが発生したんじゃないか?」っていうことでパニックになりますよね? そういうことをやってイタズラしていた人たちが日本にもいたんですよ。もちろん、大変な問題になりましたけども。

ハイレッドセンター・首都圏清掃整理促進運動

(赤江珠緒)はー! たしかにアートとイタズラの境界線って、そう言われると本当に難しいですね。

(町山智浩)そう。たぶんないんです。イタズラとアートって似たようなものなんですけどね。とにかく見た人がそれでいろいろなことを考える。いままで気がつかなかったことに気がついたり、考えなかったことを考えたりするようになるというところで。その便器自体を持っていくということ……便器自体はアートでもなんでもないんですけども、それを見た時に人の心の中に起こることがアートなんですよね。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)で、それをやっているのがアイ・ウェイウェイさんで、この人がだんだんと過激になっていくんですよ。

(赤江珠緒)でも中国ってすごくいろんな締め付けが厳しいっていうイメージがありますけども。

(町山智浩)そう。だからその中でアートをやりたいなって思ったら、どんどんとめちゃくちゃなことになっていくんですけども。で、この人はまずその鳥の巣というオリンピックの会場を作ったことで、本当は政府にいちばん気に入られるお気に入りのアーティストになるはずじゃないですか。政府のお金をガンガン使ってアートをやればいいわけなのに、そうじゃなくてその時にちょうど四川で大地震が起こったんですよね。で、地震そのものよりも手抜き工事をしていた公共建築物が倒壊して、大量の子供が死んだんですよ。学校が倒壊して。スカスカの建築をしていたんで。それでこの人は「大変なことが起きた」と思って調べたら、子供たちの死傷者の数を中国政府が隠したんですね。

(赤江珠緒)ああー。

(町山智浩)で、このアイ・ウェイウェイさんは怒って、徹底的に調べ始めるんですよ。具体的な名前を。で、誰が死んだかっていうことを全部調べて、全てインターネットで発表するんです。で、その人数と全く同じ数のランドセルというか、中国なのでリュックですけども。それを集めて、その死んだ子供の数と同じだけのリュックでアートを作るんですね。それで徹底的に中国政府の責任逃れと隠蔽工作と戦い始めるんですよ。この人は。

(赤江珠緒)ああ、本当だ。ここに蛇の天井という作品。通学用のバックパックを蛇の形につなげた作品っていうのが……これはそういうことなんですね。

アイ・ウェイウェイ 蛇の天井

(町山智浩)震災で亡くなった子供たちに捧げるアートなんですよ。で、このへんからどんどんと政府との戦いになっていくわけですよ。

(山里亮太)ああ、これがきっかけなんですね?

(町山智浩)このへんからですね。で、この人はその頃、要するに政府にかわいがられていたものだから、上海にものすごい巨大なアトリエを作ってもらうんですけども。政府と戦い始めたからアトリエを壊されちゃうんですよ。

(赤江珠緒)まあ、そうでしょうね。

(町山智浩)アトリエを強制破壊されちゃうんですよね。で、頭に来たから強制破壊される日の前日に「蟹パーティーをしよう。みんな、おいで! 蟹がいくらでも食べ放題の蟹パーティーをやるよ!」って言うんですよ。インターネットで人を集めて。で、これはいったいなんなんだろう?って僕、わからなかったんですけども。これ、中国に河蟹っていう蟹がいて。それを「ホーシエ」って発音するらしいんですけども。それは胡錦濤の中国政府のやっていた政策で「和諧(ホーシエ)」っていうのがあって。

「調和の取れた社会主義」というものを中国政府が提唱したらしいんですよ。それは「資本主義化していく中で貧富の差とかができるんだけども、それをなんとかバランス取っていこう」っていう風に言っているんですが、実際にしていたことは「調和の取れた平和な社会にするために言論の自由を制限しよう」っていう方に使われたらしいんですよ。その和諧政策というのが。要するに、インターネットとかで政府批判とかが出ると、それが削除されるわけですね。

(赤江珠緒)実際にそうでしたもんね。

(町山智浩)それを「ホーシエ(和諧)された」って言うらしいんですよ。で、「和諧」というのは偽善的な言葉なわけですね。「和諧された」って言いながらも実際には中国は言論統制をやっていたわけですから。「和諧のためだ」って言いながら。それに対する皮肉として、「和諧」と同じ発音の「河蟹(ホーシエ)」をみんなで食べるというパーティーをやったわけですよ。

(赤江珠緒)ああ、なるほど。

(町山智浩)「そんなもん、食ってしまえ!」っていうことで。で、そこからだんだんめちゃくちゃなことをこの人は言い始めて。アメリカにはファックサインっていうのがありますよね? 中指を立てるやつ。それを全世界でやるっていうことをするわけですよ。

(赤江珠緒)全世界でやる?

(町山智浩)これ、どういうことか?っていうと、まず天安門広場であの天安門の建物に向かってファックサインを出している写真を撮るわけですよ。あと、天安門広場の前でアイ・ウェイウェイさんが裸にコートだけを着て。バッとコートの胸をはだけると胸に「ファック」って書いてあるんですよ。で、その写真を撮るとかですね。

(赤江珠緒)ワイルドな露出魔じゃないですか。

(町山智浩)この人、もっと若い時は女の子を天安門広場の前に連れて行って、スカートをパッとめくってパンツを見せて写真を撮るとかそういうことをやっていたんですけども。そんなことをやっていた人なんですが。それでだんだんと、この映画の中では途中でアイ・ウェイウェイさん、行方不明になっちゃうんですよ。撮影スタッフとかがいるのに「行方不明だよ」とかって言っていて。それでどうしてかっていうとやっぱり当局に逮捕をされて、ずっと監禁されているんですよね。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)もう結局、そういう状況になっちゃって。どんどんどんどん政府に目をつけられて、ひどいことになっていくんですけども。暴行もされるし。でも、この人全然くじけないんですね。見た目がこういう感じなんで、全然くじけない人なんですよ。

(赤江珠緒)たしかに、気のいいおじさんっていう風体ですね。

(町山智浩)そうそう。ヘラヘラしている人でね。

(山里亮太)だまし絵のいい時の顔に似てる。

(赤江珠緒)たしかに(笑)。

(町山智浩)で、ニコニコしているんですけども。このドキュメンタリーが面白いのは、なんかちっちゃい2歳ぐらいの男の子がいつも、アイ・ウェイウェイさんと遊んでいるんですね。で、インタビュアーが「この子、誰ですか?」って聞くと、「俺の息子だよ」って言うんですよ。「えっ、息子さんなんですか? でも奥さんとの間に息子さん、いないですよね? この子はどこの女の人の子供なんですか?」「ああ、結婚してないけど、他所で作った」って言っているんですよ。それで「えっ?」「『あなたの子供がほしい』って言われたから作ったんだよ」とかって言っているんですよ、この人(笑)。もうとにかくね、大雑把でね、鷹揚な人なんですよ。

(赤江珠緒)わー! いろいろと枠に収まりきらない人ですね。

(町山智浩)収まりきらないんですよ。大物なんですよね。ちなみに奥さんもこのお母さんも美人ですけども。まあ、それはいいんですが。そういうことをやっていくうちに、どんどんと変なことになっていくんですよ。途中からね、「草泥馬」っていう動物を作って、それでこのアイ・ウェイウェイさんがいろんなことをし始めるんですね。これね、草泥馬っていうのは実在しない動物らしいんですけども。アルパカみたいな形の馬として、ぬいぐるみを作って。そのぬいぐるみを股間に当ててアイ・ウェイウェイさんが全裸で……草泥馬のぬいぐるみであそこを隠した写真っていうのを発表するんですよ。

(山里亮太)これ、こちらにその写真が……相当面白い写真が来ているんですよ。

(赤江珠緒)そして、飛んでますね! ジャンプしてます。

(町山智浩)ねえ。いい体しているしね。で、これを発表するんですよ。そこにつけたキャプション、写真のタイトルが「草泥馬当中央(草泥马挡中央)」って書いてあるんですよ。「中央」っていうのは要するにタマキンのことですけども。で、これが大問題になっちゃうんですよ。

アイ・ウェイウェイ 草泥馬当中央

(山里亮太)ええっ?

(町山智浩)これ、「草泥馬」っていうのは中国語で「ツァオニーマー」って発音するんですね。で、それは英語で言うと「マザーファッカー」っていう意味なんですよ。クエンティン・タランティーノの映画に出てくるサミュエル・L・ジャクソンっていう俳優さんがよく映画の中で「マザーファッカー!」って言うんですけども。要するに、自分のおふくろさんですらやってしまうような人間のクズっていう意味なんですね。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)で、「マザーファッカーを中央に当てる」っていうことなんですけども、「当てる」は「当(挡)」っていう字ですね。で、これは共産党の「党」と発音が同じなんですよ。だから「中国中央政府、共産党、マザーファッカー」って言っていることになるんですよ。発音が同じなんです。

(赤江珠緒)うわー! ものすごい政府批判じゃないですか!

(山里亮太)この写真で!?

(町山智浩)そうなんですよ。こういうことをやっているから何度も逮捕されているわけですけども。

(赤江珠緒)このおかしなおじさんの写真1枚でそんな強いメッセージが?

(山里亮太)全裸のおじさんが股間に人形を当ててジャンプしているのが……。

(町山智浩)かわいいぬいぐるみで股間を隠しているんですけども(笑)。実はとんでもないメッセージがあるんですよ。

(赤江珠緒)でも、あの中国でそんなメッセージを発信するということは、命がけというか、そういうことなんじゃないですか?

(町山智浩)そうですよ。だから中国っていうのはすごく歪んでいるから、社会に対する反発心とかを反日とかにまで捻じ曲げちゃうぐらい政府の圧力が強いところですよね。でも、この人はそんなんじゃないんですよ。はっきりと中国政府に対して戦っているんですよ。だからこれがまたね、要するにただ反中国、反共産党っていうだけでも全然ないんですよ。この人は。さっき言ったファックサインプロジェクトっていうのは全世界でやっていて。ホワイトハウスとかの前でもやっているんですよ。ホワイトハウスに向けてファックサイン出したり、エッフェル塔に向かってファックサインを出したり、ルーブル美術館に行ってモナリザの絵に対してファックサインをしたりしているんで。この人、徹底的なアナキストなんですね。

(赤江珠緒)ええ。

(町山智浩)それでどんな権威も政府も全部的っていう風に考えている人ですから、さっき言ったマザーファッカープロジェクトも全世界の人たちを集めてそれぞれ各国の言葉で「祖国、マザーファッカー」って全員に言わせているんですよ。全ての国の人たちに。これはもう、すごいですよ。こうなると、要するに「中国は嫌いだ」っていう風に言っている日本の人が「じゃあこの人は好きなのか?」っていうと、でもこの人は「祖国なんてクソくらえ!」って言っている人なわけですから。これはもう、すごいことをやっている人なんで。まあ、本人はイタズラのつもりなんでしょうけども。

(赤江珠緒)ちょっと町山さんのいままでのお話を全部聞いて、最初の漢時代の壺を落とすっていう作品を見ると「はー!」っていう気持ちになりますね。最初はなにをやっちゃてるんだ?っていう感じでしたけどもね。そうか。

(町山智浩)そう。だからいろんなことを考えさせられるんです。ちなみに、中国というのは文化大革命の時に毛沢東が昔の中国の伝統的なものを全部破壊させたんですよね。

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)だからそういうことを含めて、中国がやってきたことでもあるしね。で、いまは逆に「伝統だから守ろう」って言っていたりして。「コロコロ変わってるんじゃねえよ!」とか、そういうことも言っているんですけども。だからこの人、それで面白いのは「あなたのアートは素晴らしいものだと思いますか?」っていうインタビューが中で出てくるんですね。「立派な芸術だと思いますか?」って聞かれて。「いや、別にそんなこと思わないよ」ってはっきりと言っているんですよ。「私は政府が叩いてきたからそれに対して抵抗をするイタズラをしているだけだ。反応としてやっているだけ。向こうが叩けば叩くほど、こっちもやるということでやっているだけだ」って言っているんですよ。だから「これは立派な芸術です」とか言わないところもかっこいいんですよね。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)まあ基本的にロックな人だと思うんで。それでいま、なにをやっているのかと思ったら、中国ではほとんど軟禁状態であまり外に出れないんですけども。最近、ニュースで出ていたのはCDを作っているんですって。今度、ミュージシャンになるんですって。ヘビメタのレコードを録音中っていうニュースがいま、出ているんですよ(笑)。

(山里亮太)ライブとか、面白そうだな、この人の(笑)

(町山智浩)ヘビーメタルだって(笑)。もうなにを考えているのかよくわからないんでね。この人は実に面白いですからね。ぜひ注目していただきたいと思います。

(赤江珠緒)でも、たしかに皮肉なことに政府が叩けば叩くほどこの人の価値は上がりますもんね。

(町山智浩)そうなんですよ。しかも真面目に、非常に正義で戦っているというよりは遊んでいるところがいいですね。基本的にイタズラであるから、怒るとその怒った方がバカに見えるんですよ。そこがすごいなって思いますね。「冗談だから」っていうのをあくまでも冗談のままでいってるんでね。それが面白いということです。『アイ・ウェイウェイは謝らない』というドキュメンタリー映画でした。

(赤江珠緒)奥さんとかがきれいなんじゃないですか? モテるっていうのもあるんじゃないですか? ねえ。町山さん。

(町山智浩)いやー、僕もこういう人になりたいですよ。

(山里亮太)町山さん、結構近い気、しますけども(笑)。

(赤江珠緒)同じ匂い、ちょっと感じますよ(笑)。

(町山智浩)「Never Sorry」ですからね。僕、謝ってばっかりいますよ(笑)。全然違います。「So Sorry」です(笑)。「町山智浩 So Sorry, I’m Sorry」ですね(笑)。

(山里亮太)町山さん、すげえ謝ってる(笑)。

(赤江珠緒)今日は町山さんにドキュメンタリー映画『アイ・ウェイウェイは謝らない』をご紹介いただきました。日本でも公開予定ということで、見ることができるようです。そうか。町山さん、今日もすごく面白い映画、ありがとうございました。

『アイ・ウェイウェイは謝らない』予告編

(町山智浩)はい。どうもすいませんでした。意味もなく謝ってますけども(笑)。

(赤江珠緒)すぐ謝っちゃう(笑)。「Never Sorry」じゃない町山さんからご紹介いただきました。ありがとうございました!

(町山智浩)どもでした。

<書き起こしおわり>

町山智浩『おしえて!ドクター・ルース』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『おしえて!ドクター・ルース』を紹介していました。

(町山智浩)今日は『おしえて!ドクター・ルース』というドキュメンタリー映画をご紹介します。で、ドクター・ルースというのはこの、写真があるんですけども。今年、91歳になるおばあさんなんですよ。

(山里亮太)なんかかわいらしいおばあさんですね。

(赤江珠緒)ねえ。本当ですね。

(町山智浩)かわいらしいんです。すごくちっちゃいんですよ、このおばあちゃん。140センチぐらいしかなくて。スター・ウォーズに出てくるイウォークみたいな感じのおばあちゃんなんですけども。僕、この人はアメリカに来てすぐ……20年ぐらい前なんですけども。誰だかわからないけどいっつもテレビに出ているおばあちゃんだったんですよ。で、その頃はまだあんまり英語がわからなかったっていうのもあって。「この人は誰だろう?」って思っていて。とにかく片っ端からクイズ番組やトーク番組に出ていて。で、「あたしね……」みたいな感じですごい甲高い声でしゃべっているんですけども。すごい強いドイツ訛りの英語で。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)誰だか全然わからなかったんですよ。で、知り合いに聞いたりしてわかったんですが、「あの人はアメリカ人だったら誰でも知っているんだ」っていう。それは80年代にラジオでずっとセックス相談をやっていたセックスセラピスト、カウンセラーだったかららしいんですね。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、いまもその番組はやっているんです。40年ぐらいやっているんです。で、僕もそのラジオを聞いたんですけども、まあすごい内容なんですよ。基本的には手紙とか、その頃はメールもあったかな? 電話とかでいろんな人たちが相談をしてくるんですね。たとえば「最近、もう夫婦でセックスレスなんだけども、またもう1回エッチをするきっかけがなかなかなくてできなくて……」みたいな相談が来ると、このおばちゃんが「あのね、愛しているならね、奥さんのね……」って。うーん、言いにくいな。「……奥さんのね、”クリステル”をね、いじるといいのよ」みたいな。

(赤江珠緒)ちょっと今風に。

(町山智浩)あとは、よくある相談は若い子とかが「僕、今度結婚をするんですけども、実はすごく僕の”進次郎”がちっちゃいんです」みたいな。

(赤江珠緒)いやいや、全部あのご夫婦にかぶせるのはやめて……。

(町山智浩)とかって言うんですよね。そうするとこのおばちゃんが「いや、そんな”進次郎”の大きさなんかは関係ないわよ! ”進次郎”が大きいのに限ってヘタクソなのよ!」みたいな。

(赤江珠緒)あのお二人、無関係だから(笑)。

(町山智浩)そう。そんなことを言うんですよ。で、そういう時にさっき言った”クリステル”であるとか”進次郎”っていうのを本当のリアルな言葉で言っちゃうんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ? ラジオ番組で?

(町山智浩)だから僕、すごく思ったのは普段のテレビとかラジオだと絶対に言わない言葉をこの人だけは許されているんだと思ってちょっと驚いたんですよ。

(山里亮太)でも別に医学用語だから使ってもOKなんですよね?

(赤江珠緒)言っちゃダメっていうことはないですよね?

全部言いまくりのドクター・ルース

(町山智浩)うーん……「言っちゃダメ」っていうことはないんで、もう全部言いまくりなんですよ。たとえば、この人がいちばんすごいなと思ったのは「バイブを使いなさい」って言うんですよ。「バイブっていうものがあるんだから、バイブをバンバン使うといいのよ!」とか言っていて。「すごいな!」って思っていたんですけども。

(赤江珠緒)フフフ(笑)。

(町山智浩)ただこの人が何を言ってもいい感じなのは、この人自身がドキュメンタリーの中で言っているんですけども。「私はこんな見た目でしょう? もし私がね、叶姉妹みたいな見た目で、それで『バイブを使いなさい』とか言っていたら、ものすごくエッチでしょう? でも私が言うと近所のおばちゃんが言っている感じだから、全然いやらしくないでしょう?」って言っているんですよ。

(赤江珠緒)うん、それはあるかもしれない。

(山里亮太)手元にある写真といまの町山さんのしゃべり方を合わせると、たしかにそんなどぎつくは聞こえない。

(町山智浩)そうなんです。なんか許されちゃうんですよ。だからもう、アメリカでいちばん愛されているセックス相談者で。80年代から現在まで40年間、ものすごい数の……ラジオ番組だけじゃなくてテレビ番組も持っていて。で、セックス相談をしているので、それこそ何千件というセックスの相談を受けている人なんですよ。

(赤江珠緒)すごいな! でも、たしかにその性の悩みみたいなものはいちばん打ち明けやすい人かもしれないね。男女ともにこの方だと。

(町山智浩)そうそうそう(笑)。だから、すごくセックスの臭いがすると言いにくいでしょう? やっぱりね。下品なオヤジにも話しにくいし。自分のオカンみたいなのも嫌ですよね。おばあちゃんだからなんとなく許されちゃうみたいな。

(赤江珠緒)薬局とかにいたらすごく信頼できそうなおばあちゃん。

(町山智浩)そうそうそう。で、このドキュメンタリーはこの人、ドクター・ルースさんがいかにアメリカにとって非常に重要だったのかっていうことを描いているドキュメンタリーなんですけども。で、この人はもともとこういう仕事を始めたのは「Grand-Parenthood」という日本だと「家族計画協会」といわれるところで子供相手のカウンセラーをやっていたんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)でね、家族計画協会っていうのはいったい何か?っていうと、10代の女の子とかが妊娠をした時、どこにも行き場がないじゃないですか。どうしたらいいのか、わからないじゃないですか。その駆け込み寺としてあるんですよ。だから「もう産んだ方がいいのか、諦めた方がいいのか、どうしたらいいのか全然親にも言えない」っていう……。

(赤江珠緒)なんかね、町山さん。アメリカは割とそういうところはオープンに、みんなで家族とかでもそういうことを話し合ってるのかなっていうイメージだったんですけども。

(町山智浩)アメリカは州によります。中西部であったり、キリスト教の強いところでは中絶をする病院すらないところもあります。

(赤江珠緒)ああ、そうか。

(町山智浩)非常に法律が厳しくて、いろんな規制で中絶をさせないようにしていたりするんですよ。で、親もキリスト教に非常に熱心ですから、絶対に「産め」っていうこと以外は言わないしね。で、どこにも行き場がない。それで学校でもほとんど性教育をやらないんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうなんですか?

(町山智浩)それはキリスト教系の人たちが反対をしているから。避妊の仕方とか全然教えないんですよね。学校で。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、そういうところの子たちを救うために家族計画協会、Grand-Parenthoodっていうところが、これは自分たちでやっているボランティア団体なんですけども。それが各地にそういう支局を置いて相談を受けたり……彼女は電話とかでも相談を受けていたんですよね。で、昔はインターネットがないから、本当にそういうことになって妊娠をしたりすると、どうしたらいいのかわからないんですよ。だから、そういう女の子たちの相談を受けていたのがこのドクター・ルースさんなんですけども。ニューヨークのラジオ局が許認可権の問題でその地域の利益になるような、公共の利益のための放送をしなければならないっていう規制があったので。それでめんどくさいから夜中の時間にこのおばちゃんを呼んで適当に15分間だけ話させていたんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

アリバイ作りの番組が口コミで評判に

(町山智浩)要するに、アリバイ作りみたいな感じで。そしたらそれがあまりにも、そのおばちゃんが「バイブを使うのよ!」とかって言っていたから、だんだんと口コミですごい人気になっていったんですよ。「”フェラーリ”っていうのはこうやるのよ!」とかそういうことを言っていたんで。

(赤江珠緒)フフフ、全部ちょっと微妙に変えてきている感じが……(笑)。

(山里亮太)お昼に聞きやすいですね(笑)。

(町山智浩)それでものすごい人気になっていったんで、15分じゃとても質問に答えきれないっていうことで、1時間にして。それでも足りないっていうことで2時間にしていったんですよ。

(赤江珠緒)すごい拡大ですね(笑)。

(町山智浩)すごいんですよ。相談が殺到して。どれだけ当時、アメリカってセックスについて相談をできない状況だったのか?っていうことなんですよね。というのはこれ、1981年ぐらいなんですけども、1973年までアメリカでは人工中絶が完全に犯罪とされていましたからね。それぐらい非常に保守的な国だったので。だから80年代になってもまだセックスの悩みを誰にも相談できなかったのに、ラジオでおばちゃんがすごく優しくやってくれる。そしてズバズバ言ってくれるということで大人気になっていったんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)ただ、この人、ドクター・ルースがすごかったのはアメリカの中でものすごく大きな事件がその後で起こるんですね。1982年、83年と。それは、エイズなんですよ。

(赤江珠緒)ああーっ!

(町山智浩)エイズがとにかく流行をして。その頃、レーガン大統領が治療法のための対策をなにもしなかったので。それでどんどんと死者が増えていくという状況で。そのキリスト教の保守派の人たち、テレビ伝道師と呼ばれる人たちは自分のテレビ番組を持っているんですけども。彼らはテレビで「このエイズというのは同性愛者に対する神の天罰なんです! 彼らは罪を犯しているのでそれに対して神が怒りの鉄槌としてエイズを下したんです!」っていうことを散々言っていて。「これが同性愛者が罪人であることの証拠なんだ!」っていう風にずっとテレビでやっていたんですよ。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)で、それに対してドクター・ルースは徹底的に戦ったんですよ。その頃、彼女はもう大人気でワイドショーとかテレビ番組をいっぱい持っていたんですけども。そこで、「どんなセックスであれ2人の同意がある限りは罪ではありません!」っていう風に言って徹底的に1人で戦い続けたんですよ。

(赤江珠緒)おお、すごい。かっこいいですね!

エイズ問題で立ち上がる

(町山智浩)すごいんですよ。で、その時にティーンエージャーだった男の子がいま、おっさんになってこの映画に出てくるんですけども。「僕はあの頃、すごく同性愛で悩んでいて。でも、あなたが『罪ではありません』って言ってくれたおかげでどれだけ勇気づけられたか……」って言うシーンがあるんですね。それはね、それこそ何十万人、何百万人という人たちのことを救ったんですね。このドクター・ルースというおばちゃんは。そういう戦いをしているすごくガッツのある人なんですけども。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)あとは、さっき言った避妊や中絶の問題に関しても、アメリカは非常にコンサバティブ(保守的)ですから。それに対しても彼女はすごくはっきりと言っていったんですね。ただ、そういうことは言ってもセックスのこと以外は絶対に言わないっていう風にこの人はルールを決めていて。いつも、宗教や政治に対してコメントを求められるんですよ。これだけの有名人ですから。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)でも、絶対にそれに対しては答えないっていうことを貫き通していた人なんですよ。で、どうして彼女はそういう人にになって、こういうことをしているのか?っていうことをこのドキュメンタリー映画では探っていくんですね。そうすると、彼女の人生っていうのは結構すごい人生なんですよ。このドクター・ルースという人は。この人は1928年にドイツに生まれたユダヤ人なんですね。

(赤江珠緒)ドイツに生まれたユダヤ人……。

(町山智浩)そうなんです。だからすごいドイツ訛りなんですけども。それでこの人が10歳になった時、ドイツはナチスによって政権が取られて、ユダヤ人の弾圧がすごくなっていくんですね。で、お父さんとお母さんが「このままだと殺されてしまうから……」っていうことで、隣国の中立国スイスに彼女を1人だけ逃がすんですよ。で、「後で私たちも行くから」って言って、彼女はそのスイスの孤児院に入って待っているんですけども、結局お父さんとお母さんは来なかったんですよ。それで、後からわかるんですけども、アウシュビッツで殺されていたんですね。

(赤江珠緒)うわー……。

(町山智浩)その後も結構悲惨で。アウシュビッツで殺された人たちってお墓がないんですよ。徹底的に証拠を隠滅されたんで。だからなにも、跡形もなくなっているんですよ。で、スイスにいたまま取り残された状態で。そうすると、彼女は難民になってしまうんですよ。身寄りがないから。

(赤江珠緒)そうか。1人だけ生き延びて。

(町山智浩)そう。で、そうするとユダヤ系の難民っていうことでイスラエルにあった難民キャンプに送られることになるんです。で、今度はそしたらそこからイスラエル建国の戦いというものが始まるんですよね。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)で、彼女は10歳でドイツを出たんですけども、17歳ぐらいになっていて。今度は武器を取って戦うことになるんです。でね、このドキュメンタリーの中でその90歳になったドクター・ルースさんがバラバラにされた機関銃かなんかを渡されて、パパパパパッと組み立て、分解をするシーンがあるんですよ。だから彼女は兵士としてすごい鍛えられているんですよ。スナイパー、狙撃兵だったらしいですね。当時は。

(赤江珠緒)むちゃくちゃ過酷な人生じゃないですか……。

(町山智浩)そうなんです。で、「もしかして1人ぐらい殺していますか?」って聞かれて、「私はラッキーだったから1人も撃たないで済んだのよ」って言うんですよ。「どうしてですか?」「砲弾を食らったの」って言っていて。砲撃を食らって重傷を負ったので人を殺さないで済んだんですって。

(赤江珠緒)いや、砲撃を受けていることもすごいけど、ええっ? 大変な……。

(町山智浩)すごいんですよ。で、その後もすごくて。どうしても心理学を勉強したいっていうことでパリのソルボンヌ大学に入るんですよ。それもすごくて、その頃フランスでも男女格差、女性差別がひどくて、女性の生徒って3、4人ぐらいしかいなかったそうなんですけども。で、座るところがないっていうので、窓枠の窓の棧のところに彼女、座っているんですよ。写真が残っているんですけども。身長140センチだからそこにちょこんと乗っかっているんですけども。で、そこで勉強をして。その時にはもう結婚をしていたらしいんですけども。「もっと勉強がしたい」っていうことで、それが理由で離婚をするんですね。1回目の離婚を。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、その後に再婚をして、今度はアメリカに移民するんですけども。で、「ますますもっと勉強がしたい。博士号が取りたい」って言っていると、旦那の方がそれには興味がなくて。で、「インテリじゃないから」っていう理由でまた離婚をするんですよ。「知的な会話ができないから」っていう理由で離婚をするんですけども。で、その時に娘がいるんで、今度はシングルマザーになるんですね。でも「1950年代ってシングルマザーってほとんどアメリカでもいなかったので、すごい苦労をした」っていう風に言っているんですけども。それでそこから一生懸命勉強をして博士号を取ってカウンセラーになって……っていう。この人、すごいんですよ。それでまた今度、3回目の結婚をしていますけどね。

(赤江珠緒)壮絶ですね!

(町山智浩)恋多き女なんですよ。こんなかわいらしいおばちゃんですけども、結婚を3回しているんですよ。すごいんですよ。で、子供も育ててね。それでアメリカでも本当に珍しいシングルマザーで。で、この人は大学を出てカウンセラーを始める時が52歳なんですよ。この人、本当の人生は52歳から始まっているんですよ。すごいですよ。

(赤江珠緒)いや、でもこの方のその半生を聞くとそれは経験値から言ってなんでも相談したくなるような方ですね。

(町山智浩)ねえ。だから適当なことを言っているっていう感じじゃなくて、人生がものすごく分厚いんですよ。このドクター・ルースは。それでなんで「セックス、セックス」って言っているのかっていうと、彼女はすごく大事なことを言っていて。「セックスというのはコミュニケーションなんだ。コミュニケーションが何よりもキーであって、肉体的なことではなくて相手がどういう気持ちかをわかろうとすること。あとは自分の気持ちを伝えることなんだ。相手の気持ちをわかろうとすることが、なにもかも世界の始まりじゃないか」というようなことを言っているんですね。

コミュニケーションが大事

でも、それがあれば……戦争とかユダヤ人差別って、そこの問題じゃないですか。相手のことをわかろうとしないこと、わからないことから戦争や差別が始まっていくわけだから。彼女は「そのコミュニケーションの原点であるセックスを大事にしろ」っていう風に言っているわけですね。

(赤江珠緒)ふーん! そういう意味では全部つながっているか。

(町山智浩)全部つながっているんですよ。で、ドクター・ルースさんはずーっと90歳まで政治的な話はしなかったんですよ。性の話はするけども、ポリティクスの話はしなかったんですが、最近すごく発言をしているんですよね。で、彼女が政治的な発言をしなかったというのは、やっぱりイスラエルの問題があったりして……イスラエルは非常に複雑な状況ですからね。

パレスチナ問題とか。あとはユダヤ人として差別をされたこととか、トラウマになっていたりとかいろいろとあったんだと思うんですけども。でも、いまは言わなきゃいけないんだっていうことで。ドキュメンタリーは撮影が去年なんで。それで今年になって彼女は政治的発言をし始めたので、それはドキュメンタリーの中には入っていないんですけどね。いま、彼女はものすごいトランプ大統領に怒っているんですよ。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)それはトランプ大統領が難民や不法移民の人たち、親子を引き離して監禁しているんですよね。現在ね。

(赤江珠緒)ああ、そうですね。こっちでもニュースで流れていましたね。

(町山智浩)これ、かつて彼女がやられたことですからね。ユダヤ人っていうのは基本的に難民なんですね。もともとイスラエルっていう国を失って。それでヨーロッパ全体に広がった難民なんですけども。だからユダヤ人問題っていうのは難民問題なんですよ。だからもうトランプの難民に対するひどい仕打ちに関しては彼女もとうとう、はじめてはっきりと発言をしているんですけども。

(赤江珠緒)親子を引き離すってあまりにも非人道的なことをね。

(町山智浩)やっているんですよ。ただね、こんなにかわいらしいおばちゃんが怒るんだから、このおばちゃんを怒らせるとは相当なもんだと思いますよ。いままで90年間、怒らずにやってきたんだから。どんなにひどいことがあっても。

(山里亮太)でも、それを超えてきたんだ。

(町山智浩)そう。それを怒らせるなんてトランプ、いい加減にしろって思いますけどね。はい。ということでこの『おしえて!ドクター・ルース』なんですけども。こういうね、セックス相談の人って日本にも昔、いっぱいいたんですけどもね。

(赤江珠緒)そうですか。

(町山智浩)昔、いっぱいいたんですよ。こういう人たち。でも、いまはいなくなっちゃいましたね。日本にもいたらいいと思うんですけども、僕はできません。すいません、はい(笑)。

(赤江珠緒)フフフ、そうですね。日本でもこれ、公開になるということで。『おしえて!ドクター・ルース』は8月30日公開でございます。

『おしえて!ドクター・ルース』予告編

(町山智浩)かわいいおばちゃんなんで。ぜひ。

(赤江珠緒)いやー、こういう方の考えや声を聞きたいですもんね。

(町山智浩)はい。ご覧になってください。

(赤江珠緒)ということで町山さん、ありがとうございました!

<書き起こしおわり>

町山智浩 映画『イエスタデイ』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『イエスタデイ』を紹介していました。

(町山智浩)今日はね、『イエスタデイ』というタイトルの映画です。

(町山智浩)この曲はご存知ですよね? ビートルズの『She Loves You』という曲なんですけども。僕は、自分の話をしますけども。ビートルズっていうのは実はいちばん最初にこういうカルチャーにハマったものなんですよ。

(赤江珠緒)へー! 町山さん、ビートルズから?

(町山智浩)僕、ビートルズからなんですよ。でね、1971年だから9歳ぐらいの時、テレビで……日テレなんですが。日曜日の昼にTVジョッキーっていう番組がありまして。そこでね、ジーンズのコマーシャルできれいなお姉さんが、いま考えるとあれなんですけども。パンツ一丁でジーンズを履くっていうコマーシャルなんですよ。で、そのバックに流れていた曲がこの『She Loves You』なんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)きれいなお姉さんがパンツ一丁で。上はシャツを着ていて、下が微妙に見えない感じの、お泊りの後の感じなんですけども。

(赤江珠緒)ああー、じゃあまず視覚から入って、音?(笑)。

(町山智浩)そう。それでこの歌をバックにジーンズを履いてお尻をこっちにグッと向けるっていうコマーシャルがあって。それが衝撃だったんですよ。

(山里亮太)それは曲との出会いというよりも性との出会いっていうか……(笑)。

(町山智浩)もうごっちゃになっていて。どっちがどっちなんだかよくわからないんですけども。でもそこからずっとビートルズが好きで。僕はこの歳になってから、ビートルズが生まれた街のリバプールにも行ったんですよ。で、そのビートルズの歌って彼らが育った街のことを歌っているのが多いんですね。たとえば『Strawberry Fields Forever』っていう歌があるんですけども。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)それはね、ストロベリー・フィールズっていう恵まれない子供たちを預かってくれる児童養護施設がありまして。そこのことを歌っているんですよ。で、そこにも行きました。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)「ああ、これが本物のストロベリー・フィールズなんだ!」って。

(赤江珠緒)いまでもちゃんとあるんですね。

(町山智浩)あるんですよ。門だけなんですけどもね。

(町山智浩)あとは『Penny Lane』っていう歌はご存知ですか?

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)「Penny Lane♪」っていう。あれ、ペニー・レインっていう道があるんですよ。で、歌詞の中に出てくる床屋さんも本当にまだあります。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)あとね、その『Penny Lane』の中に出てくる消防署というのも本当にあるんですよ。そういうところを全部回ったんですよ。もうね、いちばん感動したのは『Eleanor Rigby』っていう歌があるんですけども。エリナ・リグビーっていうのはリバプールに教会があるんですよ。そこにあるお墓に刻まれている名前なんですよ。それは。

(赤江珠緒)墓碑銘?

(町山智浩)墓碑銘なんですよ。それを見てポール・マッカトニーは『Eleanor Rigby』っていう歌を作ったんですね。

(赤江珠緒)そうだったんですね!

(町山智浩)そのお墓に行った時に感動をしたのは、その教会でポール・マッカトニーとジョン・レノンははじめて会ったそうなんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、この天才2人が出会ったからビートルズっていうのが生まれたんで、本当に奇跡のような出会いがあったという風にガイドさんに言われて。僕は「そうなんだ!」って本当に感動したんですよ。だからそういうのをやっているぐらい、もうビートルズのことばかりを考えてきた50何年なんですけども。で、この今回ご紹介する『イエスタデイ』という映画はもう非常に見ている間、複雑になる映画なんですよ。そういう人にとっては。これは、ビートルズがなかった世界の話なんですよ。

(赤江珠緒)うん。

ビートルズがなかった世界の話

(町山智浩)主人公は売れないミュージシャン、シンガーソングライターなんですね。で、その彼が交通事故にあっちゃうんですよ。で、昏睡状態から目覚めてみたら、自分にはエリーちゃんっていうかわいいマネージャーの女の子がいるんですけども。その子が怪我した自分の面倒を見てくれているから。それで「君は64歳になっても僕の面倒を見てくれるんだろうね」みたいなことを言うんですよ。すると彼女は「なんで64歳っていう数字なの?」って聞くんですね。それはビートルズの歌で『When I’m Sixty Four』っていう歌があるんですよ。それで「64歳になっても僕の面倒を見てくれる?」っていう歌詞があるんですよ。それの引用をしたんだけども、彼女は気がつかないんですね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、主人公はジャックっていうんですけども、その彼は「なんかおかしいな?」って思うんですよ。で、その後に全快のお祝いでエリーちゃんが新しいギターをくれるんですね。で、そのギターをさっそく弾きながら、ちょっと鼻歌でビートルズの『Yesterday』を歌うんですよ。ちょっとお聞きください。

(町山智浩)この『Yesterday』という曲はだいたい僕の世代だったらはじめてギターを持った時にかならずこれから練習をするんですよ。簡単なんでね。だから彼もギターをもらった途端にチャチャチャッとこれを弾くんですよ。そうしたらそこにいた友達たちがみんな、「なんて素敵な曲なの!」って言うんですよ。で、「えっ、なに言ってんの? これ、ビートルズの『Yesterday』じゃん」ってジャックが言うんですけど、そうすると「えっ、カブトムシ?」って言われるんですよ。

(山里亮太)ああ、そのままの意味で?

(町山智浩)で、「これはなにかおかしい」って思ってジャックが家に帰ってインターネットで「Beatles」で調べると、カブトムシしか出てこないんですよ。

(山里亮太)ああ、ビートルズがいなくなっている?

(町山智浩)いない世界なんですよ。彼が気絶をしている間に、違う時間軸に入っちゃったんですよ。

(山里亮太)パラレルワールドみたいな。

(町山智浩)そうそうそう。で、自分が持っていたはずのビートルズのCDを探すと、出てこないんですよ。ビートルズがない世界なんです。で、彼はどうしても作曲の能力がなくて凡庸な曲しか書けなくて売れないミュージシャンだったんですけども。「ビートルズのことを誰も知らないんだったら、俺は大物になれる」って思いますよね?

(赤江珠緒)それはそうなりますよね。

(山里亮太)自分の頭の中にはビートルズの曲があるんだもんね。

(町山智浩)そう。という話がこの『イエスタデイ』という映画なんですよ。でもね、いろいろと複雑だったんですけども。まずこれを監督したのはダニー・ボイルという人で、この人は『スラムドッグ・ミリオネア』というインドを舞台にした映画でアカデミー賞を取った人です。イギリス人ですけどね。で、今回のジャックを演じているのはヒメーシュ・パテルっていう、これも写真があると思うんですけども。インド系の人ですね。

(赤江珠緒)はい。本当だ。

(町山智浩)インド系のイギリス人ですね。で、ビートルズ自身がインド音楽をはじめてロックに取り入れた先駆者なんで。そのへんはまあつながりがある感じなんですけども。ただ、この主人公のジャックっていうのは1990年生まれなんですよ。その人がもう30ぐらいになっちゃうなんて、俺も老けたなって感じがするんですけども(笑)。

(赤江珠緒)まあ、それはしょうがない(笑)。

(町山智浩)ねえ。彼はビートルズ世代じゃないんですよ。

(赤江珠緒)そうですね。90年だとね。

オアシス経由でビートルズを知った世代

(町山智浩)彼は中学の時、オアシス(Oasis)っていうバンドがヒットをしていたんですね。英語だと「オエイシス」ですけども。で、オアシスがビートルズの真似ばっかりしているから、「ビートルズってなんだろう?」っていうことでビートルズを聞き始めたという世代なんですよ。で、インターネットで彼は「Oasis」とも調べてみるんですよ。ググってみるんですよ。オアシスも出てこないんですよ。

(赤江珠緒)ああ、出ない? ビートルズありきだから?

(町山智浩)そう。彼らはビートルズの影響があまりにも大きいから、ビートルズがない世界にはオアシスも存在しないんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ!

(町山智浩)これも笑っちゃったんですけども(笑)。砂漠のオアシスしか出てこないんですけども。たぶんこの世界にはMr.Childrenもいないですよ(笑)。たぶん井上陽水もいないし、奥田民生さんもいないと思います。人としてはいるけども、ああいう曲はやっていない。

(赤江珠緒)ああ、影響を受けた人はたくさんいらっしゃるでしょうからね。はー。音楽界がビートルズがいないと変わっちゃうか。

(町山智浩)そう。そのへんはすごく笑うんですけども。たとえばオアシス、『Don’t Look Back In Anger』のイントロをちょっと聞いてもらえますか?

Oasis『Don’t Look Back In Anger』

(町山智浩)はい。では、ビートルズのジョン・レノンの『Imagine』を聞いてもらえますか?

(赤江珠緒)たしかに似ているな(笑)。

(町山智浩)ねえ。これ、日本だったらJASRACが飛んできますからね!

(赤江珠緒)フフフ(笑)。

(町山智浩)オノ・ヨーコさんがいかに優しいかっていうことですけども。オノ・ヨーコさんは全部許しているんですよ。ジョン・レノンの影響を受けた人たちを。それで集めてコンサートをやっているぐらいですから。でもね、この世界でジャックくんがいままでは売れなかったんだけども、ビートルズの曲をいろいろとやってどんどんと注目をされていくっていう話なんですよ。でね、あの売れっ子のエド・シーランが彼に目をつけて自分のサポーティングアクトに抜擢して、ジャックくんは世界的なスターになっていくわけですけども。

エド・シーランにフックアップされる

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)ただね、どんどんと辛くなっていくんですよ。売れるほどに。

(山里亮太)なんでだろう?

(赤江珠緒)だって才能が湧き出る泉じゃないですもんね。

(町山智浩)才能が湧き出るっていうか、パクリやん?っていう。ねえ。

(赤江珠緒)記憶に頼って出しているわけだから。

(町山智浩)だってこれで聞かれるんですよ。「『Strawberry Fields Forever』ってどういう意味ですか?」って。でも、彼はわからないんですよ。

(赤江珠緒)ああーっ!

(町山智浩)だってこれは個人的な歌だから。ジョン・レノンの子供の頃の思い出の歌だから。答えられないでしょう? で、さっき『Penny Lane』の話をしましたけども、『Penny Lane』っていうのはポール・マッカトニーの子供の頃に育った商店街の地名が細かく出てくる歌なんですよ。リバプールの。

(赤江珠緒)そうか。それを「自分が作った」って言って。でも「なんですか、これは?」って言われるとね。

(町山智浩)おかしいじゃない? 行ったことのない街ですよ? おかしいじゃん。だから慌てて、ヤバいと思ってジャックはアリバイ作りでリバプールに行ったりするんですよ。インチキじゃん? ねえ。そういうね、どんどんと彼が逆に追い詰められていくっていう話になっているんですよ。これは面白いなと思いましたよ。たとえばビートルズの歌で『Julia』っていう歌があるんですね。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)で、この歌をやろうとして彼がセットの中に入れるんですけども。『Julia』っていう曲はこれ、ジョン・レノンのお母さんのことを歌っているんですよ。お母さんがジュリアっていうんですね。で、ジョン・レノンはお母さんから捨てられる形でおばさんに育てられて。で、その後に高校ぐらいの時にお母さんとまた再会して。そしたらお母さんは交通事故でなくなって。交通事故ではねられて死んだお母さん……自分の自宅の前ではねられたんですけども。それを彼は目撃しているんですね。その現場にも僕、行きましたよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)ジョン・レノンの家に行って。ガイドさんは「ここのところでお母さんが亡くなっていて、学校から帰ってきたジョンはそれを見たんですよ」っていう話もされていたんですけども。

(赤江珠緒)それで「なんでジュリア?」ってなるんですね。

(町山智浩)そう。ものすごく個人的な歌なんですよ。

(赤江珠緒)そうですね。『Hey Jude』とかもね。

(町山智浩)そう。『Hey Jude』っていうのはジュリアっていうお母さんの名前をジョン・レノンは自分の息子につけたんですね。ジュリアンっていう風に。ところが、ジョン・レノンはその頃、オノ・ヨーコさんとくっついちゃって。ジュリアンのお母さんを捨てちゃったんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、ジュリアンがあまりにも寂しそうにしているんで、ポール・マッカトニーが励ますために作った歌が『Hey Jude』なんですね。

(赤江珠緒)息子さんへの歌ですもんね。

(町山智浩)これ、だからもともとの歌詞は「Hey Jules」だったんですよ。ジュリアンのことを言っていたんですよ。でも語呂が合わないので「Jude」にしたんですね。だからジャックは「なんで『Hey Jude』なの?」って聞かれるんだけども、こういう個人的な関係性を全然知らないから、わからないんですよ。

(赤江珠緒)へー! もうジャックはしどろもどろに答えるんですか?

(町山智浩)しどろもどろになっちゃうんですよ。

(山里亮太)そのつじつま合わせが面白そうな……。

次第に追い詰められていく

(町山智浩)そう。だから結局彼は「天才だ、天才だ!」って言われるけども、自分が天才なわけではないから別にそう言われても嬉しくないし。ということでどんどんどんどん逆に追い詰められていくという、ちょっと不思議な映画でしたよ。ただね、もともとのシナリオはもっとすごく暗い話だったらしいんですけども、シナリオを書き換えてちょっとかわいいラブストーリーになっているんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、このエリーちゃんっていう子を演じてるのは『ベイビー・ドライバー』っていう映画でウェイトレスの女の子を演じていたリリー・ジェームズっていう子なんですけども。彼女がどこまでも甲斐甲斐しくジャックを支えていくっていう、その関係性みたいなことが主題になっていて。

(町山智浩)実はこの映画はね、「ビートルズとはなにか?」っていうことを完全にミスっている映画なんですよ。というのは、この映画ではビートルズっていうのはメロディメーカーとして優れているっていうことだけなんですね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)でも、ビートルズってそうじゃないんだもん。まずアイドルだったですよ。で、ファッションリーダーだったんですよ。長髪というものを流行らせた人たちで。それでいまだにあの黒のタイトなスーツを着て……結構みんな真似をしますよ。あれ、ニュー・ウェイヴの時にもう1回流行るんですけどね。80年代に。あと、コーラスが素晴らしかった。素晴らしいコーラスだったんですよ。ハーモニーが。これ、1人でこのジャックが歌ったところで、ビートルズのあのハーモニーとコーラスは再現できないんですよ。

(赤江珠緒)たしかに。

(町山智浩)あとね、実験音楽家でもあったんですよ。ビートルズってクラシックとかインド音楽とか逆回転とか、もういろんな実験をやっていたんですよ。で、常に新しいものをやり続けるというところで。それも後付けでやっているから……彼はオアシスから入ってビートルズを知ったから、わかっていないからそれはやれないんですよ。というか、もうすでにその実験は終わっていますからね。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)だっていまの世の中というのはビートルズがあった世の中なんで。たぶんビートルズがなかったら、「ビートルズがない」というだけではなくて、世の中全体はたぶん相当変わっていると思うんですよ。というのは、60年代の前にも話したんですけども、カウンターカルチャーという運動がありましたよね。反戦運動であるとか、人種平等の運動であるとか、そういったものっていうのはビートルズが起こしたショックから始まっているんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)60年代のカウンターカルチャーの起爆剤になったんですよ。ビートルズというのは。だからなによりも意識変革者だったんですよね。

(赤江珠緒)ヒッピーとかにもつながっていくわけですね。

(町山智浩)そうそう。そういったものは全部ビートルズから生まれているから。特にやっぱりジョン・レノンという人がすごかったのは、その当時は絶対に……要するに世界一売れているタレント、ミュージシャンですよ。それが「僕は神様を信じない」って言ったんですよ。そんなこと、いま言えないですよ。で、「国なんてものはないんだ。そんなものはいらないんだ」って言ったんですよ。言えますか、いま? 最高に売れているタレントが。言えないでしょう? 「宗教もいらないんだ。兵隊なんかにはなりたくないんだ」って。そんなことをはじめて言ったんですよ。で、たぶんその後にもあまり言った人はいないんです。世界最高のアイドルがそう言ったんですよ。

(赤江珠緒)そうかー!

(町山智浩)だからそれぐらいすごいものだったということにはとりあえず、この『イエスタデイ』という映画は突っ込んでいないんですよ。単に「いい歌を作った人たち」っていうことになっているんですよ。ビートルズは。

(赤江珠緒)ああー、そこがやっぱりすごいファンの町山さんとかからすると……。

(町山智浩)世の中を変えた人たちなんですよ。考え方を……「こういうことを言ってもいいんだよ」って。「国とか神とか、信じなくてもいいんだよ」って言っちゃった人なんですよ。

(赤江珠緒)ラブ&ピースの。

(町山智浩)そう。だからそのへんにはこの『イエスタデイ』という映画は突っ込んでいないんですけども。ただ、一点だけビートルズファンだったらもう号泣必至のシーンがこの映画にはあるんですよ。

(赤江珠緒)ほう!

(町山智浩)もうその一点で全部許した!

(赤江珠緒)フフフ(笑)。

(町山智浩)もうブワーッて涙が出て止まらなくなりましたよ。映画館で。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)そういう……まあどういうところかは言えないですけども。

(山里亮太)どうなっていくんだろう? これ、結末がどうなるんだろう?

(赤江珠緒)ねえ。このまま行ったらバッドエンドになっちゃうもんね。

(町山智浩)まあ、だからどうなるでしょうか?

(赤江珠緒)日本ではこの『イエスタデイ』、10月11日公開でございます。そうか。改めてでも、ビートルズの功績っていうのを町山さんからお聞きすると「なるほどな!」ですね。うん。

『イエスタデイ』予告編

(町山智浩)やっぱりね、「歌がうまかった」っていうところもすごくあるんで。それはね、聞き比べて。これでビートルズを知ったつもりにならないで。はじめて見る人は。本当のレコードを聞いてほしいと思います。

(赤江珠緒)わかりました。町山さん、ありがとうございました。

(山里亮太)ありがとうございました。

(町山智浩)どもでした!

<書き起こしおわり>

町山智浩『One Child Nation』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で中国の一人っ子政策についてのドキュメンタリー映画『One Child Nation』を紹介していました。

(町山智浩)で、今日の本題はでもスティーブン・キングよりも恐ろしい話でしたよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)ドキュメンタリー映画なんですけども。『ワン・チャイルド・ネイション(One Child Nation)』っていう映画です。この『ワン・チャイルド・ネイション』……「一人っ子の国」っていうのは中国のことです。これね、まだ日本での公開は決まっていないんですが、アマゾンが配給をしているので、たぶん日本でも……アマゾンの配給映画はみんな公開されるので、公開されると思いますが。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)これ、監督は中国田舎で生まれてアメリカの大学を出てドキュメンタリー映画を作っている1985年生まれのワン・ナンフー(Wang Nanfu)さんっていう人がたった1人で中国に行って。自分でカメラを持ってたった1人で撮影をした映画なんですよ。

(赤江珠緒)ええー。うん。

(町山智浩)これね、たった1人じゃないとできない状態っていうのは見ていてわかるんですけども。彼女、子供が生まれたんですね。だからその2ヶ月かなんかの赤ちゃんを連れて、中国の田舎の親戚に見せに行くんですよ。で、自分が生まれた頃の話を聞いて回るんですけども、そのワン監督が生まれた頃っていうのはちょうど中国では一人っ子政策をずっと続けていたんですね。で、彼女自身が一人っ子政策というものはどうやって実施していたのか?っていうことがわからないから、それを聞いて回るっていう話なんですよ。自分のお母さんとかおじさんとかに聞いて回るっていう話で。

(赤江珠緒)ああ、なるほど。一人っ子ってだいたいいつぐらいからいつぐらいまでなんですか?

(町山智浩)1980年から2015年までの35年間なんですよ。で、一人っ子政策ってみなさん、聞いたことはあるでしょう? でも実際にどのようにして実行されていたのかってほとんどわからないですよね。それを具体的にやった人たち……彼女のお母さんとかに聞いて回っていくっていうことなんですよ。あ、彼女のお父さんは亡くなっているんですけども。だから、緊張をさせたりしてはいけないから、ドキュメンタリーのスタッフを通して照明さんとか音声さんとかは行かずに、彼女自身が民生用のホームビデオのカメラで撮っているんですね。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、彼女は女の子ですよね。それで「どうだった?」っていう話を聞いてまわると、「女の子だから困った」って言われるんですよ。彼女、「ナンフー」っていう名前なんですけど、「ワン・ナンフー」って漢字で書くと「王男栿」っていう風になるらしいんですよ。これはつまり、「男の大黒柱がほしかった」っていうことらしいんですけども。

(赤江珠緒)うわあ……。

ワン・ナンフー監督

(町山智浩)で、彼女が生まれたのは田舎だから、お金を払って。あとは1人目が生まれた後に5年たてばもう1人、生んでもいいらしいんですよ。田舎は農家だから、子供がいないと農家の運営が大変だからっていうことなんですね。

(赤江珠緒)ああ、人手がいるから。

(町山智浩)で、彼女には弟が生まれたんですけども。それでおじさんの話を聞いたら、おじさんは「女の子が生まれたけど捨てた」っていう話がそこで出てくるんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)で、「どうして?」って聞くと、「女の子が2人、生まれたりしたら、男の子を持てないから」っていう。

(赤江珠緒)まあ一人っ子っていうとね。でも、捨てるって……。

(町山智浩)また中国は韓国や日本と同じで男が家を継いでいくっていう考え方なんですよね。中国は特にその名字の問題があって。名字は夫婦別姓で女性の方が結婚をしても名字がもらえないんですよね。そういう差別があるんですけども。で、女の子が生まれたらどうするか?っていうと、おじさんには「捨てた」って言われるんですよ。

(赤江珠緒)「捨てる」って、どういうこと?

(町山智浩)「どうして?」って聞くと、「お母さんに『捨てないと村八分にされるから、非国民になるから、捨ててくれ。もしあなたがその女の子を捨てないなら、私が殺すか、私が自殺する』という風にプレッシャーをかけられた」っていう。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)つまり、男の子が生まれないと後も継げないから。自分自身が女性なのに、「男が生まれないから悲しい」って言うんですよ。

(赤江珠緒)えっ、じゃあ男の子が生まれるまで……。

(町山智浩)殺し続けるんですよ。

(赤江珠緒)ええっ!

男の子だけが求められる一人っ子政策

(町山智浩)もう、びっくりしましたよ……。で、お産婆さんに会いに行くんですよ。このナンフー監督が。それで自分を取り上げたお産婆さんに「覚えてますか?」「覚えているよ」「何人ぐらい取り上げたんですか?」って聞くと「それは覚えてないけども、5万人殺したことは覚えている」って言われるんですよ。

(赤江珠緒)ええっ! 5万人?

(町山智浩)ちょっと驚いたんですよ。で、実際にどういうことが行われていたか?っていうのは写真も残っているんですよ。というのは、不妊手術とか中絶とかをすることを国家が奨励していたから、写真に撮って記録しているんですよ。

(赤江珠緒)なるほど……。

(町山智浩)でも、お母さんとかはやっぱり嫌なんですよ。どんな子でも育てたいから。すると、縛り上げて。産科に縛り付けて強制的に手術をしちゃうんですよ。

山里亮太:ええーっ!

(町山智浩)で、1人生まれて、2人生まれて、3人目は生まれないようにする手術とか、強制中絶とか、それを写真に撮って国家が奨励していたんですよ。まあ、地獄のような世界でしたよ。

(赤江珠緒)この間までの世界ですもんね。

(町山智浩)この間、2015年までですよ。それで、また写真家が1人、出てくるんですよ。その人はジャーナリスティックなアート写真を撮っていて。中国ではその当時、ゴミがそこら中に捨てられていて。産業廃棄物とかの不法投棄がひどかったんですね。で、その実態を撮ろうとしてゴミ捨て場の写真を撮っていたら、そこに人形みたいなものがあることに気がついて……よく見たら普通に出生した赤ん坊の死体なんですね。

(赤江珠緒)うわ……。

(町山智浩)で、そこからいろんなゴミ捨て場をこのカメラマンが写真を撮って回るんですけども。それは1980年代のことらしいんですけども。もうそこら中のゴミ捨て場が赤ん坊の死体だらけなんですよ。まあ、本当にひどい……。

(赤江珠緒)まあでも、一人っ子にしようとすると、そんな事態に?

(町山智浩)なっちゃうんですよ。で、隠している人とかもいるんですよ。妊娠を隠していたり、子供が生まれたことを隠して、匿っていたりする親とかも出てくるんですけども。その家に強制的に入って、子供をさらっていくんですよ。

(赤江珠緒)ええっ? もう生まれているのに?

(町山智浩)生まれているのに。こんなすごいことがあるなんて、信じられないですよ、もう。で、この監督はそういうことを聞いて回るんですけども。なんでみんながそのことを話してくれるかっていうと、国家に奨励されていたことで、そのことをしていたことは誇りだからですよ。

(赤江珠緒)えっ、いまでも?

(町山智浩)あのね、昔『アクト・オブ・キリング』というインドネシアの映画を前に紹介したことがあったんですけども。あれはインドネシアで共産党員の人たちとか、中国系の人たちを虐殺した当事者たちにインタビューをしていくっていう話でしたね。

(赤江珠緒)そうでしたね。はい。

(町山智浩)それでインドネシアでは100万人以上が殺されたんですけども。デヴィ夫人がインドネシアにいた頃ですけどね。で、あれはみんな、殺した人たちっていうのは国家の英雄になっているから、最初は自慢げに話していたじゃないですか。自慢をしていたんですよ。だからこれも、中国計画出産協会という組織があって。そこが不妊手術や強制中絶をずっとやっていたところなんですけども。そこで金賞をもらって表彰を受けた人で、それこそ10万人とかすごい数の処理をしたっていう女の人が出てくるんですけども。「勲章をもらって褒められたことをいまでも誇りに思う」って言うんですよ。

(赤江珠緒)ええっ? そうなるのか……。

(町山智浩)だからみんな、悪びれずに言うんですけども。ただ言いながら、だんだんと自分のやったことに耐えられなくなってくるんですよ。この話を聞いているうちに。で、そのお産婆さんはもう本当に罪の意識でいまも手が震えるから。いまはそういうのは全部やめて、逆にいまは不妊治療の相談役をやっているんだそうです。「罪滅ぼしをしているんだ」ってその人は言うんですね。80歳ぐらいのお産婆さんなんですけども。「私は子供が好きで産婆を始めたのに、なんでこんなことをさせられたんだ」っていう。まあ、それだけじゃなくて結局女の子が生まれると、カゴに入れて路上に放置するんだそうですよ。

山里亮太:うわあ……。

女の子の赤ちゃんは路上に放置

(町山智浩)で、その頃は中国の田舎に行くと、路上にいっぱいカゴがあって、そこら中に赤ん坊が放置されているような状態だったらしいですよ。そのまま餓死したり、動物に食われちゃったりするんですよ。それが、中国なんですよ。2015年まで。

(赤江珠緒)そんな政策がよく通っていましたね?

(町山智浩)奨励をしていたんですよ。それは1958年から61年に毛沢東が「大躍進」っていう名前の工業とか農業の改革をやって大失敗して、3000万人から7000万人が餓死をするっていう事態が起こったので。このまま人口が増えていったら中国人がいっぱい餓死をしてしまう。だから人口を減らそうっていうことになったんですね。で、それ自体は中国の考え方ではなくて、もともとはマルサス主義っていうのがありまして。18世紀のイギリスでロバート・マルサスという人が「このままだと食料がどんどんと足りなくなって餓死者が出るから人口自体を減らせ」ということを提唱したことがあったんですね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、それ自体は実際の農産物などの生産量を増やせば済むことなんですけども。でも、いまだにそのマルサス主義っていうのは時々、噴出するんですよ。「人口を減らせ!」っていう考え方は。で、それが中国で噴出したんですけども。最近も「人口を半分に減らせ!」みたいな人がいましたよね? 『アベンジャーズ』のサノスっていう宇宙の帝王なんですけども。

山里亮太:ああ、はいはい。

(町山智浩)でも、時々こういう考えが噴出するんですよ。「経済が落ち込んでいるから人口を減らせばいい」みたいな。で、中国はそれを徹底的にやって、実際にその1980年から2015年までの35年間に4億人の人口を抑制したと言っているんですよね。

(赤江珠緒)じゃあやっぱりこの年代っていうのは圧倒的に男性が多いということになるんですか?

(町山智浩)圧倒的に男性が多くて、男性は女性よりも3000万人以上多いと言われています。だから3000万人クラスで多いと、本当に結婚ができない人が増えているみたいですね。

(赤江珠緒)そうなりますわね。

(町山智浩)で、その道端に捨てられている赤ん坊を見て「これはひどい」と思った人がいて。その子たちを拾って回って都会の孤児院に売っていた人っていうのも出てきます。

(赤江珠緒)売る?

(町山智浩)というのは、孤児院が1990年代……92年ぐらいから外国に養子縁組をして。はっきり言うと赤ん坊を売り始めるんですよ。10万人以上が中国からアメリカとかそういったところで子供を求めている人に売られていったそうです。

(赤江珠緒)無茶苦茶になっていますね……。

(町山智浩)その金額もかなり高いんですよ。値段はまちまちでしたけども。で、それが一種の、はっきり言って大きな収入になっていくんですよ。中国という国自体の。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)子供を売ることが。ところが、道端で拾った赤ん坊を孤児院に売っている人たちは結局、逮捕をされるんですよ。一家でやっていたんですけども、10年ぐらいの刑を受けたりしているんですね。この中に出てきてインタビューを受けてるんですけども。でも、彼らは赤ん坊を助けていたのに、刑務所に入れられて。一方で赤ん坊を殺していた人たちは国家から奨励されていたんですよ。

(赤江珠緒)そういうことだ……。

(町山智浩)まあ、すさまじい内容でしたね。で、この監督は本当にカメラ1台でそこらに行って聞いていて。ただ、下手すると拘束をされるかもしれないっていうことで、いつもGPSを持っていて。で、ニューヨークにいた共同監督が彼女の居場所を常にサーチしながら、拉致されたり拘禁されたりしないかどうかを調べながら撮影をしていたみたいですけどね。

(赤江珠緒)ええっ? いやー、怖いですね。そんなにみんなの倫理観とか常識も変わっちゃうんですね?

(町山智浩)それもね、取材をしていて。どれぐらいプロパガンダをやっていたか。つまり、子供を減らすということがどれだけ国にとって貢献をすることなのかっていうことを徹底的にテレビやドラマ、CM、芝居、歌などありとあらゆる形で政府がプロパガンダをしていったんですよ。で、みんな完全に洗脳されちゃっているんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ!

政府による一人っ子政策プロパガンダ

(町山智浩)で、本当に表彰とかをしていたし。その結果、いまどうなっているのかっていうと、この間僕は上海に行って思ったんですけども、1人ちっちゃい子が歩いていると、その後ろに6人ついていくんですよ。お父さんとお母さんとそれぞれの祖父母が。6人の親と祖父母の面倒をその1人が見るっていう形ですよね。だから。

(赤江珠緒)そうですよね。「小皇帝」とかって言われましたもんね。一人っ子政策の時に。

(町山智浩)いま、育てられてかわいがられている時はそうですけど、その彼らが高齢化したら、それを1人で介護しなきゃいけなくなるんですよ。だから中国は超高齢化社会に突入をしていて。中国っていう国自体の存続も非常に危うくなっているんですよ。

(赤江珠緒)でも、それも最初からわかっていたことっていう感じもしますよね。

(町山智浩)でも、どこでもそうですけども、一度始めるとそれがたとえ間違っていたとしても突き進むんですよ。一旦やり始めるとどんなに間違っていても突き進んじゃうんですよ。で、いま中国はもうギリギリになって2人っ子政策を始めているんですけども、遅すぎるでしょうね。かなり。で、その間に殺された子たちっていうのは一体何だったのか?っていうことですよね。それでも、お母さんとかやった人たちに聞くと「私たちは間違っていない。政府に言われた通りにやっていたんだ。他にどうしようもなかった。それが正しいことだと思わされていたし、思っていた」って答えるんですよ。

(赤江珠緒)うーん……なんか、怖いですね。自分の子供ですらそうやって手をかけてしまうっていう。

(町山智浩)で、その小さい子、赤ちゃんをその監督は連れて行くわけですよ。で、その子たちを見たインタビューをされる相手はみんな、「ああ、かわいい、かわいい!」って本当に子供を愛する普通の人たちなんですよ。本当に善男善女の素晴らしい国民たちだからこそ、やったんですよ! 彼らは模範的な国民なんですよ。愛国者なんですよ。いい人たちなんですよ。素晴らしい人たちだからこそ、政府がおかしい時には全部恐ろしいことをやってしまうんですよ。だって、ドイツでナチスの時代に「いい国民、素晴らしい人」と言われていた人たちはユダヤ人を密告する人たちですよ。ユダヤ人をかばう人たちは非国民と言われたんですよ。もう、いつまでたっても、世界中どこでもそんなことを繰り返し続けているんですよ! まあ、恐ろしい映画でしたね。

(赤江珠緒)ねえ……。

(町山智浩)ちょっと、本当にもう立てなくなる感じでしたよ。見終わった後に。

(赤江珠緒)これが現実って、本当に怖いな……。

(町山智浩)これ、またこのたった1人の女の人がこの映画を撮ったっていうのもすごいなって思いましたね。彼女は「中国に出て、アメリカに留学をするまでこんなことだとはまるで思わなかった。外に出てみないとわからない」って言っていましたね。

(赤江珠緒)ああ、そうですか。わからないのか。

(町山智浩)プロパガンダをされているっていうことは。はい。ということで『ワン・チャイルド・ネイション』、すさまじい映画でしたけども。日本でもおそらく公開をされていると思います。アマゾンですから。

『One Child Nation』予告編

(赤江珠緒)はい。ということで衝撃の映画をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

<書き起こしおわり>


町山智浩『荒野の誓い』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『荒野の誓い』を紹介していました。

(町山智浩)で、今日の本題を話します。本題はまた今週の末に公開なんですけども。『荒野の誓い』という映画なんですよ。これはやっぱりね、(『ダンス・ウィズ・ウルブズ』と同様に)先住民と騎兵隊の話なんですね。西部劇ですね。

(赤江珠緒)「荒野」って聞くとそんな感じですね。

(町山智浩)そうなんですよ。『荒野の誓い』というタイトルでこれ、主演はクリスチャン・ベールです。バットマンをやっていた人ですね。それでものすごく太ってディック・チェイニーの役もやっていました。

(赤江珠緒)はいはい。『バイス』で。

(町山智浩)そう。『バイス』でディック・チェイニー副大統領の役をやって、また元にもどっていますけども。すごいよね、この人ね(笑)。体重を増やしたり減らしたりしすぎですよね。

(赤江珠緒)本当。『荒野の誓い』のポスターを見たら全然違う!

(町山智浩)そう。僕はインタビューしたんですけど、彼が言うには「奥さんや子供に止められた。『父ちゃん、太ったり痩せたりするのはもうやめて』って言われた」って言っていましたけども。

(山里亮太)これ、心配になるぐらいの増減だからね。

(町山智浩)そうですよね。「でも、自分自身は全然平気なんだけどね」って言っているけど、たぶん血管はボロボロだと思いますが。で、今回は痩せバージョンのクリスチャン・ベールで、彼は騎兵隊の軍人なんですけれども。ある使命を与えられるんですよ。それは大統領からの使命で、「インディアン戦争というものがもう終わるんだ。だから『平和になった』というキャンペーンみたいな形で拘束されているシャイアン族のインディアンの酋長の人をはるかに離れたシャイアン族の住んでいる土地、モンタナ州まで護送をしろ」という任務なんですね。

(赤江珠緒)うん。

酋長をはるか離れた土地まで護送する

300年続いたインディアン戦争

(町山智浩)インディアン戦争っていうのは300年以上続いたんですよ。ものすごい戦争だったんです。で、「戦争」っていうとひとつの戦争だと思うと思うんですけど、そうじゃなくてこれは実際の英語では「Indian Wars」なんですよ。だからいくつもの戦争が中に入ってるんですよ。

(赤江珠緒)ああ、じゃあ戦国時代みたいな、そういうイメージなんですか?

(町山智浩)そうそうそう。戦国時代ってほら、全体としては中に小さい戦争がたくさん入っているわけじゃないですか。あれに近いんですよ。で、いつ戦争が始まったかというと、いちばん最初にその『ポカホンタス』っていうディズニーの映画があったじゃないですか。あれでイギリス人たちがはじめてアメリカに渡ってそこに入植するじゃないですか。村を作る。その段階からもう戦争は始まっているんですよ。あとはピルグリム・ファーザーズって言われている人たちがボストンの方に着いたんですけども。最初は先住民の人たちは快く迎えてくれたんですけども。先住民の土地を白人が取ろうとして、すぐに戦争になっちゃったんですよ。

(赤江珠緒)うーん……。

(町山智浩)入植と同時に戦争ですよ。で、そこからどんどんの戦争をしながら白人が東から西に広がっていくんですね。

(赤江珠緒)そうか。300年か。なるほど……。

(町山智浩)300年ですよ。それはものすごい関係性になってきますよ。で、先住民の人たちは最初、全然戦争をする気はなかったんですよ。というのは、彼らは「土地を所有する」という意識がないんですよ。だから白人が入ってきたところで、別にその土地は俺のものではないから。だから別に「住めば?」っていう感じだったんですよ。

(赤江珠緒)「みんなのものだ」みたいな?

(町山智浩)ええとね、巨大な神みたいなものなんですよ。「グレート・スピリッツ」というのがいて。まあ、宇宙の真理みたいな。形のあるものじゃなくて宇宙の法則みたいなものを先住民というのは信じているらしいんですね。で、土地というものはそのものなんだと。空とかを所有できないように、土地を所有できない。だから「住みたい」という人がいれば住めばいいんだっていう考え方なんですよ。

(赤江珠緒)ふーん。うん。

(町山智浩)ところが、白人にはそういう概念がないんですよ。「領土」っていう概念があるんですよ。だから噛み合わないんですよ。なので「ここは白人の領土だ」って言っても入ってきちゃうんですよ。要するに「誰のものでもないじゃん」っていう。その噛み合わない中で戦争になっていくんですよ。で、それを300年続けてるから、もう恨みが溜まっていくんですが……ここですごく重要なのは白人たちは先住民をひとかたまりだと思っているんですよ。だからさっき言った奥さんは家族をコマンチ族に殺されているんです。ところが、コマンチ族っていうのとこの護送する酋長のシャイアン族っていうのは全く関係がないんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうか。うん。

「先住民」と「白人」

(町山智浩)その住んでいたところっていうのも距離的にも北海道よりも離れているんですよ。アメリカっていうのは巨大ですから。日本の何十倍もあるわけですね。だから「先住民」っていうけども、端っこに住んでいる人たちっていうのは遺伝子的にもすごく遠いんですよ。全く別の民族なんです。それなのに白人はそれを全部ひとかたまりとして考えて、インディアン戦争ということで「自分たちは先住民というグループと戦っている」っていう感じになっているんですね。すると、全然関係ない恨みが全然関係ない人たちに向けられるんですよ。

(赤江珠緒)ひどいな。うん。

(町山智浩)これはひどいんですよ。だからそういった……でも、それは先住民たちの方も同じで。「白人が俺たちの土地を奪って、生活を奪って、家族を奪ったんだ」っていう風になっているんですけども。でも、その「白人」っていうのはいったい誰か? 「白人」というものはいないんですね、実際には。それぞれが、ウィルソンさんだったりジョンさんであったりするけども、「白人」っていう名前の人はいないんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)でも、彼らから見たら全部が白人で一緒くたなんですよ。だから、お互いに同じなんです。家族をその人に殺されたわけではないよねっていうことなんです。でも、一人ひとりは認識しないで全部一緒で。「白人は嫌だ」「インディアンは嫌だ」ってなっちゃってるんです。それをこの3人が一緒に旅してる間に乗り越えていくっていう物語なんですよ。この『荒野の誓い』っていう映画は。

(赤江珠緒)乗り越えていく。この敵対状況を?

(町山智浩)だからこのブロッカーっていう人は最初は「こいつは先住民だ。俺の仲間を殺したやつだ」と思ってるんですけど、「この人は『先住民』ではなくて、この人は『イエロー・ホーク』という個人である」っていうことにだんだんと気づいていくんですよ。驚くことじゃないでしょう?

(赤江珠緒)う、うん。そうなんですけども、そういう状況でそういう風に至れるのか?っていうね。

(町山智浩)一緒に2人で面と向かって戦いを切り抜けていったり、生活をしていく中で一人ひとりになっていくんですよ。一人ひとりとして向き合っていくんです。で、その時は相手がアメリカ人だろうと日本人だろうと韓国人だろうと関係ない。そこにいるのは「田中さん」とか、そこにいるのは「李さん」とか。そういうことをわかっていくっていう話なんですよ。

(赤江珠緒)やっぱり相手のことを知れば知るほど、敵意っていうのは薄まっていくんですね。

(山里亮太)うん。ちゃんと知ればね。

(町山智浩)「一人ひとりとして対峙していく」っていうことなんですよ。それを、この3人で旅をしながら、だんだんその真実に近づいていくっていう物語がこの『荒野の誓い』という映画なんですね。だからこれをいま、アメリカで作るということはすごく意味あるし、日本でいまこの映画を見るということにもすごく意味がある映画だと思います。もっと詳しい解説はパンフレットに書きましたんで、ぜひ読んでください。という映画が『荒野の誓い』ですね。今回は『ゴーン・ガール』のお姉さんはあんまりとんでもない事はしませんからね(笑)。

(山里亮太)ああ、『ゴーン・ガール』のイメージで行くと、落ちつている。

(町山智浩)それで行くとね、「お前は『ゴーン・ガール』なんだから悪いことやったれや!」って言いたくなるんですけども。『ゴーン・ガール』ではないですから(笑)。

(赤江珠緒)いや、役ですから(笑)。『荒野の誓い』は今週末、9月6日公開となっております。これまたすごく考えさせられそうな映画ですね。町山さん、ありがとうございました。

『荒野の誓い』予告編

(山里亮太)ありがとうございました。

(町山智浩)どもでした。

<書き起こしおわり>

町山智浩『ジョーカー』『ジョジョ・ラビット』『真実』『パラサイト』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でトロントで開催中のトロント映画祭2019を現地からレポート。『ジョーカー』『ジョジョ・ラビット』『真実』『パラサイト 半地下の家族』『マリッジ・ストーリー』を紹介していました。

(赤江珠緒)この時間は映画評論家・町山智浩さんのアメリカ流れ者。今日は町山さん、カナダで行われているトロント映画祭の会場からということで。向こうの時間は深夜2時。丑三つ時の町山さん?

(町山智浩)はい。よろしくお願いします。いまですね、カナダのトロントというところに来てるんですけど。まあほとんどニューヨークに近いところなんですけども。こっち、深夜2時です。で、トロント映画祭というものの説明をしますとこれがいつもアカデミー賞のなんというか予想が出来る映画祭と言われてます。ここでね、観客賞というものを普通のお客さんたちの投票で選ぶんですよ。審査員じゃなくて。で、それで選ばれた作品がアカデミー作品賞に引っかかってくるというのが毎年、ずっと続いているんですよ。

(赤江珠緒)おおーっ!

(町山智浩)で、去年は『グリーンブック』という映画がありましたね。1960年代の非常にアメリカで黒人差別がひどかった時に、黒人のジャズのピアニストが南部のいちばん差別のひどいところにツアーに行った時の実話の話でしたけど。あれ、結構コメディで笑えたんですけど。あれはね、トロント映画祭で上映されまで誰も注目してなかった映画なんですよ。

(赤江珠緒)そうなんですか!

(町山智浩)はい。トロント映画祭でかけたら、なんかすごい映画だったっていうことが口コミで広がって。そこから……トロント映画祭って10日間ぐらいあるんですけど、途中からお客さんがどんどん集まっていって。「これはすごい!」っていうことでアメリカで公開をする時に拡大公開になったんですよ。だからこのトロント映画祭で観客、普通のお客さんたちにウケるとアメリカで拡大公開されて。ウケないと劇場数が少なくなるんです。

(赤江珠緒)うわー、すごい意味合いの映画祭ですね。そうなると。

(町山智浩)ものすごいです。カンヌ映画祭なんかはビジネスというよりも、あれは審査員が選ぶんですね。だから玄人好みなんですよ。アート系の映画とかが賞を取ったりするんですね。でも、トロント映画祭は本当に普通の観客の人たちにどの映画がウケたか?っていうことがよくわかるんですよ。

(赤江珠緒)じゃあ、もうヒットするかどうかみたいなのがシンプルにわかるっていうか?

(町山智浩)そうなんです。だからこれまで、ここで注目された映画って『シェイプ・オブ・ウォーター』。アカデミー作品賞を取りましたよね? ギレルモ・デル・トロの半魚人の恋の映画でしたけど。あれとか、『ラ・ラ・ランド』とか。こういった映画がここで試されていく感じなんですよ。で、みんな注目して。ビジネスの人も、映画評論家もみんな来て。僕も毎年来ているんですけども。

(赤江珠緒)どのぐらいの数の作品が上映されるんですか?

(町山智浩)数は……いま、いきなり言われてもパッとでないですけども。10日間で毎回ごとに10本ぐらいの映画を1日に5本ぐらいやるんですよ。すごいんですよ。僕は明日の朝も8時から見なきゃならないんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうですか。手元に来た資料によると400作品ぐらいが上映されるという。はー!

(町山智浩)すごいですね。もちろん全部は見れないです。明日はね、朝から『フォードvsフェラーリ』というね、昔フォード自動車とフェラーリがレースで争っていた頃の映画を見に行きます。ものすごい大好きなんで見に行くんですが。

『ジョーカー』

(町山智浩)それで、さっき見てきたのが『ジョーカー』っていう映画なんですね。あのバットマンの宿敵ジョーカーがいるじゃないですか。あれがどうやって普通の人がジョーカーになってしまったか?っていうのを描いている映画で。日本では10月4日公開ですけども。これがまあ、アメコミ映画じゃないですか。でもベルリン映画祭で金獅子賞っていう、グランプリを取ったんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)だから、まあすごい映画でしたよ。1人の……ホアキン・フェニックス扮するコメディアンになりたい人。駆け出しコメディアンがいて、仕事がないからピエロの格好して子供の病院とかを回ったりしてるコメディアン志願の人が、だんだんジョーカーになっていくっていう話なんですよ。ジョーカーというのはすごく特殊な悪役で。破壊活動とか大量虐殺とかするんですけど、目的がないんですよ。バットマンの敵なんですけども。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、何のためにそれやってるのか、全く本人には理由がなくて。理由を聞くと「世の中や人生、現実なんてものはただのジョークだからね」としか言わないという、もうすごく一種哲学的な敵なんですよ。金儲けじゃないんですよ。

(赤江珠緒)でもそれだけにタチが悪いな。

(町山智浩)だからお金、札束を焼いたりするんですよ。だからなんでこんな風になってしまったのか?っていう話で。まあ、その売れない芸人さんがとにかく悲惨で悲惨で悲惨なんですよ。それでどん底まで追い詰められていって、ジョーカーになって、自分を解放して、大量虐殺に向かうんですけどね。

(山里亮太)はー! そうやってあのジョーカーは生まれたんだ!

(町山智浩)まあ、すごい話でしたよ。これね、監督はトッド・フィリップスという人で。この人は『ハングオーバー』シリーズというコメディをずっと撮っていた人なんです。だから、お笑いは徹底的にわかっているんです。お笑いというものは、ひっくり返すと恐ろしいものなんだということを描いている映画なんですよ。

(山里亮太)だいたいジョーカーを演じる人って、なんかいろいろ大変になったりするっていう……。

(町山智浩)そうなんです。バットマンシリーズの『ダークナイト』でジョーカーを演じたヒース・レジャーという俳優さんはジョーカーになりきるあまり、精神がおかしくなっていって。まあ、それで亡くなったんですよね。どんどんと追い詰められていくみたいなんですよ。で、今回のホアキンフェニックスは大丈夫だと思います。

(赤江珠緒)あ、そうですか?

(町山智浩)毎回毎回、こういう役ばっかりなんです、この人は(笑)。どの映画もジョーカーしてる役ばっかりなんですよ。慣れているから(笑)。でも、今回はまあすごいですよ。アカデミーに行くと思いますよ、この映画。

(山里亮太)おお、これが?

(町山智浩)作品賞も……主演男優賞はもちろんですけどね。監督賞も行くかもしれない。ノミネートされて、アカデミー賞の歴史を変えるかもしれない映画が『ジョーカー』でした。すごかったです。

『ジョジョ・ラビット』

(町山智浩)でね、あとは昨日、『ジョジョ・ラビット』っていう映画も見たんですよ。これはね、第二次大戦末期のドイツが舞台で。主人公は10歳の男の子なんですけど。ヒトラーの子供のボーイスカウトみたいなもの、ヒトラーユーゲントに入っているんですね。で、彼は心優しい弱虫の男の子なんで、まあみんなにいじめられたりしてるんですけど。そうすると、そのイマジナリー・フレンドっていうのがいるんですよ。これは、気が弱い子とか友達のいない子とかが想像の中で友達を作って、話しかけたりすることがあるんですね。

(赤江珠緒)うんうん。妄想の中のお友達。はい。

(町山智浩)そうそう。それがいて、このジョジョくんには妄想の中の友達がいるんですけど、それがヒトラーなんですよ。

(赤江珠緒)えっ? ヒトラーなの?

(町山智浩)ヒトラーなの。で、みんなにいじめられたりすると、ヒトラーが出てきて。「ジョジョ、気にすんなよ!」って慰めたりするんですよ。とんでもない映画でしたよ。

(赤江珠緒)ちょっと不思議な映画ですね。それ……ええっ?

(町山智浩)これでね、ヒトラーを演じてるのはタイカ・ワイティティっていう人なんですよ。この人はマオリ族の人です。ニュージーランドの先住民の人です。それで、ユダヤ人でもあるんですよ。

(赤江珠緒)ええっ? それで、ヒトラーを自身が演じるんですか?

(町山智浩)ヒトラーを演じる。ヒトラーはすごく有色人種をバカにしてて。それでユダヤ人を虐殺したんですけども。その両方であるタイカ・ワイティティさんがヒトラーを演じるっていうことで。彼、タイカ・ワイティティさんは「これはヒトラーに対する最大の侮辱だぜ、イエーイ!」って言ってるんですね。

(赤江珠緒)ああーっ!

(町山智浩)で、これはコメディです。

(赤江珠緒)ええっ、コメディ?

(町山智浩)タイカ・ワイティティさんはね、この間『アベンジャーズ』シリーズのマイティ・ソーが主人公の『マイティ・ソー/バトルロイヤル』っていう映画を監督したんですけど。シナリオは普通にあるんですけど、撮影の時に俳優たちに全部アドリブでギャグをやらせて。何回もテイクを撮って冗談をやらせて、それをつないでギャグ映画にしちゃった人なんですよ。とんでもない……この人自身がだからコメディアンなんですね。そういう人で、この人はこの間まで大友克洋さんの『AKIRA』を映画化するっていう企画の監督をやるはずだったんですよ。

(山里亮太)ああ、そうなんですね?

(町山智浩)やらないでよかったです。だってこの人、現場で全部アドリブでジョークをやらせて、それをつなぐから『AKIRA』がコメディになっちゃうんですよ。

(赤江珠緒)でも、ポスターを見るとすごいヒトラーっぽい感じになってる。この監督が。

(町山智浩)ねえ。とんでもないですよ。完全に茶化しているんですけども。もうヒトラーが大嫌いだからね。それが『ジョジョ・ラビット』というとんでもない映画でしたけど。あと、是枝裕和監督のフランス映画『真実』。日本では10月10日公開のこれも面白かったですよ。

(赤江珠緒)ああ、あの『万引き家族』の是枝監督が。

是枝裕和監督『真実』

(町山智浩)そうです。カトリーヌ・ドヌーヴが主演なんですね。ご存知ですか?

(赤江珠緒)もちろん。フランスの大女優ですよね。

(町山智浩)フランスの最大の女優なんですけども。彼女、まあもうお歳なんですが70ぐらいかな? で、彼女が大女優の役なんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そのまんま?

(町山智浩)で、回顧録を出版するんですけど、それを読んだニューヨークに住んでいる娘が飛んでくるんですね。ジュリエット・ビノシュがやっているんですけど。それで「お母さん、あんたが書いた回顧録、嘘ばっかりじゃないの!」って怒ってくるんですよ。もう自分のこととかも嘘ばかり書いてあると。で、このカトリーヌ・ドヌーヴ扮する女優が、あまりにも女優しすぎているので、どこまでが芝居でどこまで嘘かとか、全然わからないんですよ。なにかしゃべる時もいつも芝居がかっていて。で、過去も全部面白くドラマチックにしちゃうんで。何が本当かわからないから『真実』っていうタイトルの映画なんですね。

(赤江珠緒)周りはこれ、翻弄されますね。

(町山智浩)そう。それですごくこの女優さんが意地悪なの。若い監督の映画に出るんだけど、その監督をもう完全に名前も覚えちゃいないし。で、「あんた、わかってないわね!」みたいなことばかり言っている、意地悪なんですね。でね、見ているとね、樹木希林さんに見えてくるんですよ。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)是枝監督の映画ってずっと樹木希林さん、何度も出ているんですよね。でね、ほとんどアドリブをカマしてくるらしんですよ。撮影中に。で、カトリーヌ・ドヌーヴはどこまでかは分からないんですけど、樹木希林さんもカトリーヌ・ドヌーヴも、これは是枝監督に直接聞いたんですけども。とにかく監督とか脚本とかにやたらとダメ出しをするらしいんですね。「わかってないわね。あんた、人ってものがわかっていない。恋っていうものがわかっていないわね」って潰しにかかってるんですよ。だからすごく似ていて。顔は全く似ていないんですけども、カトリーヌ・ドヌーヴが樹木希林さんに見えてくるという恐ろしい映画が『真実』でしたね。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、是枝監督の映画ってコメディが基本的に多いですけども。これも見ているみんながクスクスクスクス笑っていて、すごい面白い映画でした。フランス映画っていう感じじゃなくて、いつもの是枝監督の映画です。

(赤江珠緒)ああ、そうですか。

ポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』

(町山智浩)で、楽しかったんですけど。あともう1本、すごかったのがこれはカンヌ映画祭ですでにグランプリを取ってるんですけども。韓国映画で『パラサイト 半地下の家族』っていう映画があって。これがね、また是枝監督の『万引き家族』にすごくよく似ているんですよ。

(町山智浩)で、ソン・ガンホっていう『タクシー運転手』でタクシー運転手の役をやっていた彼がいますよね? 彼がこれがダメ一家の父親なんですよ。で、これ監督はね、ポン・ジュノ監督という人で、ソン・ガンホさんを使ってダメ一家のお父さんであるソン・ガンホが娘を守るために大怪獣と戦うって映画も撮っている人なんですけど(笑)。

(赤江珠緒)ああ、『グエムル-漢江の怪物-』ですね。見ました、見ました。

(町山智浩)そう。あれとほとんど同じでダメオヤジとダメ一家なんですね。で、あれは怪獣と戦ったんですけど、今回の『パラサイト』は金持ち一家と戦うんですよ。

(赤江珠緒)ほう、うん!

(町山智浩)『アス』っていう映画がいま、公開中ですけど。あれは金持ちの一家にそのそっくりの姿の貧乏な一家が侵略をしてくるっていう話なんですね。金持ち一家のところに着て、貧乏一家がその家を暴力で乗っ取ろうとする話なんですけど。この『パラサイト』は貧乏一家が金持ち一家の家になんとなく入ってくんですよ(笑)。いろんなことで……だから家庭教師として入っていったり、運転手さんとして入っていったり、お手伝いさんとして入っていくんですよ。

(赤江珠緒)うんうん1

(町山智浩)で、少しずつ金持ちの家を乗っ取っていくんですね。これね、面白いなと思ったのは是枝監督の『万引き家族』もそうだし、『アス』もそうだし。あれはアメリカ映画ですけども。で、この『パラサイト』は韓国映画なんですけど、どれもテーマは同じなんですよ。格差社会における家族と家族の戦いなんですよ。これは面白いなと思ってね。まあ、世界中で深刻な問題になってるんだなと思いましたね。貧困から脱出できなくなっている家族がいっぱい増えるということだと思います。ただね、コメディですからね。

(赤江珠緒)この『パラサイト』は。

(町山智浩)『パラサイト』はコメディなので、もう客はヒーヒー言って笑ってましたよ。途中からね、とんでもない展開になっていくんですけども。見てると本当にお腹が痛くなるっていう。笑って痛くなるんじゃなくて、見てると「どうするんだ、これ?」みたいな痛さってあるじゃないですか? ハラハラして。そうやってね、悶絶しながらみんな見ていてね、おかしかったですけども。

(赤江珠緒)へー! 徐々に自分の領域を広げていくみたいな。

(町山智浩)そうそう。だからね、そのダメ家族に見ているうちに感情移入していくから。なんかね、まあ最後の方はとんでもない話になります。もう地獄絵図になっていきますけども。

(山里亮太)地獄絵図に?(笑)。バッドエンドに向かって(笑)。

(町山智浩)まあ、あんまり言いませんが。これすごいです。これが『パラサイト』ね。で、あとすごくよかったコメディ映画でね、『マリッジ・ストーリー』という映画を見たんですよ。

(赤江珠緒)はい。

『マリッジ・ストーリー』

(町山智浩)これ、ネットフリックスの製作なんでちゃんと劇場公開はなかなかできないと思います。日本はその劇場さんがそのネットフリックスの映画を劇場でかけたがらないのでね。商売敵だから。でね、ただこの『マリッジ・ストーリー』はすごくよくて。まず主演がスカーレット・ヨハンソンなんですよ。『アベンジャーズ』シリーズでブラック・ウィドウをやってる人ですね。

で、この人はちゃんとした映画にあんまり出ない人で昔、日本で撮影した映画で『ロスト・イン・トランスレーション』という作品で注目された人なんですけど。あれ以降は結構ブロックバスターばっかりに出てた人なんですよ。で、今回はお母さんの役です。スカーレット・ヨハンソンが普通のお母さんというのをすごくちゃんと演じてる映画なんですよ、今回。でね、その旦那が最近の『スター・ウォーズ』シリーズでハン・ソロのダメ息子のカイロ・レン役をやっていたアダム・ドライバーなんですよ。

(赤江珠緒)ほう。はいはいはい。

(町山智浩)あのあのブチ切れて八つ当たりしたりしているどうしようもない敵役でしたけども。それが夫婦なんですよ。で、アダム・ドライバーはニューヨークの演出家で、ハリウッド女優がスカーレット・ヨハンソンで夫婦なんですけども。これ、実際の監督の夫婦の実話を元にしてます。これ、監督はノア・バームバックという人で、この人はジェニファー・ジェイソン・リーっていうハリウッド女優と結婚してたんですね。それで離婚して、1人息子の親権争いした時の話をそのまま映画にしてるんですよ。

(赤江珠緒)ふーん! すごいリアルな話。

(町山智浩)それが『マリッジ・ストーリー』なんですけども、これが コメディなんですがやっぱりものすごくおかしいんですけど切ない映画で。親権争いをするためには、裁判でその自分がいい親であることを争うことになるんですよ。どっちがいい親か? で子供のその所有権が決まっちゃうわけですよ。で、「いい親アピール」をするんだけど、このお父さんが何をやってもうまくいかないんですよ(笑)。

(赤江珠緒)フフフ、そうなんですね。へー! いま、ちょっと画像を見てますけど、また子供がかわいいな!

(町山智浩)子供がかわいいんですよ。で、お母さんの方が何をやらせてもうまいんですよ。で、これは昔、『クレイマー、クレイマー』っていう映画がありましたね。ダスティン・ホフマンとメリル・ストリープがやっぱり1人息子の親権争いをする映画で。やっぱりいい親アピールをして裁判で戦うんですけど。お父さんの方は何をやってもダメなんですよ。だからもう、あれの現代版なんですけど、まあ本当にダメオヤジでね。もう他人事じゃないですけども。

(赤江珠緒)フハハハハハッ! そうですか。

(町山智浩)ただ、これ財産はどんな条件があっても、これはカリフォルニアなんですけども。他の裁判に持ってくのね。彼女、ハリウッド女優だから。だからどんなことがあっても、財産は二分割なんですよ。夫婦は。それでは争えないんですよ。どっちにミスがあっても、二分割なんです。

(赤江珠緒)ああ、そうなんですね。へー!

(町山智浩)だからこれで寝、すごいのはこの監督の方がですね、マッカーサー基金という奨学金のようなものをもらうんですよ。それは、アメリカの芸術家とか支えてるすごい莫大なお金をもらえるものなんですけども。実際にそれをもらったらしいんですが、それまで分割されちゃうんですよ。一種の奨学金だよ?

(赤江珠緒)そういう金銭的なところはもう決まってるんだ。

(町山智浩)ねえ。ひどい話だなと思って。で、まあとにかくこれも笑ってしまう作品なんですけども。最初の方で結婚セラピーに行って、お互いに「なんで結婚したの?」っていうことをセラピストに聞かれるんですね。で、「お互いの好きなところを全部リストにあげてください。自分が離婚するっていうことで、それを見つめ直すことができるでしょう」っていうことで、そのお互いの好きなところを全部リストであげるんですよ。夫婦で。スカーレット・ヨハンソンとカイロ・レンがね。すると、いますごく離婚で争っているんだけども、でも好きだった頃はこんなに好きだったんだっていうことがどんどんどんどんと出てくるんですよ。

(赤江珠緒)うんうんうん。

(町山智浩)で、それが全部、好きだった時の映像で出てくるんですよ。たとえば、「あなたは映画館に行くとちょっとしたことで感動して泣いてたわね。そういうところ、好きよ」とかね。「君はよく道端でお金ほしがってる貧しい人がいたり、寄付を求めたりする人がいると、お金を全部あげてたね。そういう優しいところ、好きだな」とか。そういう相手の好きなところをずーっと並べていくんですよ。それが何度も蘇ってきて、切ないんですよ。なんでお互いのことを嫌いになっちゃったんだろう? こんなに好きだったのに……っていう。まあ、この『マリッジ・ストーリー』は本当にね、ゲラゲラ笑うんですけども本当に切なくてね。素晴らしい映画でしたね。

(赤江珠緒)すごいですね。起きていることは悲劇だけど、喜劇にもなってるっていう。

(町山智浩)うん、だからみんなそうなんです。さっきから紹介している映画は全部喜劇で。全部コメディで全部悲劇でもあるという。同じものなんですね。

(赤江珠緒)ねえ。テーマは全くいろいろですけどね。

(町山智浩)はい。ということでね、まだ映画祭は途中なんで。明日も朝早起きして行ってきます。

(赤江珠緒)わかりました。すみませんね、夜遅くに。ありがとうございます。

(町山智浩)もう寝ます。2時半なんで。

(赤江珠緒)『ジョーカー』は日本では10月4日公開ですね。是枝監督の『真実』も10月11日に日本公開。ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』は2020年1月予定ですね。日本公開は。で、『ジョジョ・ラビット』も1月予定となっております。で、『マリッジ・ストーリー』に関してはまだわからないということで。今日はトロント映画祭の会場から町山さんに最新リポートしていただきました。町山さん、ありがとうございました。

(山里亮太)ありがとうございました!

(町山智浩)どうもでした!

<書き起こしおわり>

町山智浩と山里亮太『惡の華』『宮本から君へ』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』に出演。赤江珠緒さん、山里亮太さんと映画『惡の華』と蒼井優さんが出演している映画『宮本から君へ』について話していました。

(町山智浩)今回紹介する映画は9月27日に日本で同時に公開される日本映画なんですね。これ、すごくよく似た映画で、二つともなぜか講談社の漫画が原作になってます。1本はですね、『惡の華』という映画で、これは別冊少年マガジンで連載されてたんですけども。もう一つは『宮本から君へ』という、コミックモーニングに連載されていた漫画が原作なんですが。たまたまですけど、この『惡の華』の原作者の押見修造さんと『宮本から君へ』の原作者の新井英樹さんがたまたま友達で。それが同時公開なんでどうしよう?って思ったんですけども。どっちかが良くないとかってなると、僕も立場的に困るわけですよ。でも、どっちも素晴らしかった!

(赤江珠緒)ああーっ!

(町山智浩)ものすごい素晴らしい映画でした。両方とも。どっちも素晴らしい。これ、だからどっちも見てほしいんです。全てのみなさんに。で、どういう話か?っていう話をします。『惡の華』の方からしますけど、『惡の華』は主人は中学2年生の春日くんという男の子で。演じるのはなんと伊藤健太郎くん。ご存知ですよね?

(山里亮太)私、『テラスハウス』という番組で昔、一緒にモニタリングをしていた仲ですね。

(町山智浩)で、彼が自分の片想いをしている中学のクラスメイトの女の子の使用済みの体操着を盗むところから映画はが始まります(笑)。

(赤江珠緒)うわーっ! ちょっと中学生の学校の事件としてはなかなかヘビーなことが起きちゃってますね。

(町山智浩)で、伊藤くんはその使用済みブルマの匂いを嗅いだりしてますよ。

(山里亮太)結構体当たりですごい演技しているんですよね。

(町山智浩)すごい演技、していますよ。で、その現場を別のクラスメイトに見られてしまうんですよ。

(赤江珠緒)地獄!

(町山智浩)地獄なんですよ。ねえ。(山ちゃんに)「見られなくてよかった」って思っているでしょう? 違うか?(笑)。

(山里亮太)いや、違う! 町山さん(笑)。

(町山智浩)「俺は見られなかったけど?」って(笑)。

(山里亮太)でも玉城ティナさんになら見つかってもよかったかな?って(笑)。

(町山智浩)そうなんですよ。それを目撃する別の女子中学生が玉城ティナちゃん扮する仲村さんなんですよ。で、この彼女がそれを見てどうするか?っていうと、現場を押さえたから、そこからずっと恐喝し続けるんですよ。伊藤健太郎くん扮する春日という少年を。で、どういう恐喝かっていうと、変態行為を強要し続けるんです。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)原作は……?

(山里亮太)読みました。すっごい漫画ですよ。これ、実写化してどうするんだ?って思っていたぐらい。

実写化はできないと思っていた

(町山智浩)僕もこれ、実写化できないんじゃないかと思っていたんですよ。中学生が、まあセックスにかかわる話で。しかも中学2年生が出てくるわけですから当然これ、問題だろうと思って。で、玉城ティナさん自身はまあ成人されているんですけど、この中で別の佐伯さんっていうクラスメイトで主人公が憧れている女の子を演じる女優さん(秋田汐梨)は本当にあの、そういう年齢なんですよ。

で、とんでもないことをするんで、すごいことになっていくんですけれども。で、これをよく映画化したなと思ってね。それでこれ、8年ぐらいずっと映画化するためにいろんな会社を回ったりしていたんですよ。で、僕はその間ずっと事情を聞いていて。それで監督が井口昇さんという監督で。僕、この漫画の原作が出た時に、既に帯に推薦文を書いているんですよ。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)で、その頃から井口監督がいいなと思ってて。変態だから。フフフ(笑)。井口監督って変態ですから。で、これも嫌なのが俺の推薦文がついたコミックスがこの表紙なんですよ。主人公の春日くんが「変態なんかじゃ…ない」って言っているところにでっかく「町山智浩推薦」って書かれていて(笑)。

(赤江珠緒)フハハハハハハッ!

(町山智浩)それが家に送られてきて、娘が見て「お父さん、なにやってんの?」って(笑)。これだと町山智浩が「僕は変態なんかじゃ…ない」って訴えているようにしか見えないっていう(笑)。

(赤江珠緒)そうですよね。ここに帯がつくとね(笑)。

(町山智浩)「お前、変態じゃねえか! なに言ってんだ!」っていうね。そういう非常にいろいろと恥の多いことがあったんですけども。で、それを聞くとなんか笑っちゃう話かと思うじゃないですか。でも、そうじゃないんですね。この『惡の華』っていうのはそういう変態が入り口なんですけども。そこから入って「愛とは何か」とか「普通というのは一体何か」とか。そういったことに関してどんどんと踏み込んでいくんですよ。

で、中学2年生の思春期が抱える自我の問題であるとか、孤独の問題であるとか。あとはこれ、舞台が群馬県の桐生市なんですけども。そういう閉鎖的だったり保守的だったりするところに対して、なかなかうまくそこに合わせられない子はどうやって生きたらいいのかとか。そしてそういう子を愛してしまった場合に、一体どこまで自分を捧げることができるのか。

(赤江珠緒)はー! どんどん深いテーマになってくる?

(町山智浩)だから(高村光太郎の)『智恵子抄』なんていう話がありますけども。その愛している人が病んでしまった場合に、どこまで自己を犠牲にできるのか? そういう問題にも踏み込んでいくんですよ。

(赤江珠緒)わあ! 非常に普遍的な話なんですね。

(町山智浩)で、この玉城ティナちゃんが演じるこの仲村さんっていう人が、全くその世の中の常識とか日常とかそういったものを嫌悪してる女の子なんですよね。で、「お前らはみんな嘘つきだ。お前らの考えていることっていうのはセックスばっかりだろ! 私はもう本当にそういうのが嫌なんだ! あんたたちはみんなきれいな顔してるけど、心の中はドロドロじゃねえか!」っていうことを口に出して言うような人なんですよ。で、完全に浮いてしまって田舎で居場所がないんですね。それを玉城さんが演じているんですけど、これが全く『バットマン』におけるジョーカー的なキャラクターなんですよ。

(赤江珠緒)はー! 先週ご紹介いただいたあの『ジョーカー』?

町山智浩『ジョーカー』『ジョジョ・ラビット』『真実』『パラサイト』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でトロントで開催中のトロント映画祭2019を現地からレポート。『ジョーカー』『ジョジョ・ラビット』『真実』『パラサイト 半地下の家族』『マリッジ・ストーリー』を紹介していました。

(町山智浩)はい。だから完全なテロリストで世間の価値観全てに対してテロを仕掛けていくのが女子中学生です。玉城ティナちゃん。でも、それを愛してしまったらどうすればいいのか?っていうすごい問題に踏み込んでいくんですよね。だから最初はブルマの匂いを嗅いでいるから「なんだこりゃ?」って思うんですけども。でも、すっごい感動的な映画でしたよ。

(山里亮太)演じるのとかも大変そうな役ですよね。出てくる人、全員。

仲村さん(玉城ティナ)=ジョーカー

(町山智浩)そうそう。それでね、玉城さんってモデルとして知られていますけども。完全にこの少女ジョーカーに入り込んでいますよ。もう口の周りを赤く塗ってもおかしくない。

(赤江珠緒)中学生としては浮きますけども(笑)。

(町山智浩)すごかったですよ。ケラケラとジョーカー笑いをするようなところがあるんですけど、それが上っ面じゃないんですよ。本当に心の底から笑ってるんですよ。で、世の中に対する憎しみと呪いをぶちまけるところも本当に心の底からぶちまけてるんですよ。言わされてる感ゼロ。すごいですよ。で、本人とお会いしてちょっと話をしたら、まあちょっと変な人でしたよ(笑)。

(赤江珠緒)アハハハハハッ! ああ、そうですか?

(町山智浩)その素養がある人でした(笑)。

(赤江珠緒)ええーっ? でもそれをどう受け止めていいのか、ねえ。結末がわからないな。

(町山智浩)まあ、誰にでもあることですね。中学生ぐらいの時に世の中の全てが嘘っぱちに見えて憎むということは。だからその問題にすごく踏み込んでいて。しかも、全然不自然じゃない、リアルな映画となっているのが『惡の華』なんですよね。

(山里亮太)押見修造さんの漫画って基本的にそうですもんね。

(町山智浩)あれね、全部実話なんですよ。これ、本当にあったことで。押見さんは自分にあったことばっかりを書いているんですよ。ブルマの匂いを嗅いだかどうかはわかりません。嗅ぎたかったんだとは思います。

(山里亮太)葛藤とかいろいろを全部漫画に?

(町山智浩)そうそう。それで仲村さんみたいな人がいて。それでいま、彼が連載している別の漫画で『血の轍』っていう漫画があるんですけど、これも強烈な話で。その、仲村さんみたいな人と別れさせたのは自分のお母さんだったんですね。で、そのお母さんが一種その近親相姦的に主人公を追い詰めていくんですけど、それは本当にあった話らしいんですよ。

(山里亮太)そうだったんだ!

(町山智浩)だから本当に、そんな身を切るような漫画を描いているのが押見修造さんなんですけども。

(山里亮太)それを見事にこの映画に?

(町山智浩)映画にしているんですよ。それは、その井口監督がこの漫画をどうしても映画化したいということで押見さんに言った時に……もっと有名な監督とかが「やりたい」って言ってきていたんですけども、押見修造さんが井口さんにやらせたいからって全部断っていたんですよ。

(山里亮太)へー!

(赤江珠緒)それはなぜ、「井口さんに」って思われたんですか?

井口監督以外のオファーを全て断る

(町山智浩)井口さんも実はいままで実は変態映画を撮りながら、変態的なところから入って行って「愛するとは一体何か?」ということにテーマが移ってくという非常に不思議な映画を撮ってきた人なんですよ。『恋する幼虫』とかそういった映画で。最初は非常にわがままな男が変態的な、肉体的な欲望から女性に近づいていくんだけども、そのうちに「その女性をどこまで引き受けることができるのか?」という試練に立ち向かう話になって行くんですよ。だからそのへんで押見さんは井口監督の映画をずっと見てきたから「この話は井口監督しかいない」っていうことで全てのオファーを断って、井口監督して。8年目にしてやっと成功したんですよ。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)で、僕はその経過をずっといろいろと聞いていたんで。だから本当にまあ、素晴らしいものになりましたね。という映画が『惡の華』で。これ1本だけだったら俺は済んだのに、ところが僕が仲良くしているその新井英樹さんという人が描いた『宮本から君へ』というのはこれ、8年どころじゃなくて1992年に漫画の連載があって。そこからもう何年たっているんだ?っていう。もう20年以上、30年近いわけですよね。

(山里亮太)最近、ドラマ化されていてね。「ああ、いまこのタイミングで?」って。

(町山智浩)そう。これもだから内容的に非常に問題があるので、なかなか映画化できなかったんですけども。まあ、その問題点の部分は言えないんですけども。これ、いまドラマでやっている部分の完結編として公開されるんですよ。『宮本から君へ』は。で、監督は真利子哲也監督。ドラマの方も彼が自分で脚本を書いてやっいてるんですけども。

彼はすごい新井英樹さんの大ファンでなんですよ。で、この映画は主人公は池松壮亮くんが演じる文具メーカーの営業マンの1年生、新入社員なんですね。で、ものすごいまっすぐな性格でね、営業マンのくせにお世辞が言えない。で、営業スマイルがなかなかできない。そういう無骨な男で、ラガーマンなんですよね。で、これは新井英樹さん自身がラガーマンだからなんですよ。で、最初に失恋しますね。テレビ版の方で失恋するんですけど、今回は新しい彼女ができて、その彼女と結婚を考えるという話なんですが、その彼女を演じるのがあの……奥様ですね(笑)。

(山里亮太)私の奥様、蒼井優さんでございます。

(赤江珠緒)そうか、はい!

宮本の恋人・靖子役は蒼井優

(町山智浩)靖子という年上の女性とその宮本くんが出会って、愛し合って。それがすごいんですよ。その新井英樹さんという漫画家の人は、セックスを本当にリアルに描く漫画家さんなんですよ。ものすごい描き方がリアルなんですよ。あの、エロ漫画よりもリアルなんです。エロ漫画って結局は嘘だから。まあ、そんなことないよってことをやるんですけど、そうじゃなくて覗き見のような感じで描く人なんですけども。それをやってらっしゃるんですよ、奥様が!

(山里亮太)私も原作を読んでいましてね。それでその、靖子の役が蒼井さんなんだっていうことで。「ほっ!」って思いましたよ。「おおっ? ほっ!」って。

(町山智浩)「これをやるの?」みたいな。

(赤江珠緒)フフフ、1回は「ほっ!」って思いました? やっぱりね、それは女優さんだからって思っている中でも……(笑)。

(山里亮太)「ほっ!」って1回、思いましたけども。でも、いやー、壮絶な撮影現場だったらしいですね。

(町山智浩)すごいですよ。壮絶ですよ、これ。で、セックスもすごいんですけども、とにかく魂のぶつけ合いなんですよ。この宮本と靖子の関係性が。もう体だけじゃなくて、口も全部言いたい放題に言いまくる。それで感情をものすごい全部むき出しでぶつけ合う恋人同士なんで、ものすごい消耗するだろうなって思いますよ。

(赤江珠緒)いや、もう疲れますよ、それは。

(山里亮太)これ、聞いたんですけども、撮影で1カット撮るたびに2人ともヘトヘトになるって。「こんなに体力を使った撮影はいままでなかったんじゃないかっていうぐらい疲れた」っていう風にいっていましたよ。

(町山智浩)すごいですよね。でも、役に入っている時って家に帰ってきたり、お二人で会ったりする時ってそれを引きずらないんですか?

(山里亮太)僕、『宮本から君へ』を撮っている時にはまだお付き合いとかしていないんですよ。その前のことだったから。でも、お付き合いしている時に撮影があったら、怒鳴られていたかもなって思って。

(町山智浩)ああ、そうですよね。テンションがものすごい高い状態で家に帰ってこられて。「オラァッ、山里!」みたいな。「お前、本当に俺のこと愛してんのかよっ!」みたいな。「自分のことしか考えてねえんじゃねのかよ!」とか言われそうで(笑)。

(山里亮太)でも俺、池松壮亮さんみたいにぶつかるんじゃなくて、泣くと思う……(笑)。

(赤江・町山)フハハハハハハハッ!

(山里亮太)メソメソと……「お、大きな声、出さないでよ……」って(笑)。

(町山智浩)これ、宮本くんの方はそうやられると返すわけですから。「愛してるんだよ、バカヤローッ!」みたいな感じで。すごいんですよ。

(赤江珠緒)ラリーを打ち合うんですね?

(山里亮太)予告編だけでもその片鱗がちょっとあるから。ものすごい。

(町山智浩)すごいですよ。もう。

(山里亮太)いやー、だからこれは原作がすごいから。

(町山智浩)原作がすごいんですよ。もう本当にね、新井さんがそういう熱い男なんですよ。もう曲がったものが大嫌いなんですよ。はい。

(山里亮太)ものすごい熱量ですもんね。漫画も。読んでいて熱いもん。

(町山智浩)もう世の中に対する怒りとか……やっぱり嘘が嫌いなんですよ。だからあまりにもそういうような人だから、漫画の中で何回も地球を滅ぼしたりしている人ですよ(笑)。日本政府も何回も滅ぼしてますよ(笑)。

(赤江珠緒)アハハハハハハハッ!

(町山智浩)もうマシンガン持って殴り込みをかけて、皆殺しにするような漫画を描いている人なんですよ。新井先生っていうのは。そのぐらい熱い人なんですけども。しかも、その宮本という役名はエレファントカシマシの宮本浩次さんなんですよ。だからあの歌の世界ですよ。『奴隷天国』みたいなね。「お前ら、みんな奴隷だよ!」みたいな。

(山里亮太)ドラマも映画も主題歌はエレカシですもんね。

(町山智浩)そうなんですよ。だからものすごい消耗をする映画なんですけども。漫画の方も。ただ、とにかく蒼井さんの演技がすごいんですよ。まあ、ものすごい。全然見ていないですか? 「見て」とは言われないですか?

(山里亮太)「見て」とは言われないです。

(赤江珠緒)「むしろ見ないでいい」みたいな感じじゃない?

(山里亮太)「覚悟はできているか?」ぐらいの……(笑)。

(町山智浩)「私の仕事を見る覚悟ができてる?」みたいな(笑)。

(山里亮太)それぐらいの作品だというのはうっすら聞いております。

(町山智浩)これは強烈ですよ。はい。まあ、本当に……映画ってレーティングがあるんで。見せてはいけないものっていのがあるんですけど、その限界まで見せていますね。

(山里亮太)へー!

レーティングの限界まで見せる

(町山智浩)まあ、すごいですよ。おしりとか全部見えちゃったんで。だから非常に、友達の奥さんのおしりを見ちゃったみたいな……(笑)。

(山里亮太)アハハハハハハッ!

(赤江珠緒)いやいや、お仕事、お仕事(笑)。

(山里亮太)これ、また周りを固めるキャストの方々も……。

(町山智浩)そう! すごいの、役者が。瀧!

(赤江珠緒)フハハハハハハハッ! 出た! ここにも関係者が(笑)。

(町山智浩)もう、いつもの瀧ですよ。ピエール瀧がラガーマンの取引先の上司。「オラ、なにやってんだ、オラァ?」っていう。

(赤江珠緒)で、たまむすびにも来てくださった佐藤二朗さんが瀧さんと同級生みたいな役をやるって言っていたのもこれですね。

(町山智浩)そう。佐藤さんもすごいいい役なんですよ。でね、またほっしゃんがいいんですよ。ほっしゃんって言っちゃいけないのかな、いま?(笑)。

(山里亮太)星田英利さん。

(町山智浩)それがまた素晴らしいんですよ。

(赤江珠緒)宮本くんの上司役で。

(町山智浩)酸いも甘いも知り尽くした上司の役でね。関西弁がまたいいんですよ。原作通り、本当に原作がそのまま動いてるみたいな感じで。あとね、井浦新さん。井浦さんがまたね、チャラチャラした蒼井さんの前の彼氏役として出てくるんですけど。またそのチャラチャラがいかにも、こいつモテる!っていう感じなんですよ。「こいつ、本当にいい加減だけども、これはめっちゃモテるわ!」っていう。

(赤江珠緒)そうですか(笑)。

(町山智浩)もう女ったらしの人間のクズみたいな役なんですけども。井浦新さん。それが本当にリアルで……。

(赤江珠緒)「こいつ、モテる」っていうセンサーは本当に鋭いですよね。町山さんと山ちゃんは。「こいつ、モテるよ!」っていう(笑)。

(町山智浩)敵だから! モテるやつを見ると、敵だからすぐにわかるんですけども。まあね、この映画はとにかくすごいですよ。『宮本から君へ』はぐったりするんですけど。ただね、すごく同じテーマを……その『惡の華』と『宮本から君へ』は同じテーマを描いてますね。やっぱりね、弱い男。まだ男としてというか大人として一人前になっていない男が主人公なんですよ。で、それが誰かを愛することによって、どこまで自分を捨てられるか、試される話になってますね。

(赤江珠緒)これ、両方を見るとしたら、どっちから見た方がいいとかあります?

(町山智浩)どっちからでもいいんです。どっちもそういったすごく、まあはっきりと言っちゃうと地獄のような展開になります。どちらも。もう見るのが辛い、これ以上は見たくないっていうところまで来ます。観客を追い詰めます。だから、最近の青春映画ってそういうことをしないじゃないですか。でも、やりますよ。本当に。

(赤江珠緒)見ている方も精神的に追い詰めらえる?

(町山智浩)あと、肉体的にも徹底的にやりますね。でも、最後はどちらも本当に……これ、言っていいのかわからないけども、ものすごく爽やかな感動で終わります。見た後に元気になって、明日から強く生きようっていう気持ちになりますね。で、自分が好きな人にすぐ電話しよう、会いに行こう、なんかしてやんなきゃっていう気持ちになると思います。

(赤江珠緒)へー!

(山里亮太)めちゃめちゃかっこいいセリフがいっぱいあるのよ。『宮本から君へ』。

(町山智浩)『惡の華』の方はへなちょこ男の、ブルマの匂いを嗅いでいるようなへなちょこ男の話で、逆にその『宮本から君へ』は体育会系のね、がむしゃらな男なんですけども。でも、同じなんですよ。本質的には。女性によってその男が成長していく物語だし。ただ、そうするとまた「男の勝手な都合の話になっちゃっているじゃないか」っていう。それに対して、ちゃんと中の女性が批評します。「あんたが勝手なことをやってるだけじゃないの?」っていう視点もちゃんと与えているんで、それも素晴らしいですね。

(赤江珠緒)女性から見ても納得いく?

スター誕生、玉城ティナ

(町山智浩)納得がいくようなものになってるんだろうなと思います。僕はそれは断言できませんけれども。女性じゃないので。ただ、それはやっぱり女優さんたちが自分の解釈を入れて、そういうものにしていってるところもあると思いますしね。素晴らしい映画で、どちらもそれこそ女優賞の激突だと思います。すごいですね。玉城ティナさんに関してはもう本当に「スター誕生」という感じがしました。僕は正直に言っちゃうと『愛のむきだし』を初めて見た時に、その満島ひかりさんが最初にアップになった瞬間に「スター誕生!」と思ったんですけど。実際にそうなりましたよね? そういう瞬間がある映画ですね。

(赤江珠緒)はー! これは必見ですね。

(町山智浩)あと、蒼井さんはこれ、完全に役者としての勝負作というか、すごいことになってますよ。

(赤江珠緒)代表作になりましたか?

(町山智浩)代表作でしょうね。やっぱりね。

(山里亮太)勝負、していたのねー。

(赤江珠緒)山ちゃん! ちょっと、感じて!

(町山智浩)言っていなかったの?

(山里亮太)そういう話、あんまりしたことがなかったから。

(町山智浩)「大変だった」っていう話しかしていなかった?

(山里亮太)もうとにかく大変な現場だったって。

(町山智浩)もう格闘技みたいな関係性なんで。その宮本とその蒼井さんの関係性が。

(山里亮太)ゼーゼー言っていたって。カットがかかったらぶっ倒れるぐらいの。

(赤江珠緒)それで朦朧として山ちゃんと結婚しちゃったっていうことはない?

(町山智浩)ああ、そうかもしれないよ?(笑)。

(山里亮太)ちょっとボヤッとしていて? 

(町山智浩)ちょっとやすらぎがほしくなって。ボロボロになったんで(笑)。

(山里亮太)なるほど! 『宮本から君へ』、ぜひご覧ください! まさか、キューピッドはおしずじゃなくてここだったか!(笑)。

(町山智浩)かもよ? ここでクタクタになったから(笑)。

(赤江珠緒)フフフ、『惡の華』と『宮本から君へ』はどちらも9月27日公開ということで。

(町山智浩)両方見てください!

(赤江珠緒)町山さん、ありがとうございました!

<書き起こしおわり>

町山智浩と武田砂鉄 日本の出版界と『言霊USA XXL』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『ACTION』に出演。武田砂鉄さんと日本の出版界の過去と現在、そして自身の新刊『アメリカ炎上通信 言霊USA XXL』などについて話していました。

(武田砂鉄)ここからは毎日ゲストをお迎えするゲストアクション。本日のゲストはたまむすび火曜日に出演してらっしゃる映画評論家の町山智浩さんです。よろしくお願いします。

(町山智浩)よろしくお願いします。

(武田砂鉄)今日ははじめてお会いするんですけども。火曜日のたまむすびに出てらして、僕は……。

(町山智浩)いいシャツを着てますね。パンテラを着てますね。

(武田砂鉄)これはパンテラというですね……。

(町山智浩)ロックの黒Tを着ている中年男っていうのはダメ人間ですよ(笑)。ダメ人間認定(笑)。

(幸坂理加)アハハハハハハッ!

(武田砂鉄)ダメ人間ですよ(笑)。でもダメ人間同士で対話できるですよ。これはパンテラという90年代のハードコアバンドですよ。で、だから火曜日のたまむすびの時間、僕は他の番組に隔週で出てるんで。全く同じ時間帯にコーナーをやってるので、こうやってお会いすることもいままでなかったということなんですけども。ちょうどお帰りになってるところなので。本日はちゃんと目も覚めて、お越しいただいて。ありがとうございました。

(町山智浩)いえいえ、お邪魔してすいません。キャンペーン期間中なんですよ。新刊が出まして。

(武田砂鉄)新刊。これは週刊文春で連載している……。

(町山智浩)『言霊USA』っていう連載が1年ちょっと分まとまったもので。『アメリカ炎上通信 言霊USA XXL』という……本がデカいんですよ。いままで単行本サイズでこのぐらいの大きさだったんですが、1.5倍増しになりましたんで。

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(武田砂鉄)この連載ってもう何年ぐらいやってらっしゃるんですか?

(町山智浩)10年ですよ。500回。

(武田砂鉄)僕、だから週刊誌で……僕はずっとナンシー関さんとか小田嶋隆さんとか、町山さんももちろんそうですけれども。週刊誌でずっと連載をするっていうのってすごく憧れがあるんですよね。それをいま、なかなか1から積み上げていくことって難しいじゃないですか。週刊誌みんな、町山さんぐらいの年代の人たちが牛耳っていて。

(町山智浩)ああー、ジジイが上で踏ん張っているからね(笑)。早く死なないとならないですね。

(武田砂鉄)退場しないんですよ。で、人によっては「こんなくだらないことを書きやがって!」っていう人がいろんな記録を樹立してたりするんですけども。

(町山智浩)それはね、本当はもう退場した方がいいんだけど、退場すると「あいつは人気がないから退場した」って言われるのが悔しいからやっているだけですから。みんな。

(武田砂鉄)ああ、そうですか? そう言われるのが嫌だから、中身のないあれだったとしてもずっと続けていると?

(町山智浩)言われるまで続けるっていう人が多いですね。

(武田砂鉄)そうですか。だから席が空かないんですよ。

(町山智浩)殺すしかないですね(笑)。

(幸坂理加)やだー(笑)。

(武田砂鉄)だって、僕が中学・高校時代から、それこそ小田嶋さんの文章であり町山さんの文章ってういのを読んできて。でもいま、たまむすびの月曜日と火曜日が小田嶋さんと町山さんが出ていてね。

(町山智浩)いつまでもやっていてね。隠居しやがれって思いますよね。本当にね。

(武田砂鉄)本当に席を譲らない人たちだなって思って(笑)。

(町山智浩)俺が席を譲らない頑固なやつみたいに言わないで?(笑)。「じゃあ、やめようか?」みたいな話になっちゃうよ(笑)。

(武田砂鉄)いや、それを僕たちの世代はどう倒していくのか?っていうことで。

(町山智浩)「どう倒していくのか」。

(武田砂鉄)足を引っ掛けて倒してくかっていうことをしなきゃいけないんですけどね。

(町山智浩)やっぱりこれはバトルしかないのかな? でも、じゃあ僕が誰かとバトルをしたのか?っていうと、全然していないからな。

(武田砂鉄)していないですか? 物書きになった時に目の上のたんこぶみたいな人がバーッと揃っていたっていうことはないんですか?

(町山智浩)ああ、そういうことは……でも椎名誠さんが結構あれでしたよ。大物のコラムニストとしておられたんですけど、週刊文春を自分から降りられて空きができたみたいな、そういうところはありますよ。だから、自主的に退場する人もいますよね。

(武田砂鉄)たしかにな。でも、町山さんと自分のキャリアとして同じところはその最初に編集者をやってからライター、物書きになったというところは一応共通点ではあるかなと思うんですけども。編集者からライターになるっていうのは、利点はありますか?

編集者からライターになる利点

(町山智浩)利点は、だから締め切りの本当の締め切りを知っている(笑)。ギリギリでどこまで伸ばせるかを知っているという(笑)。

(武田砂鉄)印刷スケジュールから逆算するっていう嫌なやつをね。

(町山智浩)「まだ入るでしょう?」みたいなね。

(武田砂鉄)「月刊誌だったら印刷所おさえているでしょ?」とかって言って。「まだいけるでしょ?」って。

(町山智浩)そうそう。週刊誌だと中綴じになっているから「折り」っていうんですけども、折りの外側の方にページを回してもらえればスクープが入るギリギリまで原稿を伸ばせるでしょ? とか、そういうことを知っているわけですよ。技術的な部分を(笑)。

(武田砂鉄)いちばん嫌なパターンの書き手ですよね。本当にスケジュールを把握しているから。

(町山智浩)そう(笑)。それは編集者ならではですよね。

(武田砂鉄)そうですよね。だから締め切りというのは前にもいいましたけど、三段階あるんですよね。最初に編集者が言ってくる締め切りと、「まあこれぐらいに出しとけばいいだろう」っていう締め切りと、本当にヤバい締め切りっていうのがあるので。

(町山智浩)でも、あんまりそこまで伸ばすのを何回も続けると、編集者を全員敵に回すことになるから。それこそ連載を切られますからね(笑)。

(武田砂鉄)だから僕もその三段階あるうちの二番目ぐらいで出しておくのがいちばんいいかな?って……。

(町山智浩)一番目にしろよ!(笑)。

(武田砂鉄)いやいやいや、二番目ぐらいにしておくのがいいのかな?って(笑)。

(町山智浩)なにをもったいぶって……パーティーにかならず最初から来ない人っているじゃないですか。人が集まってから来るみたいな、もったいぶっているみたいですよ、それは。

(武田砂鉄)嫌ですねー。6時開始でだいたい6時半ぐらいに来て。「ちょっと時間が空いたから来たよ」なんて。本当は最初から来れるのに。

(町山智浩)ちょっと売れているふりして。忙しいふりをして。最初から来ていると仕事がないみたいに見えるから……って。まあ、そういう感じですよ。締め切り通りに出すと忙しくないみたいだから、締め切りギリギリで入れるとか。本当は実は余っているっていう。

(武田砂鉄)そう。本当はそういうタイプですよ。本当はパーティー会場の近くの喫茶店で時間を潰しているっていう、いちばんタチの悪いタイプですよ(笑)。

(町山智浩)すぐに行けよ!っていうね(笑)。本当は原稿書けるんだけど「こんなに早く入れたら俺が暇だと思われるから、ちょっと締め切りを遅らせよう」って、いちばん自意識過剰ですね、それは。よくないですね(笑)。

(幸坂理加)見破られている(笑)。

(武田砂鉄)ご同業の方に会うと見破られるのは嫌なんですよね。だいたい体質がわかっちゃうから。まあでも、本当に自分が物書きになるきっかけになったのは80年代、90年代に出ていたサブカルチャー……やっぱり町山さんがやられていた別冊宝島のシリーズなんていうのは本当によく買っていて。昨日もたまたま本棚を漁ってたら、別冊宝島の『ライターの事情』っていう本が出てきて。これ、厳しい事情しか書かれていないようなところがありましたけども。

(町山智浩)でもいまはこれよりももっと厳しくなってますよね。

(武田砂鉄)そうですよね。いま、これを読み直すと「これだけふんだんに取材費が出ていたんだ」とか「これだけ自由に行動できたんだ」っていうある種、羨ましさもあるんですけど。

別冊宝島時代の出版界

(町山智浩)これは1991年ですか。この時、400字で4000円だったんですよ。僕がいた別冊宝島で。いまもあまり変わっていないんじゃないですか?

(武田砂鉄)そうなんですよ。これだけ物価が変動してもライターに払われるギャラっていうのは変わっていないんですよね。変わっていないというか、むしろ……っていうような状況がありますからね。

(町山智浩)それで部数がはっきり言いますけど、この頃の別冊宝島って初版で何部だったでしょうか?

(武田砂鉄)ええと、いまの基準で言うと1万5000部ぐらいだと思うんですよね。

(町山智浩)全然。3万5000スタート。で、10万は普通。

(武田砂鉄)すごいことですよね。

(町山智浩)それで著者全員に印税を払っていましたね。

(武田砂鉄)ああ、印税払いですか? 普通、ライターっていうのは書いたきりでいくらっていう感じなんだけども。著作だと重版っていって売れたらその分、印税が入るんだけど。こういう雑誌形式で印税払いしているっていうのはすごいよな。

(町山智浩)印税払っていたのはうちぐらいだと思いますよ。

(武田砂鉄)それはある種、どんなテーマをやっても「別冊宝島だから」って食らいついてきてくれるっていうイメージがあったんですか?

(町山智浩)あったんですね。その頃は。だから僕はその頃は10万部以上出した別冊宝島が4、5冊ありますけど。そうするとだから、まあ売上で軽く億行くわけですよ。まあ、本当にいい時代でしたね(笑)。

(武田砂鉄)でも本当に先輩たちに会うとね、「いい時代でしたね」って終わるんだけど。でも、「それ、終わらせないでくれよ」って勝手に思ったりもするんですけどね。

(町山智浩)でも、書店数も減っているし。流通させること自体がもうほとんど……最初の初刷でもって書店の数少ないわけですから。もう数に限界が出ていますからね。

(武田砂鉄)でもたぶん、この当時のライターの方たちって編集者から言われたテーマについて本当は別に自分で詳しくなかったとしても「やります! 3週間後にあげます!」って言ってたぶん、あげてきたと思うんですよね。

(町山智浩)そういう時代でした。

(武田砂鉄)そういう時代でしたよね。たぶんいまってあんまりそうじゃなくて、「政治についてはこの人に聞こう」とか「サブカルチャーのこの音楽についてはこの人に聞こう」っていう風に、すごく物書きの範囲がミニマムになってるんですよね。それをなんか、自分が読んできた物書きの方たちって何度もやってたから。自分なんかもなんでもやってやろうって思っているんですけど。なんかいま、発注する側がスペシャリストばっかりに発注しようっていう意識が強くて。なんでもやらせてくれるっていう感じは実は薄まってたりするんですよね。

(町山智浩)この頃はまだニュージャーナリズムの影響があったんですよ。だから「自分が知らないところに飛び込んで、それを体験して調べて、それをそのまま書く」というジャーナリズムがアメリカから入ってたものなんですけど。それがそれこそ藤原新也さんであるとか、いろんな方々がやっていて。

たとえば小田実さんとかね。『何でも見てやろう』みたいな。の一環で作られてるんですよ。特に別冊宝島っていうのは根底にそのアメリカン・ジャーナリズムでもローリング・ストーン誌であるとか……それがいろんなライターとかに、ロックライターとかに大統領選挙を取材させるとか、そういうことをやっていたんですよ。その延長線上にあるんですよ。

(武田砂鉄)だからそういう、ニュージャーナリズムの文章もそうだし、こういった文章もそうなんですけど、結構イントロに「葛藤する自分」みたいなのが割と5、6枚書かれてたりするんですよね。いまはたぶん「それ、葛藤しなくていい」って言われちゃうことが多いと思うんですけども。それはたぶんニュージャーナリズムの時の、結構キザに書く人も多かったじゃないですか。「風が俺を呼んでいる」みたいなところから始まって云々……みたいな。でも、ああいうものに対して自分なんかは憧れがあったんだけども。

(町山智浩)沢木耕太郎さんみたいな文章を書くやつがいるんですね。結構ね。そうすると僕はボツを出しますね。「鏡を見て書けよ、バカヤロー!」って(笑)。

(武田砂鉄)沢木耕太郎さんはもちろんいいんだけど、沢木耕太郎的な文章っていうのがいちばん厄介なんですよね。

(町山智浩)もうナルシスティックなのを書いてくるやつがいるんですけども。そういうのは「鏡を見て出直せ」って言ってましたね。

(武田砂鉄)なかなか現場にたどり着かないで、自分の思いをずっと書き連ねているっていう。そういうのが多かったんだよな。

(町山智浩)だからこの頃はね、とにかく「わからない」っていうものに……だからオタクの本っていうのを作った時は、そのオタクの人に書かせるんじゃなくて、オタクの人たちはいろんなことをやっている。たとえばミリタリーマニアとかがやってるようなこととか、いろんなもの、ジャンルがあるんですよ。そこに知らない人を入れて、いろんなことを聞いて。「やおい」っていう……いまはそうは言わなくて「BL」ですけども。そういったものが完全にアンダーグラウンドだった頃に、そこにまったくの素人が入っていっていろんなことを見聞きしてまとめるっていうやり方を取ってたんですよ。

(武田砂鉄)うんうん。だからその別冊宝島のやっていた、たとえば宗教とか新宗教とかスピリチュアルブームみたいなところっていうのも、やっぱり完全にわからないもの、そこに突っ込んでいく体制っていうのが整っていたけども。いまだったらたぶんそっち側からの公式見解みたいなのがすぐ取れちゃうわけじゃないですか。そこがやっぱり面白くないというか。わからないものに突っ込める余地がたくさんあるっていう……。

わからない人間が書く文章

(町山智浩)いまはどの雑誌もそうなんですけども、おっしゃる通りで。たとえば宗教だったら宗教家であったり、宗教の学者に話を聞いて、それで記事を作っちゃうんですよ。でも、それをそのまま受け止めないで、まったくわからない人が「本当ですか? それはどうなんですか? じゃあ、私にもやらせてください」っていう風にやるのが、その当時のニュージャーナリズムの傾向だったんですね。だからそれをやっていて。自衛隊の本を作る時も自衛隊関係者には基本的に原稿は書かせない。全部ライターや僕自身が入って、自衛隊の訓練に参加して、その自衛官の人たちとお酒を飲んで……っていうことをやって、それで考えたことや彼らからからもらった言葉をまとめて、ひとつの原稿にするっていう、まあルポルタージュでやっていったんですよ。

(武田砂鉄)なんか僕、いまいろんなジャンルの原稿を書くと、やんややんやと言われることが多いんですけども。その言われる中に「お前、別にプロじゃないじゃん。そっちに詳しい人間じゃねえじゃん」っていうことを言われて。それに返すのもめんどくさくなっちゃうんですけども。その風土というか雰囲気ってどこから生まれてきたんですかね?

(町山智浩)あれは、なんなんでしょうね? だから僕、別冊宝島でいちばん最初にやったのは右翼の取材だったんですね。それは「昭和天皇が亡くなったんで、その昭和天皇を神のように尊敬していた右翼の人たちは精神的にどういう状況にあるのか?っていうことを現場に行って見てこい」って言われて。

だからいきなり最初の取材が右翼団体に全部片っ端から会いに行って……っていうやつで。それで相当鍛えられましたよね。で、知らないわけですよ。それで彼らの言っていることは全く意味がわからないとか。「それはどういうことなんですか? それはどういうことなんですか?」って聞いていく。それを書いていくという形なんでね。だからそれは、それこそ右翼の方たちの言葉だけを集めた本とは違うものになりますよね。

(武田砂鉄)そうですよね。

(町山智浩)ちょうど間にいる自分みたいなものがそこに出てくるということになると思います。

(武田砂鉄)そっち側にいる人間と対話したら、実はそこで話が合うこともあるし。むしろ、体が半分そっちに持ってかれちゃう場面も……。

(町山智浩)そう。でも殴られたりもする、みたいなこともそのまま書くわけですよ。殴られましたけどね(笑)。

(武田砂鉄)そうすると、読んでいる側もやっぱり揺さぶられるわけだから、その主義主張っていうよりもそこにある体温みたいなものを読むから。どうしてもいまはその主義主張というものが書かれてるものが多いから、そのゆらぎみたいなところを体感できなくなっているのかもしれないですね。

(町山智浩)それもあるし、たとえばそれこそいろんな政治的に過激な人たちがいて、対立していたりするわけじゃないですか。でも、それは対立をしているだけなんですよ。でも、たとえば別冊宝島の後に宝島30っていう月刊誌……政治的なものを作ったんですね。オピニオン誌みたいなもんで非常に政治的な記事ばかり載せてたんですけども。

それでまあ、右翼の人たちを怒らせて、編集部が銃撃されるっていう事件があったんですよ。弾丸を撃ち込まれるっていう事件があって。でもその時、ずっと僕の師匠としていた人が石井慎二さんという編集長だったんですけども。銃撃された後にまず彼が何を言ったのか?っていうと、「町山、右翼団体を片っ端から回ってこい。どこかに撃った人がいるだろう? そこに『撃たれたんですけど、どう思いますか?」って聞いて回れ」って言われて、行ったんですよ。

会って回って。でも、いまはそういうことをやる人、いないでしょう? 「右翼に撃たれた」ってなったら、右翼と接しないようにするじゃないですか。「あいつらが撃って殺しに来たんだから」って。でも、石井編集長は「行って来い!」って。

(武田砂鉄)「チャンス!」って思っちゃうんですね。

(町山智浩)「行って来い、全部回って来い。そこにいたらめっけもんじゃないか。彼らがどう思っているのか、聞いてこい。噂だってあるだろう?」って行ったら、「いやー、撃たれて大変だったね。怖かったろう? 寿司でも食うか?」って。寿司をおごってもらったりね(笑)。

(武田砂鉄)フフフ(笑)。

(町山智浩)それで「お前らの雑誌はああいうところが許せねえな」とかって言ってくれたりして、だんだんとわかってくるわけですよ。そういうところから、犯人が見つかるかなって思ったら経済学者で東大教授の松原隆一郎さんが「ああ、町山くんのところを撃った人、俺がこの間ボコボコにしたから」って。「えっ、なに言ってんの、このおっさん?」って思ったら、松原さんはフルコンタクト空手をやってて。そこであるおじさんと戦ってボコボコにのした後、「非常に申し訳なかった」と思って謝りに行って。「すいません、本気でやりすぎました」って謝って。「君はなにをやっているの?」って言われて「僕は大学の教授ですけど、雑誌にも書いてますよ。宝島30っていうんです」「ああ、そこにこの間、カチコミかけたから。ぶち込んどいたから」って言われて。それで意気投合したっていう(笑)。

(武田砂鉄)なに、そのめぐり合わせ?(笑)。

(町山智浩)それで「すごい! 犯人がわかった!」って。それで編集長に「警察に連絡しますか?」なんて言っていたら「犯人、暗殺されました」って。そのおじさん、金銭の絡みで何者かに暗殺をされて、事件は終息しました。ものすごかったですね。すごいことでしたよ。

(武田砂鉄)町山智浩さん、いま結構Twitterでいろんな発信をされてて。僕も今年起きた案件ですごく大きな問題だなと思ったのは百田尚樹さんの『日本国紀』のコピペ問題。そこで結構Twitterで盛んに議論されてましたけれども。町山さんは「本っていうのは著者と編集者、営業と出版社が力を合わせて売るものだ。これは『全く売る気がなかった』って出版社が言ってるようなものだ」という風にTwitterで書かれいて。「なるほど、本当にそうだな」って思ったんですけども。あの件というのは元編集者、物書きとしてどういう風にご覧になっていましたか?

(町山智浩)津原泰水さんという作家の方が「百田さんの本は物書きとして許されるものではない。他所から原稿を取ってきてまとめただけのものを出版するのはおかしい」という風に批判をしていた時に、それに対して版元である幻冬舎の社長、社主である見城さんが「津原という作家は売れないんだ。彼の本をうちで出してやったけど、○部しか売れなかった」というようなことをツイートしたんですよ。で、それに対して僕が「本が売れるか売れないかということは、それは編集者と出版社の責任だ」と。だから出版では刷り部数で印税を払うことになってるんですよ。

(武田砂鉄)そうですね。売れる・売れないじゃなくて。

本を売ることは出版社と編集者の責任

(町山智浩)売れる・売れないじゃなくて、どのぐらい刷るのかを出版社が決めて。「刷った分のお金は保証する。その刷った分に関しては自分たちは売ります」っていう契約でやってるのにもかかわらず、「実売でこのぐらいしか売れてない。だからあいつの本は売れないんだ」って言うというのは、「じゃあお前はいったいなんなんだよ?」っていう。そういう契約の中でやっていて、刷った分を売るということは自分の仕事なのに、それが売れなかったからってその著者について「この作家の本は売れないから、他の出版社もその人の本は出しちゃダメだよ」みたいな形で非常にネガティブなパブリシティをしたという。これ、許されることじゃないですよ?

(武田砂鉄)だから本当に「ひどいな」っていうよりもむしろ「恥ずかしくないのかな?」っていう気持ちが強かったですけどね。

(町山智浩)でも、この見城という男はなにも恥ずかしくないんだよ。AbemaPrimeのビデオで安倍総理をヨイショしまくっていて。「素晴らしいお顔ですね」とかって言っていて。顔とかを褒めてどうするんだよ? 政策とか、どうなっているんだよ?っていうね。

(武田砂鉄)そう思っちゃいますよね(笑)。

(町山智浩)でも本当に安倍政権とか、どうなるかはわからないですけども。本当にこうやってね、政権のケツをなめてる人たちがオリンピックの後に経済崩壊が始まったりして、それまでの検証をされた時に、それまでケツをなめてたことをどういう風に総括するんだろう?って思いますよ。

(武田砂鉄)それは本当に自分もこういう性格なので、くまなくチェックしてやろうと思いますね。

(町山智浩)そう。全部覚えておこうと思いますよ。とんでもない……でも、シレッとして「そんなこと、あったっけ?」っていう感じでしょうけどね。たぶんね。それが見城っていう男だし、そういうやつらが出版とかをやっているからどうかしているんですよ。

(武田砂鉄)そうなんですよ。だからそこが、出版社の昔のよかった話ばっかりするのも嫌だけど、そこの体制がガラッと変わってしまっているんですよね。権力があった時にそことどう距離を取るのか?っていうのがある種、出版のジャーナリズムのスタート地点だったんだけども。

(町山智浩)出版に限らないよ。いま、メディアは全部そうですから。放送だって出版だって、みんなヨイショしなきゃならないんですよ。これからオリンピックだしさ、政権と仲良くしていないとオリンピック報道ができないわけだから。そこが握られているから、もうどうしようもないんですよ。ただ、絶対にこのままそういうことをしていると、本当の問題とかが表に出てこないからどんどんと蓄積していって、崩壊に向かいますよ。

(武田砂鉄)で、たぶんこういう町山さんの放送とかを聞いていると、みんな「うわっ、過激なことを言う人だな」っていう風に思うかもしれないけど。別に基本姿勢だと思うんですよね。こういう風にある種、権力に対して「これはおかしいぞ」っていう風に言うのは。でも、それを言う人がどんどん少なくなっていくと「なんか町山さん、ヤバくない?」っていう雰囲気が強くなっていく。それ自体がおかしな話なんだと思いますけどね。

(町山智浩)まあ、ヤバくてもいいですけどね。

(武田砂鉄)ヤバくてもいいんですけどね。こういう風に開き直る人が少なくなってきたんですよ(笑)。

(町山智浩)命までは取られないでしょう?

(武田砂鉄)フフフ。まあ、今回の新しい本もアメリカのいまの実情についてたくさん書かれてますけれども。来年、アメリカの大統領選挙がありますけれども。いまのアメリカの空気感……一概には言えないと思いますけれども。間近で感じられててどういう感じですか?

2020年・アメリカ大統領選挙

(町山智浩)いまね、株価があんまりよくないんですよ。それは、やっぱり中国との貿易摩擦の問題がかなり強く出てますね。トランプがそれを収拾できないと、まあ落選するだろうなという風には思いますね。ただ、トランプを支持している人たちって経済がどうなってもあまり関係ない人たちで。いま現在のアメリカの経済のいい状況っていうのは2008年に金融崩壊があって以降、ずっといいんですけども。

その恩恵に預かってないような人たちがトランプを支持しているので、「経済の落ち込みはトランプ支持に関係ない」という調査結果も出ていますね。非常にその彼らは「忘れられた白人たち」ということで、もう政治家とか経済界から無視されている人たち。その人たちに声をかけたのがトランプだったということで、彼らはトランプを支持しているので。それは景気が良くなろうと悪くなろうと関係ないのかなっていう風にも思いますね。

(武田砂鉄)この間、トランプの大統領選の時には音楽界とかエンターテイメント界がかなり露骨に反トランプっていうことを言って。「曲を使うな」とか直接的に反トランプっていうことを言ってましたけれども。それがある種、ちょっとムーブメントになりすぎたというか。とにかくそういう風に反トランプって言っておけばいいんだっていうところもあったと思うんですけども。いまはどういうようなスタンスで彼に向き合うエンターテイメントが多いんですかね?

(町山智浩)いま、たとえばキャプテン・アメリカをやっていたクリス・エヴァンスみたいに徹底的にTwitterでトランプを叩き続けているっていう人もいますから。まあ、それぞれの信念に従って戦ってる人は多いですけどもね。ただ、トランプ政権っていうのは非常に特殊な政権で。いま、世界は核戦争の危機からいちばん遠いところにあるんですよ。

(武田砂鉄)と、言うと?

(町山智浩)だってロシアとも北朝鮮とも仲良くて。いままで歴史上、こんなことははじめてですよ。

(武田砂鉄)両者と握手しているわけですからね。

(町山智浩)いま、世界は核戦争の危険から最も遠いところにいるんですよ。意外なことに。独裁者同士がみんな仲いいから。

(武田砂鉄)「俺たち、独裁者!」って肩を組んでいるような状況があるわけですよね。

(町山智浩)そう。トランプのあの北朝鮮との仲の良さとか異常でしょう? ミサイルを飛ばしたとしても「あれはミサイルじゃない」とか。「俺は気にしない。あれは国連の協定には違反していない」とかって言って。「なんでこんなにかばっているの?」って思ってね。

(武田砂鉄)「日本の近くに飛ばすぐらいなら大丈夫だ!」っていうことをトランプは言っているわけだから。

(町山智浩)すごいでしょう? プーチンがいくら選挙に介入したからって「俺はプーチンを信じているよ。好きだから」みたいな。どういうことなのか?って。これは独裁者同士の一種のネットワークで地球を支配しているような異常な状態になっていますよ。核戦争の危機から最も遠い、実は非常に安全な時代になっているという。皮肉だなと思いますね。でも、貧乏な人たちとかはかえって苦しいですよね。だからむしろ、国同士で対立するというよりは、その社会の階層の上と下の対立になってきているんですね。

(武田砂鉄)町山さんの文春の連載を見てると、やっぱりアメリカの権力を持ってる人たちがとにかくそのスキャンダルがあった時に、ある種ちゃんと倒れるというか。ちゃんとその役職でいられなくなるっていうことが多いと思うんですけれども……。

(町山智浩)そんなことはないですよ。

(武田砂鉄)でも、日本に比べるとそれはかなり多いような気がするんですけどもね。

(町山智浩)だってトランプがあれだけスキャンダルが多くて。奥さんがいるにもかかわらずポルノ女優とセックスしたことを全然事実として認めていて。それでそれを金で口封じしたっていうことも事実として認定されているにもかかわらず、トランプを支持してる人たちは全然関係ないですからね。いままで、世界の政治家でポルノ女優……それも2人と婚外セックスをしたことが事実として認定されて、それを金を口封じしていたにもかかわらず、それでも支持率が下がらないっていう人は初めてじゃないですか?

(武田砂鉄)ああー。でもそのスキャンダルを追求する力、パワーは何か強いような気がするんですけど。そんなこともないんですかね?

(町山智浩)うーん。いくらやっても効かない。全く効かない。なにをしても効かない。

(武田砂鉄)それはだから日本の云々とも似ているんですかね? 日本は割とスキャンダルがあったとしても……最近だと「そんな事実はない」とか「そういうことはあったかもしれないけど、なかったかもしれないですね。さようなら」みたいなことが割と多かったりするんですけども。そのあたりの比較というのかな? 温度差っていうのは感じますか?

開き直っていると追求している方が疲れる

(町山智浩)やっぱりね、「だからどうした?」って開き直っていると、追求している方が疲れるっていうのは日本とアメリカ、似てるんじゃないかなって思いますね。

(武田砂鉄)ああ、その疲労感、徒労感ってあるんですか?

(町山智浩)ありますね。だって何を言ってもトランプには効かないんだもん。次々と出てきて、スキャンダルが事実として認定されても何も状況は変わらない。これってすごいなと思いますね。

(武田砂鉄)それが積もっていくことでなにか倒せるという感じでもなく?

(町山智浩)だって、レイプやセクハラで何十人もの女性たちから訴えられている大統領って初めてじゃないですか? でも、何も起こらないんですよ。

(武田砂鉄)何も起こりそうにない?

(町山智浩)それについては何も起こりそうにない。これ、すごいですよ。

(武田砂鉄)そうですね。じゃあ、日本社会もトランプさんを見習ってらっしゃるのかしら?

(町山智浩)そうじゃないですか? みんな開き直っている。だからプーチンさんにしてもそうじゃないですか。ジャーナリストが次々と謎の死を遂げていくけど、何も起こらないじゃないですか。

(武田砂鉄)まあ北朝鮮もね、元からそういう国だけども。中で何があろうと、それが覆されるわけじゃない。

(町山智浩)日本だって次々と不正が起こったり、今回の千葉の台風被害に関しても、全く政府は動かなくて。それで「問題はない」って官房長官が言っても記者団も誰も突っ込まないじゃないですか。疲労感がすごく多いんだと思うんですよ。

(武田砂鉄)どうすればその疲労感を抑えて、また物申す体制にできるんですかね?

(町山智浩)でも香港とかアメリカの若い人たちを見ると、すごくデモとかやっているんで。戦おうという人たちはいるんですけどもね。でも、戦っているうちにだんだんと疲れていくんですね。そのへんでね。これはもう戦いですよね。本当にね。

(幸坂理加)そろそろお時間になってしまいました。今日、お話にも出ていました町山さんの新刊『アメリカ炎上通信 言霊USA XXL』をリスナーのプレゼント用に持ってきてくださいました。ありがとうございます。

(町山智浩)はい。一生懸命やっていますよ!

(幸坂理加)5名様分いただいたので、ご希望の方はメールかLINEで送ってください。

(町山智浩)いろんな凶悪な似顔絵がいっぱい載っている面白い本ですからね!

(武田砂鉄)凶悪な似顔絵ばっかりですね(笑)。

(町山智浩)『アメリカ炎上通信 言霊USA XXL』、よろしくお願いします。

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(幸坂理加)今日はありがとうございました。本日のゲストアクションは映画評論家の町山智浩さんでした。ありがとうございました。

(町山智浩)ありがとうございました。

<書き起こしおわり>

町山智浩『ジョーカー』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で『バットマン』シリーズの最悪の敵、ジョーカーの誕生を描いた映画『ジョーカー』を紹介していました。

(町山智浩)今日、ご紹介する映画はあのベネチア国際映画祭で最高賞、金獅子賞を受賞した大問題作、『ジョーカー』をお送りします。

(町山智浩)はい。いまの曲はクリームというエリック・クラプトンがいたバンドの『White Room』という歌なんですけども。これがこの『ジョーカー』の中で超かっこよく流れますから、お楽しみにということで。それで、ジョーカーというのは『バットマン』シリーズの最悪の悪役なんですよ。ジョーカーっていうのはジョークを言う人ですから道化師、ピエロの格好をしてるんですけども。

まあ、これがなぜ最悪かっていうと、普通は敵ってなんか武器を持っていたり、超能力を持っているじゃないですか。こういう漫画の敵って。だから強い。だけども、ジョーカーって何の能力もないんですよ。この人はただの人なんです。スーパーパワーとか、ものすごい力とか超能力とか一切持っていないんです。この人がなぜ強いのか? 全く目的がないからなんですよ。

(赤江珠緒)そうか。動機がよくわからないっていうね。

最悪の悪役・ジョーカー

(町山智浩)動機がないんですよ、ジョーカーって。いろんな人をたくさん殺したり、テロを起こしたりするんですけど、その目的がゼロなんですよ、彼の場合は。だからまず、先に察知することができない。行動の予測がつかない。自分の利益にならないものだから、追跡できないんですよ。お金とかを得ないから。ただただ大量の人を殺して、世の中を惨事に陥れて人々の良心とかを試していくというだけのことをするのがジョーカーなんですね。

(山里亮太)良心を試すんだ。

(町山智浩)だから『ダークナイト』の中で出てくるじゃないですか。2つの船に爆弾を仕掛けて。ひとつの船には善良な市民、ひとつの船には死刑囚が乗っていて。それで互いの船に爆弾があって、爆弾のスイッチを互いの人たちに持たせる。自分が生き残るために、善良な人たちがスイッチを押すのかどうか。それは、善良な人たちをさせるという……もしそれで彼らが自分の命を救うためにその人を殺したならば、彼らみんな罪人になってしまうわけですよ。それを強制させるという。それに目的はないんですよ。ただ、嫌がらせ。恐ろしい敵なんですよ。で、彼自身は自分が死ぬのを全然怖がっていないから。

(山里亮太)はー。いちばん怖いですね。

(町山智浩)いちばん怖い。ジョーカーっていうのは究極のテロリストなんですね。で、ジョーカーはジョークを言う人で、「それは全部ジョークなんだよ」って言うんですよ。「そんなこと、なんのためにやっているんだ!」って言うと、「ジョークさ」って言うんですよ。

(赤江珠緒)うわあ、タチが悪いよー!

(町山智浩)そう。「面白いでしょ?」って言うんですよ。だからすっごい凶悪な敵がジョーカーなんで、いままで『バットマン』シリーズの中では最高の敵としてですね、特に『ダークナイト』ではこのジョーカーを演じたヒース・レジャーという俳優さんがですね、その完全にモラルのないジョーカーを演じることによって、まあ精神を病んで、死に至ったと言われてるんですよ。

(赤江珠緒)そうですよね。

(町山智浩)で、死後、アカデミー助演男優賞を受賞しましたね。命を削るような、完全にやっていくうちに狂気の中に入っていくような恐ろしいキャラクターなんですけども。そのジョーカーがどうしてジョーカーになったのかという物語が今回の新作『ジョーカー』なんですね。

で、これが、出てくるジョーカーはこの話の中ではアーサーというのが本名で。彼は心優しい男なんですよね。そこからスタートなんです。ホアキン・フェニックスというリバー・フェニックスの弟さんが演じてるんですけれども。本当に心優しい男で「みんなを笑わせたい、みんな楽しませたい。スタンダップコメディアンになりたい」って思っているんですよ。でもね、あまり売れないんですよ。スタンダップコメディアンって意地悪なところがないと……。

(山里亮太)そうか。皮肉を言ったり。

(町山智浩)そう。差別的なことを言ったりとか、人をバカにしないとウケないんで。でも、優しいからそれができないんですよ。

(赤江珠緒)ちょっと毒を持っていないとダメなんだ。

(町山智浩)そう。彼には毒がないんですよ。優しい男だから。で、彼自身はピエロをやって子供たちを楽しませているんですよ。で、それはうまくいっている。優しい男だから。で、家に帰ると貧乏なんだけども、病気のお母さんを1人で面倒を見ている。そういう、いいやつなんですよ。ところが、いいやつだから周りにどんどんどんどんいじめられて、どんどん追い込まれていくんですよ。

(山里亮太)悲しい……。

(町山智浩)悲しいんですよ。で、彼自身はちょっと障害があって。「トゥレット症候群」というのをご存知ですか?

(赤江珠緒)ごめんなさい。わからないです。

(町山智浩)ドラマとかにもよく出てくるんですけども。汚言症と言われてるやつで。やっちゃいけないこととか言っちゃいけないことに限って言ってしまうという病気なんですね。

(赤江珠緒)ああ、はい。そうですね。言葉とかもね。

(町山智浩)だからお葬式に行くと思わず笑い出してしまうとか。身体に特徴のある人とかを見るとその人の悪いことを思わず言ってしまっていう。で、それは悪意があるんじゃなくて、「言っちゃいけない」って思うと言ってしまうという。

(赤江珠緒)そういう病気があるということは聞きました。

(町山智浩)一種の反動として言っちゃうんですよ。その病気で彼、アーサーという男はおかしくない時とか笑っちゃいけない時に笑っちゃうという病気なんですよ。それでよく「なに笑ってんだ、コノヤロー!」ってボコボコにされるわけ。ただ、薬があるんで、その薬をいつも飲んでるんですよ。それで症状を抑えてるんですけども……だんだんとその貧しさの中で追い込まれて、母親も病気になって。

その医療費であるとか、彼自身の薬代とかが払えなくなってくるんですよ。で、またその時に政治家がいまして。その政治家が金持ち優遇の政治をして。それで貧乏な人たちの保険でカバーできる医療品とかが少なくなってくるんですよ。それで彼が薬を飲めなくなったら、どんどん笑っていくし。母親はどんどん体も悪くなっていくし。その貧しさの中で追い詰められていくんですね。という……これ、どう考えても同情をする話なんですよ。

(山里亮太)そうですよね。

ジョーカーに同情して引き込まれる

(町山智浩)ジョーカーに同情するなんて……(笑)。だから見ているうちに観客はみんな、ジョーカーの中に入っていくんですよ。一体化していくっていう、非常に危険な映画ですよね。

(赤江珠緒)うわあ、本当だ……。

(山里亮太)だってそこからジョーカー、悪いことをするわけだから。ダークの中でもかなりトップクラスに悪いことをやりますもんね。

(町山智浩)いままではジョーカーっていうのは「全く理解ができない人」って言われていたんですよ。全く理解不能な悪、純粋悪とか悪魔のようなものだっていう風に言われていたんですね。人間の良心とか善悪を揺さぶるために来たサタンだという風に言われていたんですけども。今回は彼の中にみんな、観客が入っていくんですよ。

(山里亮太)たしかに、いまの入口だったらそうだな。「仕方ないじゃん」ってなっちゃう。

(町山智浩)で、その彼のことをいじめる政治家がいまして。非常に悪い金持ち優遇の政策で。その政治家はもともとお金持ちなんですよ。お金持ちの大富豪が政治家になりましたっていう。誰でしょう?

(赤江珠緒)ああ、トランプさん?

(町山智浩)いまの大統領かと思ったら、その人の名前、下の名字が「ウェイン」っていうんですよ。

(赤江珠緒)ウェイン? うん……?

(町山智浩)バットマンの本名は?

(赤江珠緒)えっ、バットマンの?

(山里亮太)バットマンの本名、なんだっけ?(※正解は「ブルース・ウェイン」)

(町山智浩)はい。まあいいです。そんな感じで(笑)。これ以上は言いません。だから、究極のジョーカーの敵はそのウェインっていう政治家なんです。貧困層の人々を苦しめている。で、とにかくこのホアキン・フェニックスが最初、真面目な男がどんどんどんどんと追い詰められて、少しずつ精神に崩壊していくという演技がすごすぎるんで。アカデミー主演男優賞を取るだろうと言われています。ただね、命がけの演技ですよね。

(赤江珠緒)ホアキンさんは大丈夫なんですか?

(町山智浩)ホアキンさん、たぶん大丈夫だと思います。この人、最近こういう役ばっかりなんですよ(笑)。最近、いつも変なんで。これ、いつもの仕事(笑)。

(山里亮太)通常営業?

(町山智浩)通常営業なんですよ。ただね、面白いのはこの人自身が一種のジョーカーなんですよ。あのね、ホアキン・フェニックスは俳優として非常に評価されていたんですけども、2009年に突然「俳優を辞める」って言ったんですよ。「俳優を辞めてラッパーになる」って突然、言い出したんですよ。で、本当に仕事全部、断っちゃったんですよ。1年ぐらい。で、もう何もしないでですね……本当にあった仕事を全部断ったんですよ。

で、テレビの深夜のトークショーに呼び出されて出たんですよ。で、そのトークショーの司会者はデヴィッド・レターマンっていう人なんですけども。「引退してラッパーになるっていうけど、どうしたの?」って心配をして聞いたんですね。そしたら「わかんない……」って答えたんですよ。「えっ、どうして俳優を辞めるのか、わからないの?」「わかんない……」って。

(赤江珠緒)ええっ? 大丈夫?

(町山智浩)それでそれ、生放送みたいな感じなんですよ。だからみんな「本当にヤベえ! ホアキン、ヤベえ!」っていう感じになったんですよ。その後も完全に異常な行動ばっかりで。ベン・スティラーっていう俳優さんがいるんですけど、友達なんですね。それでものすごく心配をして、わざわざホアキンの家に行って「どうしたんだ? 俺、心配だよ」って言っても「「知らねえ……」みたいな感じで。

(山里亮太)ちょっと、なんかいろんな心配が増えてきましたよ。

(町山智浩)それで次々と暴力事件とかを起こして。それでラッパーとしてステージに上がったんですけども、ラップがものすごく下手なんですよ。で、客がヤジったらその客と殴り合いしたり。めちゃくちゃになったんです。で、「たぶんホアキンは何かがあって壊れちゃったんだ」って。みんな、すごく心配をしたんですよ。というのは、お兄さんのリバー・フェニックスがドラッグのオーバードーズで亡くなってるんですよ。で、フェニックス兄弟っていうのはもともとカルトの……お父さんとお母さんが新興宗教団体にいて、普通とは違う育てられ方をしたので、トラウマを負っていると言われているんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)だから、まあそういったこと、お兄さんのこととかもあるし。だからみんな、ホアキンのことを心配したんですよ。芸能界中というか、世界中が心配をしたんですよ。「あんなに素晴らしい役者なのに……どうしたんだ?」って言っていたら、そのおかしくなった全部を撮った『容疑者ホアキン・フェニックス』っていうドキュメンタリー映画が公開されたんですよ。

(赤江珠緒)えっ?

(町山智浩)実は、それは壮大なドッキリだったんです。

(赤江珠緒)ええええーっ!

(町山智浩)ホアキン・フェニックスはおかしくなったふりをして。で、その監督がケイシー・アフレックという友人なんですけど。その2人だけが「おかしくない」っていうことを知ってたんです。

(赤江珠緒)その心配してきた友達とかもみんな巻き込んで?

(町山智浩)巻き込んで、それをビデオに撮って。テレビに出たり、ファンとかが心配してたり、ファンと殴り合ったりするのを全部ビデオに撮って『容疑者ホアキン・フェニックス』というドキュメンタリー映画にして公開して。それは壮大なドッキリだったんです。

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(山里亮太)へー! ふざけるねえ!

(町山智浩)「ふざけるな! ジョークとしてもひどすぎるだろ!」って。みんな心配したのに。それで「ジョークだよ!」って言ったけども、それはバッドジョークだろ?っていう。だから、この人はジョーカーなんですよ!

(赤江珠緒)ジョーカーの部分、ありますね(笑)。

(町山智浩)本当のジョーカーなんですよ。悪質なジョーカーなんですよ。でもね、それがすごく評判が悪くて。みんな怒って。デヴィッド・レターマンなんて本当に怒って。「私の番組をジョークに利用したのか!」って本当に怒ったんですよ。賠償請求をしようか? みたいな話にもなって。それで非常にひんしゅくを買ったんですけども、その後にホアキン・フェニックスは次々と『ザ・マスター』とか『ゴールデン・リバー』とか、へんてこな、頭がどうかしちゃいました系の、頭がどこか遠くに行ってしまいました系の演技を連発するんですよ。で、「すげえ、すげえ!」って。「ホアキン、やっぱりおかしいな」って思っていたら、『ジョーカー』なんですよ。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)ものすごく長い振り(笑)。

(赤江珠緒)長い役作りみたいな?(笑)。

(町山智浩)ものすごく長い役作り(笑)。全てが伏線だったのか?っていうね。ものすごいことをやっているなって思いましたね。

(山里亮太)集大成だ、本当に。

(町山智浩)集大成ですよ。だから、この映画がすごいのは、このジョーカーがトークショーに出るんですよ。

(赤江珠緒)ジョーカーが?

(町山智浩)この『ジョーカー』という映画の中でジョーカーはトークショーに出るんですよ。それまでが前振りだった。ホアキンがトークショーでやらかしたのも前振りだったんですよ。だからどっちが先なのか、わからないけども(笑)。で、そのトークショーの司会者がロバート・デ・ニーロなんですね。で、ロバート・デ・ニーロは昔、トークショーの司会者に……トークショーの司会者っていうのはコメディアンがやるんですけども。その司会者に憧れたスタンダップコメディアンがトークショーの司会者を誘拐して「テレビに出させろ!」って言うという映画がありまして。『キング・オブ・コメディ』っていう映画なんですけども。

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(町山智浩)キングオブコメディっていうお笑いのグループがいたじゃないですか。それはそこから取っているんですね。キング・オブ・コメディになりたい男がいちばんのトークショーの司会者……だからタモリさんみたいな人を誘拐して「俺をテレビに出させろ!」っていう『キング・オブ・コメディ』っていう映画があったんですよ。それの「出させろ!」っていう売れないコメディアンの役をやっていたのがロバート・デ・ニーロで。それが今回の『ジョーカー』ではトークショーの司会者の超売れっ子コメディアン。

(赤江珠緒)アハハハハハハッ! ああ、そうなんだ。へー!

(町山智浩)で、そいつに向かって「俺はコメディアンになりたいんだ!」って言っているのがジョーカーという……ものすごく複雑なことをやっていて。自分でも言っているうちになにがなんだかわからなくなるぐらい複雑なことをやっていて。この『ジョーカー』っていう物語自体が非常に悪質なジョークのような映画になっているんですよ。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)それもすごいと思いますよ。で、とにかく悲惨なんですね。このホアキン扮するジョーカーの半生というのは。で、その中でもみんなを笑わせようと思っていたんですけども、突然もう限界に達して彼はキレルンですよ。「これは限界だ!」っていうところで。それで、ジョーカーとして生まれ変わるんですよ。もう全てをお笑いのめす。その時に彼が言うセリフというのが「俺は俺の人生をずっと悲劇だと思っていたよ。でもいま、気がついたんだ。これは傍から見れば喜劇なんだよな」って言うんですね。

(赤江珠緒)切ない言葉ですね……。

近くから見れば悲劇でも、遠くから見れば喜劇になる

(町山智浩)切ない言葉なんだけども、このセリフはあの喜劇王チャップリンの言葉が元になっているんですよ。チャップリンは昔、言ったんですよ。同じことでも、クローズアップでその人の顔を撮ると、それは悲劇になるんだって。たとえば、バナナの皮で滑って転ぶというのは、その本人の顔を撮影すると痛そうで泣いてて惨めで……それは、悲劇でしょう? 自分でも失敗すると本当に悲しいじゃないですか。本当に泣きたくなる時があるじゃないですか。でも、それを遠くから撮影するとお笑いなんですよ。その人の心はわからないから。「ああ、滑って転んでやがる。バカでー!」ってなる。チャップリンは「同じ人生をクローズアップで撮れば、近くでその人の心がわかるように撮れば悲劇だし、遠くから笑いものすれば喜劇なんだ」って言ったですよ。

(赤江珠緒)はー! それはその通りだ。

(町山智浩)それはね、チャップリンの『モダン・タイムス』っていう映画があるんですよ。で、いま流れている音楽がこれ、マイケル・ジャクソンの『Smile』っていう歌なんですけども。これは『モダン・タイムス』っていうチャップリンの映画で彼が作曲した曲に歌詞を載せてるんですね。

(町山智浩)それは「辛い時こそ笑おうよ、スマイルしようよ」っていう歌なんですけども。その『モダン・タイムス』っていう映画はタイトルは「近代社会」っていう意味なんですけども。もう貧困層の労働者であるチャップリンがいろんな仕事をするんですよ。工場で働いたり、もういろんな仕事をするんですけど、何をやってもうまくいかないんですよ。

で、全ての仕事が最低賃金の仕事だから、とにかく機械のように働かされさせられて、クリエイティビティも何もない。ただただ黙々と働く、もう本当にどん底の仕事をやっていく中で、それでどんどんどんどんうまくいかなくて追い詰められていって。それでチャップリンは精神が壊れちゃうっていう話なんですよ。それを聞くと、完全な悲劇じゃないですか。いまの格差社会にも通じる。ところがチャップリンはそれをコメディとして描いているんですよ。

(山里亮太)引で見ると……。

(町山智浩)そう! チャップリンのすごさはものすごく恐ろしくて悲しい話を喜劇にしたっていうことなんですよ。で、それがこの『ジョーカー』という映画の元になっているんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ!

(町山智浩)それを喜劇ではなく、悲劇として見ている。

(赤江珠緒)今度は悲劇として。これ、でも見ている人としてはね、ジョーカーっていう最悪の犯罪者の心理をそこまで、中まで入り込んじゃった場合、どうしたらいいんだ?っていう……。

(町山智浩)ジョーカーに一体化するんですよ!

(赤江珠緒)へーっ!

(町山智浩)顔にメイクをして……。

(赤江珠緒)しているのは町山さんですけども(笑)。

(町山智浩)全てのものを笑い飛ばすんですよ。「この世はジョークだ!」って。

(山里亮太)でも、こういう上映会、ありそう。ジョーカーメイクの。

(町山智浩)そういう怖い話なんですよ。あまりにも世の中がひどいから、もう怒っている場合じゃない。もう笑うしかないよ。この世の中はみんなひどいじゃないか。金持ちが威張っていて、貧乏人は消費税を払わされて。企業の法人税は安くて。こんなの、笑い事でしょう? そういう人たち、政治家をみんなが選んで、消費税を払って……こんなの、笑い事ですよ。「アハハハハハハッ!」って笑うしかないんだよっていうね。

(赤江珠緒)うわーっ、この心理たるや……。

(町山智浩)だからまさにこの10月の消費税増税に突入する時にこそぴったりの映画ですよ。『ジョーカー』は。この世の中は笑い事ですよ! お笑いですよ! もう世界中で起こっている格差社会のことですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうか。喜劇と悲劇。世界中のね。表裏一体というところも。

(町山智浩)そう。「もうみんな仕事なんか辞めてね、メイクをして爆弾とか持ってジョーカーになった方がいいよ!」っていう映画ですから。だから危険な映画なんですよ、これは!

(赤江珠緒)そうですか。

(山里亮太)ジョーカーに感情移入するとは思わなかった。

(町山智浩)ものすごい危険な映画なんですよ。だからアカデミー賞を取るかどうかわからない。危険すぎて。「みんな、ジョーカーになろうぜ!」っていう映画だから。超ヤバい映画。

(赤江珠緒)10月4日公開です。どういうことになりますかね。

『ジョーカー』予告編

(山里亮太)見るな。次、町山さんに会う時に俺は真っ白な顔で会うからな。お笑い芸人だから。

(赤江珠緒)すぐに染まっていく可能性、あるもんね。

(町山智浩)本当は悲しい話なんですよ。クローズアップで見るとピエロの目のところにはちっちゃく涙が描いてあるんですよ。「Tears of Clown」っていうんですけどね。でも近くにいかなければその涙は見ることはできないんですよ。「道化師の涙」。

(赤江珠緒)ということで町山さん、ありがとうございました。

<書き起こしおわり>

町山智浩 ブルース・スプリングスティーンの歌詞の世界を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『アフター6ジャンクション』に出演。宇多丸さん、駒田健吾さんとブルース・スプリングスティーンの歌詞の世界を紹介していました。

(宇多丸)ここからは特集コーナー、ビヨンド・ザ・カルチャー。早速ですがまずはこの曲をお聞きください。アメリカのロックミュージシャン、ブルース・スプリングスティーン、1984年の大ヒット曲『Born in the U.S.A.』。

Bruce Springsteen『Born in the U.S.A.』

(宇多丸)はい。みなさん一度は何かしらの形で耳にしたことがあるはずだと思いますけども。ブルース・スプリングスティーンで『Born in the U.S.A.』を聞いていただいております。まず、町山さん。本日はなぜ、このブルース・スプリングスティーン特集をやろうと思ったんですか?

(町山智浩)はい。今日は「ボス」ことブルース・スプリングスティーンが70年前に生まれた日なんですよ。

(宇多丸)ああ、誕生日なんだ。おお、おめでとうございます、ボス! ああ、そうですか。

(町山智浩)そうなんですよ。それと、アメリカとイギリスの方で『ブラインデッド・バイ・ザ・ライト(Blinded by the Light)』というタイトルのブルース・スプリングスティーンに衝撃を受けてジャーナリストを目指した実在の人物の伝記映画が公開されまして。それで非常に感動したのが理由で。ただ、ブルース・スプリングスティーンの歌って相当誤解されてるので。今日はですね、「本当は怖いブルース・スプリングスティーンの歌詞の世界」というのを話させてほしいなと。

(宇多丸)「怖い」まで言っちゃいますか? ある意味、誤解された曲の代表格がいま流れている『Born in the U.S.A.』みたいなところもあると思いますが。この解説とかは後にしますか?

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(町山智浩)これ、曲を聞いてまず普通にどう思います? 曲だけを聞いて。

(宇多丸)曲調とかで……僕、なにも歌詞の意味とかわからなかった時は普通に「アメリカ賛歌なのかな?」って。しかも、その後にレーガン政権のテーマ曲的に使われたりとかいろいろとしていて。そんな感じで翼賛的な感じなのかな?って。最初のイメージでは思いましたけどね。

(町山智浩)でもね、歌詞は全然違って。こういう歌詞なんですよ。「俺は死んだような街に生まれ落ち、歩き方を覚えてすぐに蹴り倒されて犬みたいに這いつくばらされて。そこからずっと立ち直ろうとするだけの人生なんだよ」っていう歌なんですよ。もう全然、地獄のような歌なんですよ。

(宇多丸)うんうん。

(町山智浩)それで、「俺は故郷のちっちゃな街でちょっとしたことをやらかしちまって、ライフルを持たされて、知らない国に送り出された。黄色人種を殺すためにね」っていうね。で、これはベトナム戦争のことですよね。

(宇多丸)うん。

(町山智浩)ブルース・スプリングスティーン自身はベトナム戦争には行っていないんですね。バイクでこの人、10代の時のコケて。脳挫傷をちょっとしてしまって、それで徴兵検査に落ちてるんですけども。でも、周りはみんなベトナム戦争に行ったんですね。この人はこの歌詞に出てくるような非常に貧しい、ニュージャージーの工場を中心とした労働者の街に生まれ育って。

そこの人たちの多くがベトナム戦争に行って死んだり、その後に帰ってきて仕事がなかったというものを見てきて。それをそのままを歌ってる歌がこの『Born in the U.S.A.』なんですよ。だからこの後、ベトナム戦争から帰ってきたこの歌の主人公は、「就職しようと思ってもなかなか就職先がない。俺は刑務所に入ったり、工場から追われたり、道路工事で日に焼かれながら10年もさまよってきたけれども、どこにも逃げ場なんかないんだ」という。

そこで「Born in the U.S.A」っていう風に言うので、これは「アメリカに生まれたぜ、イエーイ!」じゃなくて、「アメリカに生まれたのに……」っていう。「俺、アメリカに生まれたのになんでこんな苦労してるの……?」っていう歌なんですよ。それをなんか全然……そういう歌詞だっていうのは聞けばわかるんですけども。

(宇多丸)そのアイロニーの部分というのがあるのに。

(町山智浩)あるのに、レーガン大統領はその時、これは1984年なんで再選の大統領選挙の時にこの歌を自分のキャンペーンソングとして流してたんですよ。歌詞を聞けばわかるのに、なぜ流す?(笑)。

(宇多丸)そうですよね。日本人が歌詞がわかんなくて間違っちゃうんじゃなくて、別にだって1番、2番……って続くのに、よくもまあいけしゃあしゃあと。

(町山智浩)だから、みんなそうなんですよ。トランプ大統領が前からずっと選挙キャンペーンで流してる曲はローリング・ストーンズの『悪魔を憐れむ歌(Sympathy For The Devil)』なんですよ。

(宇多丸)逆にでも……(笑)。

(町山智浩)「私を紹介させてもらおう。私の名前、わかるかな? 私はサタンだよ」っていう歌をトランプはいまでも流しているんですよ(笑)。

(宇多丸)こっちから見ると「ぴったりだよ!」っていう感じもするけどさ(笑)。

(町山智浩)「抜群の選曲!」とか思うけども。なぜそれを流しているんだ?って。そしてその支持者たちはそれを聞いて乗っているのか?っていう。

(宇多丸)だからアメリカであっても、歌詞の内容を本当は聞けばわかる人たちであっても、そこを流しちゃっていることも多いんだと?

(町山智浩)そうなんですよ。だからその典型的なものがブルース・スプリングスティーンで。いまもだからアメリカンロックとかアメリカ愛国主義みたいなものと結び付けられて考えられてるんですけども、実は怖い歌詞が多いんですよ。

(宇多丸)これ、ブルース・スプリングスティーン自身はそのレーガンのキャンペーンの時は当然、その自分の曲がそんな意図に反する感じで使われて……って?

(町山智浩)抗議しました。反対したんですよ。でも反対しても、その後も何度もいろんなところで使われたりしているんですけどね。はい。

(宇多丸)なるほど。というわけでこんな感じで今夜は町山さんの解説でブルース・スプリングスティーンの歌詞の世界へ迫っていきます。

(中略)

(宇多丸)さあ、今夜の特集は駒田健吾アナ、『Kakiiin』や『Fine music』などの音楽番組も担当されているということで。音楽もお好きな駒田アナにぴったりの特集です。アメリカロック界のリビング・レジェンド、ザ・ボスことブルース・スプリングスティーンの歌詞の世界特集です。

(駒田健吾)解説をしていただくのはTBSラジオたまむすび火曜日でもおなじみ、映画評論家の町山智浩さんです。改めてよろしくお願いします。

(町山智浩)よろしくお願いします。

(宇多丸)町山さん、なんだかんだでこのアフター6ジャンクションでは意外と音楽特集が多くなっていますね。

(町山智浩)これ、曲がかけられるからね。

(宇多丸)やっぱりラジオ向きっていうのもありますしね。まあ、映画に絡めての音楽特集というか。この番組でもライブを披露してくれた頭脳警察特集。これ、最高でした。

町山智浩 頭脳警察・PANTAを語る
町山智浩さんがTBSラジオ『アフター6ジャンクション』に出演。宇多丸さんと頭脳警察とPANTAさんについて話していました。

(駒田健吾)聞きたかったな、これ!

(町山智浩)頭脳警察、新譜も出ましたからね。

(宇多丸)あとは、惜しくも亡くなられてしまいましたけども。スターリンの遠藤ミチロウさんの特集であるとか。

町山智浩 ザ・スターリン 遠藤ミチロウを語る
町山智浩さんがTBSラジオ『アフター6ジャンクション』に出演。ザ・スターリンと遠藤ミチロウさんについて、宇多丸さんと話していました。

(宇多丸)前回は6月3日ですね。映画『ロケットマン』公開記念エルトン・ジョンの歌詞特集。あれもやっぱり聞くのと聞かないのじゃ全然話が違ってくるというね。

町山智浩 エルトン・ジョンの歌詞と映画『ロケットマン』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中でエルトン・ジョンの自伝映画『ロケットマン』とエルトン・ジョン楽曲の歌詞について話していました。

(町山智浩)やっぱり曲を流せるというのはラジオの本当に良さですよね。

(宇多丸)まあ、町山さんの歌詞特集、最高ですからね。ということで、改めてブルース・スプリングスティーンの歌詞特集ということで。その『ブラインデッド・バイ・ザ・ライト』という映画が、これはサンダンス映画祭とかでも上映されて評価が高いという。町山さんはどちらでご覧になったんですか?

(町山智浩)これ、アメリカで見ました。イギリス映画なんですけどね。

(宇多丸)もうアメリカで公開されていて。日本だといつ公開なんですか?

(町山智浩)来年公開らしいですよ。

(宇多丸)じゃあ、結構あるんだ。あらためて、どんなお話なんですか?

『ブラインデッド・バイ・ザ・ライト』

(町山智浩)これね、『ベッカムに恋して』っていう映画、あったじゃないですか。あの映画ってパキスタン系イギリス人の女性監督(グリンダ・チャーダ)の作品で。あの人が『ブラインデッド・バイ・ザ・ライト』も監督しているんですよ。で、これもやっぱり主人公はパキスタン系なんですよ。『ベッカムに恋して』はインド系だっけ?

(宇多丸)そうですね。主人公の女の子が。キーラ・ナイトレイとメインの女の子がね……。

(町山智浩)で、これは主人公が1987年に高校生だったパキスタン移民の男の子で。これ、実在の人物でね、サルフラズ・マンゾア(Sarfraz Manzoor)っていうイギリスのジャーナリストなんですよ。で、彼が工場をばっかりの労働者の街で。また父親がパキスタン系だからイスラム教の父権社会的で。それで、本当に打ちひしがれながら夢も希望もない青春時代を送っている時にブルース・スプリングスティーンの歌を聞いて。その歌詞が自分にぴったりだと思ったんですね。

(町山智浩)すごく変なことで。これ、この人自身はイギリスに育っているパキスタン系の人なのに、アメリカのニュージャージーに育ったブルース・スプリングスティーンの歌に自分を見出すんですよ。これは面白いなって思ってね。最近ね、インド系の人のロック映画っていうのが増えてきているんですよ。だから『イエスタデイ』っていう映画が今度公開されますけども。

(宇多丸)はい。ビートルズがもしいなかったらっていうやつですね。

町山智浩 映画『イエスタデイ』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『イエスタデイ』を紹介していました。

(町山智浩)あれも主人公はインド系なんですよね。あと『ガリーボーイ(Gully Boy)』って見た?

(宇多丸)僕はまだ見ていないんですけども。非常に評判は聞いています。ラッパーの。

(町山智浩)ラッパーのね。で、アメリカのラップミュージックに影響されたインドの少年がラップをやるっていう。

(宇多丸)すごい評判は聞いています。

(町山智浩)だからインドのロック映画みたいなのがすごく続けて出てきているんですけども。ただ、この『ブラインデッド・バイ・ザ・ライト』の主人公はロックミュージシャンにはなろうとしなくて、物書きになっていくんですよ。それは彼はブルース・スプリングスティーンの音楽よりも歌詞に感動したんですよね。

(宇多丸)その歌詞の中のジャーナリズム性というか。

(町山智浩)そうそう。だから、いかにその歌詞が非常に詩的であって、同時にジャーナリスティックであるかっていうことがこの映画の中でも描かれるんですけども。そういったことをちょっと解説したいなと思いました。

(宇多丸)ということで、ある意味ブルース・スプリングスティーン……俺とかすぐにモノマネでね、「ボーン、インザッ♪」とか「ウィ・アー・ザッ♪」とかさ(笑)。

(町山智浩)ものすごい力の入った血管の切れそうな感じじゃないですか(笑)。

(宇多丸)中学の時からそればっかりやっていて(笑)。「ウィ・アー・ザッ♪」しかやってないけども。そういうイメージだけお持ちの方にこそお聞きいただきたい。

(町山智浩)『We Are The World』のあのマイケル・ジャクソンがすごく弱々しく歌うのと、ブルース・スプリングスティーンの血管切れそうなののものすごいコントラストなんですよ(笑)。

(宇多丸)フフフ、いろんなコントラストの人が出てくるからやっぱり『We Are The World』は最高なんだけど(笑)。

(町山智浩)めっちゃおかしいんですよ。『We Are The World』って(笑)。

(宇多丸)ということで、町山さんの解説でブルース・スプリングスティーンの歌詞の世界に迫ります。

山里亮太『宮本から君へ』の感想を語る

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山里亮太さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で妻である蒼井優さんが主演している映画『宮本から君へ』の感想を町山智浩さんらと話していました。

(山里亮太)町山さん!

(町山智浩)あ、映画見たって?

(山里亮太)見ましたよ。『宮本から君へ』!

(町山智浩)どうでしたか?

(山里亮太)めちゃくちゃ面白かったです! いや、本当最初に心配してたことは何もなく、ただ単にもう映画に集中できまして。いやー、あれすごいですね。たしかにあの熱量は。

(町山智浩)すごい映画ですよね?

(山里亮太)すごい映画でした。本当に……「面白い」っていうだけで片付けられない。こういう時、町山さん。どうやって紹介したらいいもんですかね?

(町山智浩)ピエール瀧の息子と戦う勇気があるか?っていう問題ですね。

(山里亮太)無理です。馬淵拓馬、とんでもないやつです!

(町山智浩)とんでもないモンスターですからね。

(山里亮太)いや、今回いろんな壁と戦うんですよね。どでかい。その試練がね……でもあれ、よかった。見てきてよかったですよ、町山さん。でも本当、途中から何も気にせずに普通に「ああ、靖子と宮本、こんな感じか」っていう。

(町山智浩)あの、ほら道端で……これはネタバレじゃないと思うんですけども。プロポーズするじゃないですか。あそこ、泣けるね……。

(山里亮太)泣ける! あれ、いいんですよね。男の勝手なんですけど。ねえ。

(町山智浩)そうそう(笑)。

(山里亮太)あの言葉と、あの時に受ける靖子の顔とか……あれ、町山さん。見る前と見た後だと、あのポスターの感じ方もちょっと変わってくるというか。

(町山智浩)ああ、そうですね!

(山里亮太)ねえ。見終わった後だとポスターがすごい、一気に変わるのよ。

映画を見終わった後、ポスターの印象が変わる

(赤江珠緒)へー。映画館に貼ってあるポスターが?

(山里亮太)2人がめちゃめちゃいい笑顔なのよ。

(赤江珠緒)じゃあ見る前に見ておいて、それからまた終わった後でもう2回、見直すと。

(山里亮太)あとはもう本当、新井先生の言葉の1個1個がすごいですね。

(町山智浩)すごいですよ。新井先生は本当に言葉をものすごい大切にするんですけども。その、滅多にしゃべらない彼が搾り出す言葉っていうのは本当にキラキラと輝いてるんですよ。

(赤江珠緒)滅多に喋らないんですか?

(町山智浩)しゃべるのが好きじゃない人なんですよ。言葉を信じないんですよ。ゲンコツとかしか信じない人でめんどくさいんですけども(笑)。

(赤江珠緒)アハハハハハハハッ! ああ、そういうタイプ?

(山里亮太)その言葉をすごい作った監督も大事にしているから。出し方とか再現とかがもうむちゃくちゃ刺さる。最後の宮本さんの歌もいいですしね。

(町山智浩)最後のエレカシの歌もいいんですよ!

(山里亮太)『Do you remember?』がめっちゃ。

(赤江珠緒)フフフ、山ちゃんも町山さんも堪能しているな! そうですか。

(町山智浩)いや、本当に素晴らしい女優さんを奥さんにもらって。本当によかったですね!

(山里亮太)ありがたいです。本当に。我ながらすげえと思いました。

(赤江珠緒)そうか。誇らしいね。そうですね。うん。

(山里亮太)ぜひちょっとこれもご覧いただければと思います。公開中です。

(町山智浩)あの、池松壮亮くんのお尻も丸見えですから。

(山里亮太)丸見えです!

(赤江珠緒)フフフ、足さなくていいのよ。いま、きれいに締まったんだから。町山さん!

(山里亮太)みなさんに情報として。

(町山智浩)池松くんはでも他の映画でもいっぱいお尻を見せているんでね。そんなに珍しくないというか。結構尻見せですけどもね。

(山里亮太)『ついでにとんちんかん』じゃないですから!

(赤江珠緒)フフフ(笑)。

<書き起こしおわり>

町山智浩と山里亮太『惡の華』『宮本から君へ』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』に出演。赤江珠緒さん、山里亮太さんと映画『惡の華』と蒼井優さんが出演している映画『宮本から君へ』について話していました。

町山智浩 ケン・ローチ監督作品『家族を想うとき』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でケン・ローチ監督の映画『家族を想うとき』を紹介していました。

(町山智浩)で、今日はちょっとすごい強烈な映画を見まして。僕、強烈な映画ばかり見ていますけども(笑)。『家族を想うとき』というタイトルのイギリス映画についてお話しします。

(山里亮太)タイトル、優しそうですけどね。

(町山智浩)これね、『家族を想うとき』というタイトルで、日本版のポスターを見るとお父さんとお母さんと高校生ぐらいの息子と小学生の娘で仲良く立っているんでね。幸せそうな映画に見えますよね?

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)それで宣伝コピーがね、「毎日、抱きしめて。」っていう風についてるんで。ほのぼのファミリー映画かと思いましたけども、とんでもない間違いですね。地獄のような映画でした。

(赤江珠緒)ええっ、これで?

(町山智浩)はい。これね、原題は『Sorry We Missed You』っていうタイトルで、これは「残念ながらご不在でした」っていう意味なんですよ。これ、宅配便の人が家に来た時に不在の時にドアに貼っていくステッカーです。

(赤江珠緒)ああーっ!

(山里亮太)えっ、それが本当のタイトルなんですか?

(町山智浩)本当のタイトルです。この映画はイギリスの宅配業者になったお父さんの話なんです。でも日本の宣伝には宅配の「た」の字もついてないんですけど。で、これはイギリスのニューキャッスルというスコットランドに近いところ田舎、地方の街が舞台でですね。主人公はリッキーという40ぐらいの男性で高校生の息子と小学生の娘と奥さんがいるんですけど。宅配業者になろうとして、就職試験を受けに行くんですね。そしたら「もううちは社員は雇わないんだ」と言われんですよ。その宅配業者に。「ただ、個人事業主として君と契約することはできる」って言われるんですよ。

(山里亮太)うん?

(町山智浩)「デリバリープロバイダとして契約する」と言われるんですよ。

(赤江珠緒)ああ、正規ではなくて?

(町山智浩)そうなんです。いま、世界中の宅配業者がそうなっているんですよ。そうなりつつあってですね、社員に自分の会社の車を運転させて配達をさせるんじゃなくて、自分で車を持ってきた人と契約をして、その個人の宅配業者との契約で……雇用関係ではなくて、業者と業者同士の契約という関係で宅配業者を雇うんですよ。

(赤江珠緒)下請けみたいな感じですか?

(町山智浩)下請けみたいになるんです。たった1人だけど。で、車は自分持ち。ないしは、その会社がリースする場合もあります。で、それを仕方がないから。仕事がないからそのリッキーさんはその契約をするんですね。それでまず、車がないんですよ。バンがないんで、そのバンを買うために奥さんが使っている車を売って、バンを買います。で、この奥さんは自宅訪問の介護の仕事をしています。だから車がなくなっちゃうとバスで移動するんで、介護も大変になっちゃうんですね。でもしょうがないからその車を売って、バンを買って行くんですけれども。いま、こういった形の雇用が世界的に流行ってるんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)これは宅配ですけども、宅配以外ではウーバー(Uber)とかリフト(Lyft)と言われるタクシーがそうですね。日本にはまだあまり入ってきてないんですけど、昔は白タクって言われたんですが。いま、アメリカとかカナダとか日本以外の多くの国ではウーバーとかリフトと言われるサービスで、普通の人が普段乗ってる乗用車で暇な時にタクシーをやるという形になってますよね。あとはいわゆる民泊。これもエアビーアンドビー(Airbnb)というサービスが日本以外では浸透していて。自宅の部屋の一部とかを民宿として貸し出すというのが流行ってます。

(赤江珠緒)そうですね。

世界で流行する「ギグ・エコノミー」

(町山智浩)こういうのをね、ギグ・エコノミーって言うんですよ。「ギグ」って、ちっちゃいコンサートのことをギグって言うんですね。だからあれでセッションするミュージシャンみたいにその場その場でパッと集まって、パパッとセッションしてその後に解散するという、会社の普通の雇用にとらわれない、働きたい時だけ働いて……っていう仕事のあり方みたいなものをギグ・エコノミーと呼んでいて。これを流行らせようとしているんですね。かなりいろんな業種が。

(赤江珠緒)これ……自由なようで、ちょっとこれいろいろと問題がありそうですね。

(町山智浩)いろいろ問題があるんです。たとえばこれは「暇な時にやる」っていうことだったらわかるんですけど、このリッキーさんは暇なわけじゃなくて、他に仕事がなくて。フルタイムで働くんですよね。で、本当は社員になりたいのに「社員としては雇わない」って言われてるから、仕方なくそういう形になってるんですが。実際はそういう人たちが多いんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)実際はフルタイムで働きたくて、正式な社員になりたいけどそれでは雇ってくれないから……っていう場合が多いんですね。というのはね、正式な社員として取ったら大変なことになるからなんですよ。

(赤江珠緒)雇い主の方がいろいろと負担しなきゃいけないから?

(町山智浩)負担が巨大だから。昔、佐川急便がそれをやっていて。一生懸命頑張れば月50万円とか収入があるっていう時代がありましたよね。30年ぐらい前ですけど。それで僕の友達の作家の平山夢明さんも作家として売れる前は佐川急便で死ぬほど働いて、金を貯めて小説家になったですけどね。でも、そういうことがいまはできないんですよ。それをやると、会社が潰れちゃうんで。大変だから。あまりにも量が多いから。だから、こういう形で、いくら頑張っても変わらない、昇給とかがないっていう制度にしてるんですね。

(赤江珠緒)うわあ……。

(町山智浩)というのはAmazonとか、Amazonだけじゃないですけども、宅配の量って2016年には日本だけで40億個と言われているんですよ。2020年にはそれが60億個まで膨らむと言われているんで、普通に社員として雇ったんじゃ配達できないんですよ。そういうことで、全世界がそういう形の形態になってきているんですね。それでリッキーさん、働き始めるんですけど、これが大変なんですよ。まずね、「1日に最低でも100個運べ」って言われるんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。100個。はい。

(町山智浩)で、だいたいね、1個1個に配送単価というのがあって。それを運んだ量というのが自分の給料になるんですね。で、これはいろんなところにデータがあるんで、国によって違うんですが。僕は東洋経済とかいろんなので調べて、だいたいの配送単価が日本では1個150円ぐらいらしいんですよ。平均すると。それで1日に100個配達すれば15000円ですよね。それを週休2日ぐらいで……だから月に20日間ぐらい運べば30万円ぐらいになるんですよ。というような計算らしいんですよね。

(山里亮太)100個って……時間も限られているし、結構ね。

(赤江珠緒)場所もそれぞれ違いますしね。

(町山智浩)そうなんですよ。これね、このリッキーさん、まず働き始める前に空のペットボトルを渡されるんですよ。それで「なにこれ?」って言ったら、「トイレに行く暇なんかないからな。それでしろ!」って言われて。で、だいたい1日8時間でなんとか全て配ろうとすると、100個だからひとつ配るのにかけられる時間っていうのは5分弱なんですよ。

(赤江珠緒)うわっ!

(町山智浩)食事も休憩もなしで。で、その5分弱で前の配達場所から次の配達場所に移動して、車を停めて、マンションだったらエレベーターを上がって荷物を手渡しする。それを約5分弱でやらなきゃなんないんですよ。

(赤江珠緒)ええっ? もう無理な話じゃないですかね?

(町山智浩)そう。渋滞に巻き込まれたらアウトなんですよ。で、無理だから結局8時間では100個、配れないんですよ。だからもう全部配り終える頃には夜の8時ぐらいになっちゃう。それで、配りきれない場合もあるんですよ。さっき言ったみたいに不在の場合。いろんな理由で配りきれない場合、それは稼ぎにならないんですよ。

(赤江珠緒)ええっ!

厳しい配達ノルマとペナルティー

(町山智浩)ならない。あと、この映画の中でも出てくるんですけど、かならず届けるなきゃいけない便っていうのがあるらしいんですよ。日にちを指定されているい場合。で、それはもし配れなかった場合はペナルティーが取られます。お金が引かれちゃうんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ!

(町山智浩)それで必死で……たとえば週休2日で働いて30万円っていう稼ぎあるじゃないですか。でも、そこから経費が引かれるわけですよ。自分が働くのに使った経費をそこから引かなくちゃならない。まず車代、自動車保険料、ガソリン代、駐車料金。全部自分持ちなんですよ。これ、もう大変ですよ。

(山里亮太)それは制度としてちょっとおかしい……。

(町山智浩)おかしいですね。業者によってはそれをパックにして、100万円とかで。車1台でその月の自動車のリース料と保険料とかガソリン代とか、そういうのを全部パックで100万円でリースするっていうことをやってる業者もあります。

(山里亮太)お金を払って仕事しなきゃいけないんだ。

(町山智浩)お金を払って仕事をする。だから、そういうことをやっているとどうなってくるのか?っていうと、だんだん借金がたまっていくんですよ。

(赤江珠緒)えっ、そんなに働いてるのに?

(町山智浩)働いてるのに借金がたまっていくんですよ。これ、すごい話でね。これ、この映画『家族を想うとき』の監督はケン・ローチという人で。この人82歳なんですけども。ずっとそのイギリスの労働者階級が実際にどういう生活をしてるのかというのを映画に描いてきた人です。ほっておくとそういうのって描かれないじゃないですか。こういう人たちの生活は描かれないで、なんかチャラい人たちがチャラく恋愛をしていたり、あとはスーパーヒーローが飛んだりしてる映画ばっかりになっちゃうでしょう? あと、ギャングの映画とか。こういう人たちってなかなか映画に出てこないんですね。だから一生懸命ケン・ローチ監督はそういう普通の人たちの生活を描いてきてる人なんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)この人が前に撮った映画は『わたしは、ダニエル・ブレイク』というタイトルの映画で。これはダニエル・ブレイクという59歳の妻をなくしたおじさんがですね、心臓病で働けなくなるんですよ。で、生活保護を受けようとすると、「生活保護は一生懸命に就職活動をしたのに仕事につけなかった人にしか支払われないから、就職活動をしろ!」って言われるんですよ。ところが、就職活動をすると「心臓病があるから働けない」って言うと「そんなの、就職できないんだから就職活動にはならないよ」って言われるんですよ。

(赤江珠緒)ええっ? でも、手がないじゃないですか。

(町山智浩)そう。だからどこにも行けなくて全然お金がもらえないままどんどんどんどん体が悪くなって貧困に落ちていくんですよ。それが『わたしは、ダニエル・ブレイク』という映画だったんですけど。これはかなりの衝撃を世界に与えたんですけどね。

『わたしは、ダニエル・ブレイク』

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(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、この『家族を想うとき』という映画も実話を元にしていまして。これは2018年1月4日にイギリスでドン・レーンという名前の53歳の宅配配達員が亡くなったんですよ。で、レーンさんはね、糖尿病になっちゃうんですね。この映画のリッキーは違うんですけども。で、このレーンさんはそのイギリスの宅配業者の最大手のDPDっていうところで働いていたんですけども、糖尿病で配達の途中、運転中に意識を失って事故になりそうになったんですね。

で、病院に行ったんですけど、そこで検査を受けて治療を受けてたんで、その日は配達を休んじゃったんですよ。それもちゃんと「病院に行くから」って告知をしてたんですけど。ところが、その宅配会社の方は彼に約2万円の罰金を科したんですね。それがあったんで、彼はもうこれ以上罰金を重ねたくないっていうことで、その後に必死で働いて、病院で治療を受けなかったんですよ。それで、死亡しました。

(赤江珠緒)ええーっ!

(町山智浩)それで、これがイギリスで大問題になったので、この家族に取材をしてこの映画をケン・ローチ監督が作ったんですね。これでわかることは、こういったギグ・エコノミーをやっている会社側っていうのはとにかくリスクを背負いたくないんですよ。だからこういうのって労災の問題になっちゃうじゃないですか。でも、労災とかいろんな形で労働者の権利だったりをいろんな形で保護するのは、雇用者・使用者にしかその義務はないんですよね。

(赤江珠緒)こういう事故や病気とか、そういうのも責任を取らないということですか。

(町山智浩)取らないわけです。つまり、この業務においては彼は個人事業主として、言わば一種の経営者として契約してるわけだから。彼自身の健康を管理するのは彼しかいないんですよ。

(赤江珠緒)うわあ……これはもう雇用主の方だけが圧倒的有利みたいなね。

(町山智浩)そう。だって会社は別の会社と契約して、その別の会社の社員の健康には責任はないでしょう? だからこういう形で個人事業主との契約ということに全世界の会社が少しずつ少しずつ変わっていってるんですよ。

(赤江珠緒)これはよくないな……。

(町山智浩)そう。で、働く側は全て自己責任。だからこの死亡した件に関しても裁判に持っていくって言ってますけれども、その業者の側を責める根拠みたいなものは法的にはないんですよ。

(山里亮太)そうか。そういうところを上手いこと使っているな。

(町山智浩)でもこれ、日本でも個人事業主に全部していこうという動きはすごくあるんですよ。で、これで「働けば働くほど儲かる」って言われても、さっきのような状況だと本当にその週休0日で必死に働いてやっと40万円を超えるとか、そういう世界ですよね? でも上辺だけでは「そうやって金を稼げば車を増やして、あなた自身が新しい宅配会社として独立できるんですよ!」みたいなことを売りにしてるんですけども。それは不可能に近いんですよ。数字的にね。しかも、トラッキング(追跡)をするマシーンを持たされるんですよ。で、どのくらいの効率で配ってるか、本部に全部チェックされんですよ。GPSがついていて。で、「お前、休んだだろう?」とか「メシ食っただろう?」みたいなことを責められるんですよ。「だから遅いんだよ!」って。

(赤江珠緒)これ、タイトルの『家族を想うとき』だとどんなに優しい映画がかと思ったら、めちゃくちゃでしたね。

(町山智浩)この映画、『家族を想うとき』なんて全くないんです。この映画の中では。家族を想えないんですよ。2人とも……奥さんの方も介護に歩いていくから大変なんで、家に帰ることができなくて。それで子供たちは放ったらかしになって「スーパーで買った冷凍食品を勝手に食べて!」みたいな状況になるんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ!

(町山智浩)で、親子の会話、家族の会話がほとんどなくなっていくんですよ。そうすると、お兄ちゃんの方はグレてしまって。万引きとかをして。で、娘の方は親があまり構わないもんだから精神がおかしくなっていって、不眠症とか夜尿症になっていくんですよ。

(赤江珠緒)悪循環ですね!

(町山智浩)もう最悪なんですよ。で、ペナルティーをどんどん科されていくもんだから借金がかさんでいって、お父さんは全く休めなくなるんですけども。で、そうなるといちばん怖いのは、事故ですよね。で、これ普通、人が働くと労働時間っていうのはあまり長くしてはいけないんですよね。法定労働時間とかがありますから。でもこれはもう関係ないんですよ。ノルマを果たさなきゃいけないから、いくらでも働くんですよ。で、成績が悪いといつ解雇されるかわからない。

(山里亮太)で、さらに悪いことがあったら自己責任という……。

(赤江珠緒)日本でもなんかもう「終身雇用は古いんだ!」みたいな風潮がちょっと強まったりしましたけども。でも、社員は消費者でもありますもんね。社員がちゃんと生活が成り立ってないと、自分たちが作ったものも世の中で売れていかないですよね。

(町山智浩)いまにそうなりますよ。だからこうやって労働者を搾取し続けると、おっしゃった通り、みんな貧しくなって消費をする人もいなくなりますよ。大変なことになるなと思いますね。

(山里亮太)ねえ。全然いま、日本でも起こっていることなわけですよね。この状況は。

日本でも起こりつつあること

(町山智浩)そうなんです。普通、病気の場合は病欠ができるようになっているじゃないですか。会社の場合は。でも、この場合はできないんですよ。業者として契約をしているから。もちろん、最低賃金も守られないし、労働時間の上限も守られないし、不当解雇もあるし。昇給・昇格はないし、福利厚生はゼロなんですよ。

(赤江珠緒)そうなると、経済はどんどん悪くなっていきますね。

(町山智浩)そう。だからいまに消費する人もいなくなるんだろうと思いますよ。だから企業の上の方の人たちで自分たちが儲けるつもりでいるけども、そのお客さんもいなくなっちゃうよ?

(赤江珠緒)そう。いなくなると想う。

(町山智浩)ねえ。というような、恐ろしい映画がこの『家族を想うとき』で。でも『家族を想うとき』じゃあ伝わらないよ!っていう。

(赤江珠緒)ねえ。原題の『残念ながらご不在でした』の方が伝わるけども。

(町山智浩)ねえ。もうちょっと映画会社、考えてほしいと思いました。でも、素晴らしい映画でした。これ、日本では12月に公開ですね?

(赤江珠緒)12月13日公開ということです。これはいろんな国で身につまされる……。

(山里亮太)日本もまさにそうですね。

(町山智浩)もう涙ボロボロでしたよ。

(赤江珠緒)わかりました。町山さん、ありがとうございました!

(山里亮太)ありがとうございました!

(町山智浩)どうもでした!

<書き起こしおわり>

町山智浩 是枝裕和『真実』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で是枝裕和監督、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の映画『真実』を紹介していました。

(町山智浩)今日はですね、フランス映画を紹介します。ただ、監督は日本の人です。是枝裕和監督の『真実』という映画について紹介します。音楽をどうぞ。

(町山智浩)はい。いま流れてる曲はですね、ご存知ですよね?

(赤江珠緒)はい。『シェルブールの雨傘』。

(町山智浩)ご覧になりました?

(赤江珠緒)いや、ちゃんと見たかな? 見ていないんですけど、曲だけ知っているのかもしれない。

(町山智浩)ああ、曲はみんな知っているっていう感じですね。これはこの『真実』という映画の主役のカトリーヌ・ドヌーヴさんがこの『シェルブールの雨傘』で世界的スターになったんですよ。1960年代ですけども。で、このカトリーヌ・ドヌーヴさんはおそらくいま現在、現役でやってる女優さんの世界最高峰にいる人だと思いますね。いまも、まあ長い現役の女優さん、世界中にいっぱいいますけども。いまも美人女優をやっている人はこの人だけじゃないかと。

(山里亮太)すごい!

(赤江珠緒)そうですよね。ずっとカトリーヌ・ドヌーヴっていますもんね。

(町山智浩)1943年生まれなんで現在75歳。だから吉永小百合さんも美人女優をずっとやっていますけども。カトリーヌ・ドヌーヴさんの方が歳上かな?

(赤江珠緒)いまでもやっぱり女性誌とかでね、なんかピックアップされたりしますもんね。カトリーヌ・ドヌーヴさん。

(町山智浩)それにはすごく理由があるんですよ。カトリーヌ・ドヌーヴという人は女優としてもすごかったんですけども、そのファッションアイコンとしてスターだったんですよ。あのね、1970年代、僕が子供だった頃なんですけども。この人は2つのビッグなメーカーのイメージモデルだったんですよ。ひとつはシャネルです。シャネル N°5っていう香水がありますよね? それのイメージモデルをずーっと10年以上やっていたんですよ。

(赤江珠緒)うわーっ、そうか!

(町山智浩)それともうひとつはイヴ・サンローラン。イヴ・サンローランというデザイナーが死ぬまでずっと、カトリーヌ・ドヌーヴはトップイメージモデルだったんです。だから、いまでもファッション誌とか女性誌にいっぱい出てくるんですよね。

(赤江珠緒)そうか。もうゴージャスな正統派美女といえば……みたいな方ですもんね。

(町山智浩)そうなんですよ。この人のためにイヴ・サンローランはいろんなドレスをデザインしたんで。イヴ・サンローランのミューズでもあったんですよね。で、もうひとつはこの人、その当時世界一の美人女優であったんですよ。この人の顔、見てみてくださいよ。カトリーヌ・ドヌーヴの。

(山里亮太)いや、昔の写真がいま、手元にありますけども。いや、きれい!

(町山智浩)もう全く欠陥がないんですよね。

(赤江珠緒)文句のつけようがない、「これぞ美女!」みたいなね。

(町山智浩)完全完璧なんですよ。だからそういう意味でもすごかったんですけども。でも演技もすごくてね。まず、その『シェルブールの雨傘』っていうのはすごい若い頃に撮られてるんですけども。これは最近の映画にも非常に影響を与えてる映画なんですよ。いちばん最近の映画だと『ラ・ラ・ランド』が『シェルブールの雨傘』の影響で作られているんですよね。これ、ミュージカルと言ってもすごい厳しいミュージカルなんですよ。シェルブールっていうのは実在の港町なんですけども。

そこで若い男女が出会って恋に落ちるんですけど、戦争が始まって。アルジェリア戦争っていう、フランスが植民地としてアフリカに持っていたアルジェリアが独立しようとしたんで、それをフランスが武力制圧に行くんですね。そこに彼氏の方が取られちゃって、それで2人が離れ離れになって。結局、結ばれないで終わっていくんですね。『シェルブールの雨傘』って。で、最後にそれぞれの人生を歩んでる2人が再会するところで終わるというね。

(山里亮太)ああ、そうだ。『ラ・ラ・ランド』と一緒だ。

(町山智浩)『ラ・ラ・ランド』なんですよ。

(赤江珠緒)悲恋なんですね。うん。

カトリーヌ・ドヌーヴ×是枝裕和

(町山智浩)そうなんですよ。だからそういうすごい切ない映画で、いま見てもすごいんですけども。そのカトリーヌ・ドヌーヴがこの75歳で、日本の監督の是枝監督の映画に出たっていうことで。これはすごいことなんですよね。というのは、カトリーヌ・ドヌーヴっていう人はね、さっき言ったみたいに世界中の有名な映画監督の映画に出てる人ですから。是枝監督に僕、この間トロント映画祭で会ってきたんですけど。やっぱりものすごく緊張したって言っていましたよ。

(赤江珠緒)それはそうですよね!

(町山智浩)ねえ。だって「世界中の超有名な巨匠と一緒に仕事してきた人からどういう風に自分は見られるだろう?」って思いますよね(笑)。

(山里亮太)あと是枝監督ってよく台本なしで口立てでセリフを説明したりとか……。その方法もやられたんですか?

(町山智浩)そこがポイントなんですけども、今回はシナリオをきっちりと書いてやっていたんですけども……カトリーヌ・ドヌーヴさんね、現場に入ってきた時にセリフ、全然入ってなかったそうです。

(赤江珠緒)ウソーッ! そんな感じなの?

(町山智浩)この人、現場で全然セリフ入ってないんだって。

(赤江珠緒)それで大丈夫?

(町山智浩)その場で掴むらしいんですよ。そこが天才っていうか、もうだってこの人は60年ぐらい女優をやっているんですよ。

(赤江珠緒)いや、それはそうだけど、とはいえ……。

(町山智浩)でもキャリア60年だから、もう現場に来たらパッと掴むらしいんですよ。「すごかった」って言ってましたね。でね、この『真実』っていう映画はカトリーヌ・ドヌーヴがそういうキャリア60年のフランスの大女優を演じるんです。

(赤江珠緒)じゃあ、割とそのまんま?

(町山智浩)そのまんまなんです。彼女のまんまの役なんですよ。で、役名はファビエンヌっていうんですけども。ファビエンヌってういのはカトリーヌ・ドヌーヴのミドルネームなんです。でね、是枝監督はこのシナリオを書く時に何度もカトリーヌ・ドヌーヴさんに会って、いろいろな質問をして、彼女の人生を全部聞いて、それをシナリオに反映させたらしいんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)だから本人なのか、役柄なのかが非常に曖昧な役なんですね。で、大女優なんですけど、その家に娘が帰って来るっていう話なんですよ。で、娘は女優を目指してたんだけども、母親の光が強すぎてフランスで上手くいかなくて。で、シナリオ作家になってアメリカに渡って暮らしてるという設定なんですね。演じるのはジュリエット・ビノシュさんです。もともとこれ、ジュリエット・ビノシュが企画した映画なんですね。

是枝監督に「一緒にやりましょうよ」っていう話で、「じゃあ……」ってやっているうちにできた話なんですけども。で、ジュリエット・ビノシュ扮する娘はニューヨークで結婚してて。相手はイーサン・ホークなんですけども。それで小さい娘がいて。それがカトリーヌ・ドヌーヴのいる実家に帰ってくるんですね。そこでまず最初に娘が何て言うかっていうと、「お母さん、最近自伝(回顧録)を出したでしょう? 読んだけど、嘘ばっかりじゃないの!」って言うんですよ。

(赤江珠緒)あらっ?

(町山智浩)そう。それで「あら、どこがおかしかったの?」って言うんですけど。「あなた、まるでいいお母さんみたいに書いてるけど、あなたはいいお母さんだったことなんて1回もないわよ!」っていう。

(赤江珠緒)フフフ(笑)。

(町山智浩)「子育ても何もしてないし。ほったらかしで。自分は女優ばっかりやってて。私はもうあなたに母親として優しくされたことなんて1回もないわ!」って言うんですよ。

(赤江珠緒)あら。

(町山智浩)「でも、おかしいわね?」みたいな話で。この話は『真実』っていう映画のタイトルがついてるんですけど。この女優さんが語る「真実」がどこまで真実なのか?っていう話なんですよね。

(赤江珠緒)うん。面白い。なるほど!

どこまでが真実なのか?

(町山智浩)彼女はとにかくその自伝の中で世界中のあらゆる映画俳優や監督たちのことを書きまくってるんですよ。で、この映画の中でも1回、実名を出しているんですね。「○○っていう監督は私に惚れていたわ」とか。「○○っていう俳優はダメで」みたいな話をいっぱいするんですけども。それは、嘘か本当かわからないんですよ。

(赤江珠緒)フフフ、そうですね(笑)。そうなると。

(町山智浩)で、たしかめようとしても、彼女が話題に出す人のほとんどが死んでいるんですよ。もうみんな、死んじゃっているんです。だから、わからないんで。そのへんが面白いんですよ。で、しかもこのカトリーヌ・ドヌーヴ扮するファビエンヌっていう人はものすごい毒舌なんです。絶対に何も褒めない。お茶とか出されても、かならず「ぬるい」とか「熱すぎる」とか「銘柄が……」とかケチをつける。

(山里亮太)うわあ。めんどくさい……。

(町山智浩)すっげーめんどくさい人で。あまりにも意地悪なんで、孫娘は最初彼女のことを魔女だと思うんですよ。

(山里亮太)フフフ、そんなに?

(町山智浩)そう。もうひとつ、魔女な理由があって。75歳のおばあちゃんって聞いて会いに来たら、全然そう見えないんですよ。いまでも美人だから。バリバリにセクシーかましてるんですよ。だから、いわゆる「美魔女」っていう言葉があるけども。「この人、本当は魔法使いなんじゃないか?」って孫娘は思うんですよ。

(赤江珠緒)はー! そんなに現役バリバリ?

(町山智浩)現役バリバリなんですよ。で、まあ彼女はいま現在、映画に出てるんですけども。映画撮影をしていて。その現場でですね、監督をものすごく「あんた、監督?」みたいなひどい扱いをして。で、セリフが入ってないし……みたいな。そのへんは全部実話なんですけども(笑)。

(赤江珠緒)フフフ、いろいろと混ざっているな……(笑)。

(町山智浩)そう。だからこの映画は『真実』っていうタイトルなんですけども。その嘘と本当とか、フィクションと本当が混じり合っていて、その面白さなんですよね。

(赤江珠緒)じゃあ、フランスの方とかが見ると、余計に「カトリーヌ・ドヌーヴさんってこういう人?」みたいに思っちゃうのかな?

(町山智浩)あのね、フランスの人の気持ちはわからないんですけど、僕がこの映画を見ていて思ったのは、カトリーヌ・ドヌーヴさんがですね、樹木希林さんに見えるんですよ。樹木希林さんって結構インタビューとかを見たい人はわかると思うんですけども、ものすごく意地悪でしょう?

(赤江珠緒)はっきりね、信念を持って……っていう方ですからね。

(山里亮太)差し入れとかを「いらない」とかね。

カトリーヌ・ドヌーヴが樹木希林に見える

(町山智浩)というか、ものすごい毒舌じゃないですか。絶対に褒めないし。樹木希林さんとカトリーヌ・ドヌーヴさんって同い年なんですよ。

(赤江珠緒)へー! ああ、そうか。なんか娘さんとの関係も、日本の親子にありがちな、寄り添う甘い感じじゃなくて割とパキッとされてますもんね。樹木希林さん。

(町山智浩)そうそうそう。そのへんとかも似ていて。で、また監督に対する上から目線とかもすごく似ているんですよ(笑)。

(赤江珠緒)フフフフフ(笑)。

(町山智浩)これ、だからすごく思ったのは、フランス映画でフランス人のスタッフで。ハリウッド俳優であるイーサン・ホークとか、フランスの女優たち、大女優を使って是枝監督が映画を撮るって聞いた時に、どんな映画になるだろうと僕は思ったんですよ。ところが、見てみたらいつもの是枝映画でしたね。

というのは、是枝監督の映画で樹木希林さんが出てるシリーズみたいなものがあってですね。『歩いても歩いても』とかですね、『海よりもまだ深く』とか、そういう映画があるんですけども。それはどういう話かというと、阿部寛さんがダメな中年男で。で、仲の悪いその母親がいる実家に帰るっていう話なんですよ。どちらの映画も。そうすると、樹木希林さんがいてネチネチネチネチやられるという……(笑)。

(赤江珠緒)フフフ(笑)。

(町山智浩)その実家に帰った2日間ぐらいの話を映画にしているんですよ。どっちも。『海よりもまだ深く』と『歩いても歩いても』は。この『真実』っていう映画は、それに見えるんですよ。

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(赤江珠緒)へー! カトリーヌ・ドヌーヴさんが演じているのに?

(町山智浩)そう。超世界一の美人女優、カトリーヌ・ドヌーヴが樹木希林に見えるという奇跡を体感しましたね! うわっ!って思いましたよ。でね、イーサン・ホークはね、阿部寛さんに見えます。

(赤江珠緒)フフフフフ(笑)。

(山里亮太)この濃さもちょうど……そうか。

(町山智浩)イーサン・ホークはね、売れない俳優って役なんですけど。途中からですね、アル中でどうしようもない人だということがわかってくるんですよ。そのへんがね、阿部寛さんが是枝監督の映画に出る時って本当にどうしようもない……どうしようもない役なんですよ。いつも。高校生をカツアゲしているような役なんですよ。本当に。あと、別れた奥さんの真木よう子に別れているのになんか一緒にいると欲情してきて、セックスしようとしたりとかですね。

(赤江珠緒)最悪(笑)。

(山里亮太)是枝さんの中ではそういうイメージなのかな?(笑)。

阿部寛的なイーサン・ホーク

(町山智浩)そういう、いろんな意味で最悪の役をいっつもやっているんですけども。あの感じなんですよ。阿部寛感がすごくあるんですよ。だから、フランス映画でカトリーヌ・ドヌーヴでジュリエット・ビノシュで……おしゃれな映画じゃないの?っていう風に思う人も多いと思うんですけども。そういうクスクス笑いが絶えず試写の時もみんな、出ていましたね。見ながらみんな、クスクスクスクス笑っているんですよ。そういうね、是枝コメディの王道を行っている映画になっているんで、ちょっとびっくりしましたね。全然緊張せずに、フランスで自分の映画を作ってるんですね。是枝監督は。それがね、すごいなと思って。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)ただね、昔のフランス映画とかカトリーヌ・ドヌーヴの映画のファンの人も楽しめるようになっています。チラチラッとそういうところを出してくるんですよ。

(赤江珠緒)はー! 女優さんの役だから。

(町山智浩)女優さんの役だから。そう。でね、カトリーヌ・ドヌーヴの映画でぜひ見てほしい映画があって。『昼顔』っていう映画があるんですよ。

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(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)『昼顔』って最近だと斎藤工くんが出ていたドラマがありましたけども。あれの元になった……上戸彩さんとエッチしてましたけども。あれの本当に元の『昼顔』っていうのはもっと、あんなヌルいもんじゃないんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)カトリーヌ・ドヌーヴが大金持ちのハンサムなお医者さんの若奥さんなんですけども。何もかもが満たされてるから、かえって退屈でしょうがないんですね。で、ある日、ふと人妻風俗に入っちゃうんですよ。そこでSMの相手をやって、お客さんに鞭で打たれたり、ものすごい拷問をされたりすることに病みつきになっていくっていう話なんですよ。

(赤江珠緒)あらららららら……。

(町山智浩)お金持ちの若妻が。という強烈な映画がその『昼顔』なんですね。それはイブ・サンローランがずっとそのお金持ちの奥さんの服のデザインをしてるんですけど。その『昼顔』の中でカトリーヌ・ドヌーヴが着ている黒のですねミニドレスが非常に重要な役割をこの『真実』という映画の中で持ってくるんですよ。

『昼顔』のミニドレスが重要

(山里亮太)ふーん!

(町山智浩)だからそのへんはね、完全にカトリーヌ・ドヌーヴのファン向けだなと思いましたけども。でもね、この映画がまたね、是枝タッチでね。何回かね、ものすごく涙腺を刺激する、泣かせるシーンにグッと入る時があるんですよ。「これが真実か! この傲慢な女優は強がりばっかり言ってるけども、本当は心に優しいものを持っていて。娘もそれに反発してるけども、本当はお母さんを愛していて。それが真実か!」って思わせると、またひっくり返すんですよ。

(赤江珠緒)ひっくり返るのか(笑)。そこで終わらないんだ。

(町山智浩)是枝監督っていつもそれです。感動させるかに見えて、パッとひっくり返すんですよ。『万引き家族』でもそうだったですよね。あのへんで、その安易な感動に客が入り込まないようにする是枝イズムがなんかやっぱりすごかったですね。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)だからすごく面白くて。真実の中に嘘があるし、嘘の中に真実があるし。感動の中にも嘘があるんだけど、それをひっくり返したところにもまた本当の感動があるというね。これをやれる人は是枝さんだけだと思いましたけどね。「ネタバレするな」っていろいろ言われてるんで、苦労しながら話しましたけども(笑)。ということでね、『真実』っていうタイトルで重そうって思わないで、そういう樹木希林と阿部寛の掛け合いみたいな映画なので(笑)。団地の話みたいなものなんで。

(赤江珠緒)そうですね。グッと親近感のあるテーマだったんですね。

(町山智浩)身近なものとしてね、みなさん楽しんでもらえるといいかなと思います。これでひとつ思ったのはね、長生きするのが大事。誰よりも長く生きれば、その後に言いたい放題だから。

(赤江珠緒)たしかにね! そうですね! 歴史なんて、そうですね。生き残った人がどうとでも言えちゃいますもんね(笑)。

(町山智浩)「彼はね、私に惚れていたのよ」とか「彼とやったわ」とか、いくら言っても全然OKだから!(笑)。とにかく長生きしたやつが勝ちっていう映画でしたね。それが真実だ!

(赤江珠緒)アハハハハハハッ! そういうメッセージなの?(笑)。そうですか。是枝監督作品『真実』は今週末、10月11日公開でございます。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

<書き起こしおわり>

町山智浩『ミッドサマー』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でアメリカで大ヒットしたアリ・アスター監督のホラー映画『ミッドサマー』を紹介していました。

(町山智浩)今日はですね、『ミッドサマー』というアメリカでこの夏に大ヒットしたホラー映画のお話をします。これ、「ミッドサマー」というのは夏至のことですね。昼間がいちばん長い日ですね。それで「ミッドサマー」っていうお祭りがイギリスとか北欧とかドイツとか、いわゆるゲルマン系の人たちが住んでる国ではあるんですよ。

(外山惠理)夏至のお祭りがあるんですか。へー!

(町山智浩)そうなんですよ。5月にやるところもあれば、夏至にやるところもあるんですけども。あのへん、冬が長いですから。だから夏にね、お祭りをいっぱいやるんです。アメリカでもね、スウェーデン系の人はいっぱい住んでるミネソタとかではやっぱり夏至祭ってあるんですけど。で、その夏至祭っていうのはもうほとんど日が落ちないんですよ。白夜なんで。1日中、ずっと明るいんですけど。そこでずっと飲んで食って踊って……っていうのをやるのがそのお祭りなんですね。そこを舞台にしたホラー映画なんですよ。

(山里亮太)ホラーにしにくそうな。ずっと明るいんだもん。

(町山智浩)ホラーにしにくい。1回も暗くならないんです。この映画は。ずっと明るいんです。ずっとお日様が出ていて。そちらに写真があると思うんですけども。お花がいっぱい咲いてて、青空で。

(外山惠理)お花畑に十字架が見えます。

(町山智浩)それはね、十字架じゃなくて「メイ・ポール(Maypole)」という柱なんですけども。夏至祭とか5月祭ではそれをまず、お祭りの最初にそれを立てるんですよ。そのボールを。で、その周りで踊ったりするんですね。

(外山惠理)ああ、本当だ。よく見るとその周りに女の子たちかな? いっぱい踊ってる。白い服を着た……。

(町山智浩)そうなんですよ。で、その子たち、よく見ると髪の毛にお花をいっぱいつけてませんか?

(外山惠理)はいはい。ちょっと遠いけど、お花つけてそうな格好してますよ。白いふわふわした感じで。

(町山智浩)はいはい。白い服を着て、野の花の冠を作って。それをみんな髪に飾ってっていうのがその5月祭とか夏至祭の決まりなんですよね。だから寒いところだとあんまり花が咲かないから。冬がすごく長くて。で、僕はスウェーデンってね、1回行った時が11月かなんかだったんですけども、お日様が出るのは10時ぐらいで。でね、午後の2時ぐらいにはもう暗くなっちゃうんですよ。

(外山惠理)ええっ? ほぼ明るい時間がない……。

(町山智浩)殆どない。そういうところだから、夏になるともうずっとお日様が出ている間は寝ないで騒ぐっていうことらしいんですよ。だから夏至祭とかね、ストックホルムとか都市部に行っちゃうとそんなの働いているやつなんか誰もいないって言いますね。

(外山惠理)へー!

(町山智浩)みんなお花が咲いてるような山の方に行って遊んでるから。ずっと。

(山里亮太)そうなんだ。そんなお祭りをテーマにホラー?

(町山智浩)そう。だから聞いているとすごく楽しそうでしょう? どうしてそれがホラーになるんだ?っていう映画なんですけども。

(外山惠理)踊っているだけのような感じですけどね(笑)。陽気な感じの。

夏祭りで踊る意味

(町山智浩)で、こうやって踊っているのにはまた意味があるんですけども。日本の盆踊りも同じなんですけども。なんで夏祭りとかそういうのでみんな、踊るんだと思います?

(山里亮太)なんかその、ご先祖さんに捧げるみたいなことで?

(外山惠理)盆踊りは亡くなった方への……。

(町山智浩)セックスだよ、セックス!

(山里亮太)えええーっ!

(町山智浩)セックスだろ!

(山里亮太)なんて真面目な答えをしちゃったんだ、俺は……。

(町山智浩)夏祭りの踊りはセックスだろ!

(山里亮太)どういうことですか?

(町山智浩)そういうもんだよ!

(山里亮太)フフフ、祭りっていうものは(笑)。

(町山智浩)そういうものですよ。

(山里亮太)たしかにね。お祭りベイビー、いっぱいいるっていうもんね。

(町山智浩)豊穣のための儀式ですから。そこで相手を見つけて。秋に結婚をして……っていうのが自然のサイクルなんですよ。昔は盆踊りっていうものはそういうもので、相手を見つけるためのものなんですよね。

(外山惠理)そうなんですか!

(町山智浩)まあ、いまでもね。ああ、こういう文化も説明しないと伝わらないのか!

(山里亮太)いや、なんか……ご先祖さまのためだと思っていました。

(町山智浩)もう世界中で春から夏にかけてのお祭りっていうのはまあ、結婚相手を見つけるためのものですよ。古代から。で、そういうところなんですけど。この話はね、アメリカ人の話なんですよ。で、主人公は女子大生でダニーちゃんっていう女の子で。これはフローレンス・ピューっていう前に紹介した『ファイティング・ファミリー』っていうプロレス家族の話の末の女の子なんですけども。

町山智浩『ファイティング・ファミリー』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でアメリカのプロレス団体の元女子王者ペイジを描いた映画『ファイティング・ファミリー』を紹介していました。

で、その子の一家がある不幸で全員死んでしまうんですよ。映画のいちばん最初で。で、彼女は天涯孤独の身になっちゃって。クリスチャンっていう彼氏がいるんですけど、彼氏が慰めなきゃいけない。守ってあげなきゃいけないのに、だんだん面倒くさくなっちゃうんですよ。その彼が。まあ、大学生だからね。そこまで真剣じゃないんですよ。彼は。で、男友達同士でスウェーデンに行って。友達がスウェーデンの留学生なんで、「スウェーデンの山奥の村で行われる夏至祭にみんなで行こう!」っていう計画をこそこそ立ててるんですよ。

(山里亮太)うんうん。

(町山智浩)そのダニーちゃんを放っておいてね。で、それを察したダニーちゃんが「あんたたち、ひどい! 私、こんな1人ぼっちなのに……」って泣いたんで、しょうがないからスウェーデンに連れていくんですよ。で、山奥の村に行くと、夏至祭をやっていてて。そこで「メイクイーン(May Queen・5月の女王)」というお祭りのいちばんの女王を選ぶという踊りの大会みたいなのがあるんですよね。メイクイーンっていうじゃがいもはそこから来ているんですよ。

(外山惠理)ああ、そうなんですね!

(山里亮太)いや、いまじゃがいものことなのかな?って思ったら……。

(町山智浩)もともとメイクイーンっていうのがあるんですよ。で、そこでお祭りに参加するんですけども……ただ、そうやって楽しいお祭りのように見えるんですけど、スウェーデンっていう国はヨーロッパでは最も文明が遅れた国だったんですよ。これ、スウェーデンのイメージっていうとすごい先進国で、福祉国家っていうイメージがありますよね。

(外山惠理)そんな感じ、しますね。

バイキングの国、スウェーデン

(町山智浩)でも、いちばんヨーロッパの中でキリスト教になるのが遅れたところなんですよ。12世紀半ばぐらいまで、鎌倉時代ぐらいまで、バイキングの国だったんですね。で、土着の北欧神話に代表されるような非常にその乱暴な……ワイルドな文化がありまして。それを「ペイガン(Pagan)」といって。「ペイガン」っていうのはキリスト教以前の宗教、土着の宗教のことです。で、それが残っているのが夏至祭なんですよ。

(外山惠理)へー!

(町山智浩)で、そのバイキングの文化とはどういう文化かっていうと、たとえばそこで行って夏至祭でダニーちゃんたちは何か飲み物をもらうんですよ。でもなんかおかしいんですよ。その飲み物は。あの、「ベルセルク(Berserk)」っていう言葉はご存知ですか?

(山里亮太)ええと、「狂戦士」みたいなことですか。「バーサーカー」っていうか。

(町山智浩)そうそう。そういう漫画があるでしょう? あれはバイキングたちが戦う時に魔法とか催眠術とか、あと薬物で痛みや恐怖を感じない状態にして敵に突っ込ませるっていうとんでもない話が昔、あったらしいんですよ。まあ、イスラムでもそういうこと、やっていましたけども。で、そういうものを飲まされちゃうんですよ。

(外山惠理)大変!

(町山智浩)で、そのお祭りをやっているわけでしょう? さっき言ったみたいに、恋人を見つける。結婚相手を見つけるっていうお祭りなんですけども、その村はものすごく山の奥で、閉鎖されたところで。他の村からものすごく遠いんですね。だから近親相姦を防ぐために村の外から来た人たちを受け入れて、子種をもらうということをやっているんですよ。だから、彼らその大学生たちは「行きてえな!」って言ってたんですよ。

(山里亮太)ああー、なるほど!

(町山智浩)で、それだけだったらまだいいんですけど、そのバイキングの時代のワイルドな文化が残ってるところなんで。そこは。だからバイキングっていうのはとんでもない人たちだから。海賊だからね。たとえばね、「ブラッドイーグル(Blood Eagle)」っていうバイキングの拷問方法があるんですよ。これ、辞書で引くと「血まみれの鷲」っていう意味。どんなものだろう?って思うと、人を縛り付けて背中を割いて、そこから肋骨をほじくり出して……っていうとんでもない拷問なんですけども。そういうようなことを伝統的にやってるところなので、だんだんとそのスウェーデン人がずっと隠している、でも昔。ついこの間まで持っていたワイルドな部分がだんだんと出てくるっていう話がこの『ミッドサマー』という映画なんですね。

(外山惠理)怖っ……。

(山里亮太)うわー、またこれは怖いな……。

(町山智浩)これね、非常に奇妙な映画なんですよ。実は、アフリカとかアマゾンとかのジャングルに行って、特にアマゾンで人を食べる人たちに探検隊が出会って食べられるっていうホラーは山ほどあるんです。山ほど作られてるんですけど。まあ、非常に差別的なホラーですよ。でもこの場合、その人を食べる人たちがスウェーデン人なんですよ。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)金髪に青い目の白人たちなんですよ。でも人は食べないんですけども、もっとめちゃくちゃなことをするんです。たとえばね、「アッテスチューパ(Ättestupa)」っていうものが出てくるんですね。アッテスチューパっていうのは「姥捨て崖」というものなんですよ。昔、村である程度のお年寄りが体が動かなくなると、その崖から捨てていたんですね。という、すごい話がどんどん出てくるんですよ。でも基本的にお祭りだからみんなニコニコしてるっていう。みんな踊って楽しそうにしてるっていう。

(山里亮太)それの裏でそういうことがあるっていちばん怖いじゃないですか……。

(町山智浩)そうなんですよ。空はもういつも青くて。お日様が輝いていて。白夜だから。で、やっていることはグチャグチャっていうすごい変な映画なんですよ。で、これがね、非常に奇妙な映画ですね。で、アメリカでとにかく大ヒットしたんですけど。これ監督はですね、アリ・アスターという人で。この人は去年もアメリカでナンバーワンのホラーのヒットを放っている人なんですね。去年、この人が大ヒットさせた映画は『ヘレディタリー/継承』っていう映画なんですね。これもたしか紹介したと思うんですけども。

町山智浩『イット・カムズ・アット・ナイト』『ヘレディタリー/継承』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『イット・カムズ・アット・ナイト』『ヘレディタリー/継承』を紹介していました。

(山里亮太)はい。ご紹介いただきました。

(町山智浩)これ、見ました?

(山里亮太)いや、僕はもう話を聞いて怖くて行けなかったです。

嫌な気持ちになる映画『ヘレディタリー/継承』

(町山智浩)これは「怖い」っていうかね、嫌な映画なんですよ。映画史上、最悪に嫌な気持ちになる映画で。でもそれがアメリカでも日本でもヒットしていますから、人はお金を払って嫌になりに行くんだなっていうのがよくわかりました(笑)。

(外山惠理)フフフ、嫌になりに……これ、もうあれかな? 『ヘレディタリー』は貸し出しとかしているのかな?

(町山智浩)ああ、もう借りられますよ。

(外山惠理)ちょっと見てみよう。

ヘレディタリー 継承(字幕版)
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(町山智浩)で、これがどうして嫌になるかっていうと、もう公開して1年だから言っちゃいますけども。これ、アリ・アスターっていう監督自身の弟さんが亡くなったことを元にした話なんですよ。『ヘレディタリー』っていうのは主人公の高校生の妹さんが亡くなるシーンがものすごいんですよ。で、どうしてこんな映画を撮ったの?ってアリ・アスターさんに会って聞いたんですけど。彼はまだ32、3ぐらいの監督なんですね。で、「これは僕自身があまりにも強烈なショックを受けて、トラウマになったから。それをそのまま自分の中に秘めておいたらおかしくなっちゃうから。だから映画にしたんだ。これは一種の僕の治療なんだ」って言っているんですよ。

(山里亮太)はー!

(町山智浩)で、この今回の『ミッドサマー』もいちばん最初でその主人公の女の子の家族が死んじゃうっていうのは彼、アリ・アスターさん自身に本当にあったことなんですよ。で、この話はいったいどうして思いついたのか?って聞いたら、彼自身のその時の恋人が、彼が家族を失ったのに助けてくれなかったんですって。面倒くさくなっちゃって、捨てられちゃったらしいんですよ。メソメソ泣いてたから。

(外山惠理)でもそれは泣くでしょう……。

(町山智浩)最初は優しくしてくれたんだけど、形だけで。相手がだんだんと面倒くさくなってきたらしいんですよ。で、その時の気持ちをそのまま映画にしたのが今回の『ミッドサマー』だって言っているんで。そのヒロインがアリ・アスター監督の投影で、彼女の恋人のクリスチャンっていう男がアリ・アスターがその時に付き合ってた恋人らしいんですよ。だからね、後半大変なことになっていくんですね。この2人の関係が。だから一種の恋愛映画なんですよ。この『ミッドサマー』は。奇妙なことに。非常に奇妙な映画ですね。恋愛映画であって、ホラー映画でもあって、また文化人類学的な映画でもあるんですよ。ただね、スウェーデン政府は「こんなことやってねえよ!」って怒っていますけどね。

(外山惠理)まあ、そうか。

(町山智浩)「こんな何百年も前のこと、やっているわけねえだろ!」って怒っていますけども。ただね、この映画のもうひとつのポイントはね、何となくおかしいんですよ。前の『ヘレディタリー』もそうだったんですけど、笑っちゃうところがあるんですよ。何ヶ所か。で、特にクライマックスがとんでもない展開になりますけども。お客さん、みんな笑ってました。

(山里亮太)ええっ?

怖いけど、笑える

(町山智浩)ゲラゲラと。あの、苦笑としか言いようがない笑いが漏れていましたけども。たぶんそのシーンは日本ではものすごく微妙に修正がいろいろと入っていっていると思うんですけども。僕はアメリカで見たんでいろんな「もの」が見えました(笑)。で、このアリ・アスター監督がすごいのは、毎回笑わせるんですよ。嫌なシーンで。で、この人ね、まず世界的に注目されたのは自主映画というか学生映画の短編を作ったからなんですけども。どういう映画かっていうと中学生ぐらいの男の子がオナニーをしてるんですね。それをお父さんが見つけるんですよ。で、「俺も若い頃はそういうことをした。誰にでもあることだから別に気にするな」って。ただ、自分の息子がオナニーをしていたネタをお父さんが見ると、それは自分の写真なんですよ。

(山里亮太)ええっ?

(町山智浩)自分の息子が自分の写真でオナニーをしているのを見て、親が困るっていうとんでもない……どう見たらいいのか、訳のわからない映画を作っていたんですよ。この人は。すごいんですよ。だから本当にアリ・アスター監督に会った時、「あなたのユーモア感覚にはついていけないよ!」って言いましたけども。でも彼としては、怖がらせたり笑わせたりしなtがら、自分自身に起こったそのトラウマをエンターテインメント化して癒やすという風に言っているんですね。まあ、この人は本当にヘンテコな人ですよ。

(外山惠理)でもこうやって表現をしなかったら変になっちゃうからっていうのがね、彼にとってよかったですね。

(山里亮太)映画という方法で表現ができるから。

(町山智浩)そうそう。これで人を怖がらせたり、笑わせたりすることでもって自分の傷を客体にして。自分の中から外に出すことで治すという風に本人は言っていましたけども。はい。まあ、本当にとんでもない映画なんで。で、これは2月に日本で公開になるんですが、その前に11月2日(土)に東京で先行の公開があります。東京国際ファンタスティック映画祭というのが昔からずっとあったんですが。最近はやっていなかったんですが、それをそろそろ復活させるんでその前夜祭が行われます。東京国際ファンタスティック復活祭というのが11月2日(土)に東京国際映画祭の一環で開かれます。これ、もうチケットは売ってますんで。まあ日本で最初にこのヘンテコな映画『ミッドサマー』が見れますんで。みなさん、こぞってご来場ください。はい。というところです。

(外山惠理)はい。ちょっと見てみたくなってきちゃったな。

(山里亮太)がんばって見てみようかな? 怖いの苦手だけど……。

(町山智浩)怖いけど、笑えますよ。笑わせますから。

(外山惠理)来年の2月公開、『ミッドサマー』ということで。町山さん、ありがとうございました。

『ミッドサマー』予告編

(町山智浩)はい。スウェーデンに行きたくなりますよ!

(外山惠理)行きたくなるの? アハハハハハハッ!(笑)。

<書き起こしおわり>

町山智浩 韓国映画『国家が破産する日』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で1997年のアジア通貨危機で経済的に破綻しそうになった韓国の状況を描いた映画『国家が破産する日』を紹介していました。

(町山智浩)ということで、今回は11月8日に公開される韓国映画で『国家が破産する日』という映画をご紹介します。これは1997年に韓国が実際に経済的に破綻しそうになったことがあるんです。覚えてますか?

(赤江珠緒)ちょうど入社した頃だったんで。そういうニュースは……。

(町山智浩)僕はこれね、アメリカに来て1年目か2年目ぐらいだったんですけども。アジア通貨危機でアジア各国が全部ダメになったんですね。当時ね。で、その時にシラキュース大学っていうところの寮にいたんで、アジア系の人たちとよくお付き合いして、バーベキューやったりしていたんですけども。突然ある日、全員が「国からお金を打ち切られちゃったから、帰らなきゃ」って帰っちゃったんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)みんな企業と政府のお金で来ていたから。で、みんな慌てて帰ったから鍋とか包丁とかをいっぱい置いてってくれて。それ、いまも使ってますよ(笑)。

(赤江珠緒)ええーっ!

(町山智浩)その時にもらったやつ。いいやつだったんで。

(赤江珠緒)もうそんなにみんな、急に帰らなきゃいけなくなったんだ。

(町山智浩)そう。みんないろんなものを置いていったんで、僕は生活がすごく助かったことがあったんですよ。当時、お金がなかったんで。韓国の人たちももうみんな、生活に必要な物をいっぱい持っていたんですけど、全部置いていっちゃったんでね。慌てて帰って。で、その時の話が『国家が破産する日』という映画なんですけども。これ、韓国はその頃、すごい景気がよかったんですよ。もう、ものすごい高度成長で。お金がガンガン、ヨーロッパやアメリカから投資で入ってきていて。いろんな企業に。お金がもう有り余るような感じになってたんですね。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)ところが、「これはヤバい」っていうことに気付いた人がいるんですよ。これね、主人公は3人いまして。1人は韓国銀行……日本でいうと日銀にあたる韓国銀行の通貨政策チームのリーダーで女性なんですが、ハン・シヒョンさんという人で。キム・ヘスという女優さんが演じているんですが。非常に凛々しい、余貴美子さんみたいな感じの方ですけども。で、彼女がいろいろと調べていくと、「これはヤバい」と。

なぜなら、韓国経済はその時、外国からのお金がどんどん入ってくることによって、その企業がまたさらにそれをいろんなところに流して……銀行であるとか、その下にあるノンバンクとかに流したり。大企業の下にいっぱいちっちゃい会社がありますよね。中小企業。そういったところに全部お金を流してて、それで韓国経済が成り立ってるっていう状態になってるんですけども。これ、お金を入れてるそのアメリカやヨーロッパの資本家たちが、そのお金を引き上げちゃったら一瞬で崩壊するんですよ。

(赤江珠緒)うんうんうん。

(町山智浩)要するに韓国国内のお金でやっているわけじゃないから。コントロールができないんですよ。で、外貨もその頃、韓国ってそんなに持っていないんですよ。だから支えられないんですよ。で、いろんな国が金儲けしようとする目的もあるんですけども、そのアジアの各国からお金を引き上げるということが始まっていくんですよ。そうすると結局、自分たちの力で支えている経済じゃないから崩壊をしていくんですね。それがじわじわと進んでいることがわかったので、そのキム・ヘスさんが財務局の方に言うわけですよ。「これは大変なことになります。これ、崩壊しますよ」って。ところが、そうすると財務局の次官は「いや、それは国民には言わないでおこう」と。

(赤江珠緒)えっ、言わないでおく?

(町山智浩)そういう風に言うんですよ。それには2つ、理由があって。その時、大統領は金泳三大統領という保守党の大統領なんですね。で、12月に大統領選挙があって。それでもし経済の崩壊すると、その選挙で保守党は負けちゃうんですよ。与党だから。だから「その大統領選挙に影響を与えるから、言わないでおこう。12月まで持てばいいんだ」っていう感じなんですよ。

(赤江珠緒)うわーっ!

(町山智浩)で、間に合わないんですよね。

(赤江珠緒)危機であるということはその人たちも気づいているんだ。気づいているけど、言わずにおこうっていう?

(町山智浩)言わない。国がパニックになるから。で、もうひとつ、言わない理由というがあって、それはそのまま韓国の経済を破綻させようと思ってるんですよ。その財務局次官が。

(赤江珠緒)えっ、なんで? 財務局が?

(町山智浩)ある理由で。で、もう1人、それに気付く人がいます。それが2人目の主人公で、若い証券マンです。ユ・アインっていう俳優さんが演じているんですけども。彼は証券マンなんで、いろんな企業に金融関係で出入りしているから、中小企業がちょこちょこと手形が不渡りになったり給料が未払いになったりという事態が起こっていることに気がつくんですよ。「これはお金の流れがどこかで途切れている」って。それで証券マンを辞めて、自分の顧客たちを連れて。「これからデカい儲けをします」って言うんですよ。で、さっき言ったように「いま、お金の流れが途切れはじめている。韓国経済は崩壊します。だからみなさんのお金の全額でドルを買いましょう!」って言うんですよ。

(山里亮太)おおーっ!

「韓国経済は破綻するからドルを買う」

(町山智浩)そうするとみんな、「えっ、そんな崩壊するの? 信じられない」って言ってなかなか言うことを聞いてくれないんですけども。これね、2008年のアメリカで起こったサブプライムローン破綻のことを映画化した『マネー・ショート 華麗なる大逆転』っていうのがあるんですね。前に紹介したと思いますが。

町山智浩『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で、サブプライムローン破綻の際に空売りで大儲けした投資家たちを描いた映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を紹介していました。

(赤江珠緒)はい。そうですね。

(町山智浩)あれも「サブプライムローンというのはデタラメだ。これは払えない人たちがいっぱいいる不動産ローンだからいつか崩壊するぞ」って気がついた人たちが「空売り」というのをやる話でしたね。要するに株とかそういったものが全部下落するという方に賭けるという。で、アメリカとか世界全体が経済崩壊した時に彼らだけは大儲けしたっていう実話の映画化が『マネー・ショート』なんですけども。それにちょっと近い感じなんですよ。この証券マンのやることは。「この国が滅びることで儲けようぜ!」っていう人なんですよ。

(赤江珠緒)逆張りをしていこうと。

(町山智浩)で、もう1人の主人公は町工場……本当に末端の町工場で、デパートから受注したんで工場の規模を拡大するため、設備投資をするためにノンバンクからお金を借りて……っていう町工場のおじさんです。この人がいちばんヤバいことになっていくんですけどね。要するにね、担保とか全然なしでデタラメな融資をしてるんですよ。その頃の韓国って。

(赤江珠緒)日本のバブルの時と一緒ですよね。

(町山智浩)全くその通りなんです! 1989年から90年にかけて日本のバブル経済は崩壊したんですけど。崩壊した後、ずっと10年、15年ぐらい「なぜバブル崩壊したのか?」っていうテレビドラマやドキュメンタリーや映画がいっぱい公開されたじゃないですか。で、その内容は全部、デタラメな融資だったですよね? 韓国はそれ、見ていなかったの?って思いましたよ。本当に。だってこれ、1997年ですよ? 日本のバブル崩壊は1989年から90年だから……なんで? 日本で起こったことなのになんで気がつかないの?っていうね。

(山里亮太)全く同じことが起きているのに……。

(町山智浩)全く同じなのに。だから、なんなんだろうな? 「人っていうのはやっぱり『自分だけは違う』と思っちゃうんだろうな」と思いましたよ。それで結局、大崩壊が始まるんですよ。1997年の秋に。で、もうめちゃくちゃになっていって崩壊していくんですけども。さっき言った証券マンはもういきなり、ドルとウォンの価値がドルの方が3倍に値上がりしちゃうんで大儲けするんですよ。

で、彼の仲間は儲けてみんな喜んでるんですけど、「お前らな、バカじゃねか? こんなんで喜んで……これからなんだよ、勝負は!」って言うんですよ。「その儲けた金、使うんじゃねえぞ? これで儲けた金で株と不動産を買うからな!」って言うんですよ。で、もう底値なんですよ。株も不動産もその時。タダ同然なんですよ。それをバーッと買い漁っていくんですよ。彼は。で、さっき言った韓国銀行のキム・ヘスさんは「とにかくこれは大変な事態になった。どうしたらいいか?」っていうことで、「債務が払えない」という宣言をする……いわゆる破産状態に持ってくしかないんじゃないかということまで考えるわけですけども。そこにさっきの財務次官が出てくるんですよ。

「これは潰しちゃえばいい」って言っていた人ですね。で、「IMF(国際通貨基金)からお金を借りよう」って彼は言うんですよ。国際通貨基金はどこかの国の経済が崩壊していった時に、それが連鎖的に他の国に及ばないようにお金を貸す銀行ですよね。国を相手にした。で、そこからお金を借りようって言うんですよ。ところが、そのIMFというのはお金を貸すためのものすごい条件を出してくるんですよ。で、その条件というのはまず「ノンバンク全部潰せ」っていうんです。そうすると、中小企業は全部潰れるわけですよ。だから「中小企業を全部潰せ」っていうことです。

(赤江珠緒)つ、潰す……。

IMFから出された条件

(町山智浩)そして「大量解雇をしろ、大リストラをしろ」って言うんですよ。大企業にも。で、「不正規雇用、非正規雇用の枠を広げて、簡単に派遣社員ができるようにしろ」って言うんですよ。

(赤江珠緒)じゃあ、人件費をどんどんカットしろと?

(町山智浩)「人件費をカットしろ」っていう。「その条件を飲んだら金を貸してやるよ」っていう風にIMFが言うんですね。で、それを聞いたキム・ヘスさんは「それをやられたら中小企業が全部潰れます! 大企業だけが生き残って、しかも雇用が不安定になって。韓国という国はものすごく金持ちの人たちだけがどんどん金持ちになって、貧乏な人たちにはチャンスのない国になってしまいます!」って言うんですよ。

(山里亮太)その通りですね。

(町山智浩)それが財務次官の目的だったんですよ。これはね、映画の中では説明されないんですけど、韓国の高度成長って一体何だったかっていうと、70年代、80年代、90年代って高度成長していったんですね。それは製造業なんですよ。町工場なんです。町工場や鉄鋼なんですよ。ところが、町工場や鉄鋼っていうのはもともとは世界の国でどこの国がいちばんやってたかというと、日本なんです。日本は1960年代から70年代にかけて、高度成長期の間にそういう町工場であるとか鉄鋼とか製鉄とか。そういった製造業で大きくなっていった国なんですよ。ところが韓国がそれよりもさらに安い人件費でその仕事を日本から奪ったんですよね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、日本はその製造業とか製鉄とかはどんどんと縮小していって。もう業務を変えちゃうわけですよ。で、その次の段階に進むんですけど。アメリカとかもそうなんですが。製造業の次の段階っていうのは情報産業とか金融とかITとかそういった、ものを作らない仕事なんですよ。そこに進化していかなければならないんだという考え方があるんですよ。要するに、どうしてかというと最低賃金の問題があるんですよ。その国の労働者……製造業とかそういうのをしている人たちの給料をどんどんと上げていかなきゃならないわけですよ。このまま国が成長をしていくと。それは、企業にとって大きな重荷になっていくんですよ。だから、全部切っちゃうんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ?

(町山智浩)で、製造業はさらに人件費が安い外国にアウトソースするんですよ。そういった形で国は次の段階に進まなきゃなんないんだという考え方があるんですよ。で、アメリカは実際にそうなったんで、その製造業とかの労働者の人たちが仕事を失って、いまトランプ政権を支持したりしてるんですけどね。

(赤江珠緒)そうか。そレもつながっていますね。

(町山智浩)そう。その次の段階に進まなきゃいけないんだと。「農業であるとか工業であるとか製造業とか町工場の時代はもう終わるんだっていう。韓国という国が次の段階に生まれ変わるチャンスなんだ!」っていう風にその財務次官が言うんですよ。だから、「潰れてしまえばいい」って言っていたんですよ。

(山里亮太)ああ、なるほど。成長のためには必要なことなんだと。

(赤江珠緒)でも、いまとなってはそれがいいのか?って思いますけども。

(町山智浩)それで大企業……サムスンであるとかヒュンダイとか、巨大企業に富を集中させて。それで世界的な企業にしていくと。

(赤江珠緒)まあ実際に韓国、そうなりましたもんね。

(町山智浩)実際にそうなったんですよ。で、その時にもうひとつ、IMFは条件に出すんですよ。「いま現在、韓国における外国人が韓国企業の株を所有する限度額っていうのは7%。それを50%まで上げろ」っていう。そうすると、彼らは大企業の株を所有して、その大企業が巨大化していってそこに富が集中していって、外国に利益が吸い上げられていくんです。売国ですね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)そういった国に作り替えるという条件を出されて、このキム・ヘスさんが「それは絶対にできない!」と戦い続ける話なんですよ。

(山里亮太)はー、なるほど!

IMFとの交渉期間は7日感

(町山智浩)でも、時間がないんです。たった7日間でこのIMFとの交渉にケリをつけないと韓国は完全に破綻するんです。という話がこの『国家が破産する日』という映画なんですよ。ところが、そのIMFの条件を飲めば、さっきの安値になっちゃった大企業の株とか不動産を買い漁っている証券マンは大儲けするんですよ。その代わり、あの町工場のおじさんは破産するんですよ。という話でしたよ。これはすごいなと思って。「1997年の韓国の話」っていうことではないんですよね、だから。さっき言ったみたいにアメリカでも全く同じことが2008年に起こってるわけですから。

(赤江珠緒)そうなんですよね。アメリカもね。

(町山智浩)で、1990年に日本でも起こったんですね。バブル崩壊で。これ、なんで人間は繰り返すの?

(山里亮太)自分のところは違うって思っちゃっているんですかね? 自分は成功例を新しく作れるって思っているんですかね?

(町山智浩)なんで次々と同じことを繰り返すんだ?っていう。で、そういうことが起こった時に損をするのは庶民で、大企業は絶対に損をしないんですよね。それはそういう破綻が起こった時にバーッと金を失うのは庶民だけで、大企業だけは政府の支援を受けて生き残るんですよ。

(赤江珠緒)いやー、でもそれで治安とか悪くなったら、大企業にいる人だって同じですけどね。

(町山智浩)韓国ではその時に大リストラが起こって暴動になりましたけどね。でね、これは森永卓郎先生がこの映画に対してコメントを出してるんですけど。これは……「IMFの背後にはアメリカは存在していた」って書いてるんですよ。つまり、さっき言ったみたいに「アメリカの資本家のためにIMFはああいう条件を出したんだ」という。

(赤江珠緒)アメリカにとってはそうだ。有利ですもんね。条件が。

(町山智浩)そうなんですよ。だからIMFは操り人形だったんですよ。これ、森永卓郎さんが書いていて。「それは公然の秘密だった。それを暴いた映画がこの作品なんだ」と書いてるんですね。で、森永さんはこうも書いてます。「この物語は日本人にとっても他人事ではない。韓国ほどではないにしても小泉内閣の構造改革によって日本でも同じような変化がもたらされたからだ」って。IMFに関係なく、日本は勝手にやったんですよ。韓国と同じことを。日本もいま、外国企業による株の所有率って30%を超えてますからね。で、非正規雇用ばかりになって。みんな派遣社員になって。全く同じ。で、その森永卓郎先生は「本作は経済を扱った映画の中でも最高傑作と呼んでも過言ではない」って言っていますね。

(赤江珠緒)ほー! そうですか。

(町山智浩)だから「これ、韓国の1997年の経済破綻なんて関係ないわ」って、「いや、全然関係あるよ!」っていうね。

(赤江珠緒)そうですね。資本主義の国ってどこでも陥る可能性があるというか。

(町山智浩)そうなんですよ。

(赤江珠緒)そして結果、いまとなってはジリ貧になっていく道でもあるような気がしますね。

(町山智浩)結果は金持ちだけがさらに金持ちになる世界。貧乏人は貧乏のままで……という大変な格差社会。だから韓国の格差社会っていま、ものすごいんですけどね。日本以上なところもあるんですよ。少子化とか。これね、経済破綻で儲けて格差社会を作ろうとする証券マンを演じているユ・アインっていう役者さんはこの前に出た『バーニング 劇場版』という作品では格差社会の中で落ちこぼれてしまった農民で金持ちを憎む青年の役をやっているんですよ。

(山里亮太)真逆すぎる(笑)。

(町山智浩)そう(笑)。だからね、僕ね、すごくおかしくて。「俳優ってすごいな。本当に正反対の役をやるのか!」って思って。それもおかしかったですね。まあ、でもこの映画『国家が破産する日』はね、徹底的に庶民のために戦うこのキム・ヘスさんが本当に凛々しくて素晴らしいですね。ということで、日本にとって全然他人事ではない、森永卓郎先生曰く最高傑作の経済映画『国家が破産する日』、11月8日公開なんでぜひご覧ください。

『国家が破産する日』予告編

(赤江珠緒)はい。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした!

<書き起こしおわり>

町山智浩『ハスラーズ』を語る

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でジェニファー・ロペス、コンスタンス・ウーなどがストリッパーを演じた映画『ハスラーズ』を紹介していました。

(町山智浩)いま、取材できているデトロイト。僕はちょうど10年ちょっと前。2009年に取材に来ているんですね。その時には、クライスラーとかフォードとかGMとかが金融危機によって経営破綻して……2008年10月に金融危機があって、僕は2009年1月に取材で来ていたんですけども。で、自動車を作っているその三大メーカーが破綻をしまして。経営者が変わって、労働者が街中に出てデモとかストライキをしているという状況だったんですよ。

(赤江珠緒)デトロイトはね、その影響が大きかったでしょうね。

(町山智浩)で、大変だったんですけども。それより、僕がはじめて来た時に衝撃的だったのは、街中が廃墟だったんですよ。1980年代ぐらいから自動車産業がダメになって。で、デトロイトってたぶん世界中の市の中で最も大きいぐらい、市の面積が巨大なんですね。広がっちゃったんですよ。自動車産業であまりにも人口が増えたのでどんどんと街が巨大になっていったんですけども。そこから、その自動車産業がダメになった後、人口が減っていくのに街自体がデカいままだったから、空き家だらけになっちゃったんですよ。それだけじゃなくて、中心部にあったいろんな企業の雑居ビル……高層ビルなんですけども。それこそ100階建てとかの。それが空きビルになって、それが巨大な廃墟になってそこら中にそそり立っていたんですよ。

(赤江珠緒)それはなんとも言えない景色ですね。

(町山智浩)あのね、ものすごい高層ビルが上の方までガラスが割れている状態ってね、核戦争後の世界みたいですよ。で、そこら中が瓦礫の山で。人は誰もいないし。本当に滅んでいるような街だったんですけども。今回来たら、全然違うんですよ。

(赤江珠緒)えっ、復活しました?

(町山智浩)もう廃墟とか、ほとんどなくなっていてピカピカになっているんですよ。で、「どうして?」って聞いたら、まずその街の中心部が前にも紹介しましたけども。1967年にあったデトロイト大暴動。それで街の中心部が怖いということになって、白人の人とかが郊外へと逃げていったんですね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、そこからデトロイト中心部の空洞化が始まったんですけど、いまどんどんと郊外に出ていった人たちの次の世代の若い人たち……ハタチから30ぐらいの人たちがどんどんと街の中心部に戻ってきて住み始めているということなんですよ。だから日本もそうですけども、一時郊外にみんな引っ越しちゃったでしょう? で、春日部とか通勤にものすごく時間がかかる……それこそ市川とか。東京から通勤で1時間ぐらいかかるようなところにみんな家を持って。子供ができるからっていうことで広がっていったんですよね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、まあ高島平とかもその一部ですけども。とにかく東京の中心がどんどん外に逃げていったんだけど、その子供たちはそこが嫌だっていうことで中心部のタワーマンションとかにいま、住むようになりましたよね。同じようなことが起こっていてデトロイトも街の中心部に人が戻ってきているんですよ。

(赤江珠緒)そういう揺り戻し的な感じで街が戻ってきている?

(町山智浩)そう。だから東京周辺とアメリカの各地でも郊外の住宅地に住んで、行くところはショッピングモールしかないっていう生活で育ってきた子供たちがハタチ、30ぐらいになって「こんなのはもう嫌だ!」っていうことで、そこから脱出して市の中心部に戻るっていう面白い現象が起こっているんですよ。これはなんかすごいなって思って。逆に言うとその郊外の方がいま、空洞化してきていて。ショッピングモールとかが廃墟化しつつあるんですよ。

(赤江珠緒)なんか不思議ですけども。そうなるんだ。へー!

(町山智浩)そう。面白いなと思ってね。で、この間、仙台に行った時、仙台って街の中心部にはオフィスとかがあるんですけども、夜とかは人があまりいなくて。人があまり住んでいないんで、中心部から映画館がなくなっちゃっているんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、映画の講演に行ったら街から車で30分ぐらい離れたところにやっと映画館があるんですよ。で、そこは巨大なショッピングモールなんですよ。そこには人がいっぱいいるんですよ。仙台ではね。でも、それもまた戻ってくるのかもしれなくて。人の動きって面白いなと思いましたね。コロコロと変わるんですけども。で、その2008年の金融危機の話を描いた映画を今日は紹介します。(BGMを聞いて)懐かしいですね。これ、赤江さんだったら聞いたことがあるんじゃないですか。聞いたこと、ないですか?

(赤江珠緒)「聞いたことあるか」と言われると……でも、そんなにはっきりとは覚えてないな。

(町山智浩)そうか。これ、80年代に大ヒット曲なんですけども。ジャネット・ジャクソンの曲ですね。これ、めちゃくちゃヒットしたアルバムなんですけども。これが主題曲になっているのがこの『ハスラーズ』っていう映画なんですが。この曲は『Control』っていう曲ですね。「支配する」っていう意味なんですけども。この映画はストリッパーの方たちの物語で支配、コントロールをしようとしたストリッパーの方々の話なんです。それで『ハスラーズ(Hustlers)』っていうタイトルは「ハスラーたち」っていうことなんですけども。この「ハスラー」は「ハッスル(Hustle)」っていう言葉が語源で。で、このハッスルっていう言葉は日本ではもう使っていないですよね?

「ハッスル」の本当の意味

(山里亮太)そうか。プロレスで1回、流行りましたけどね。

(赤江珠緒)「ハッスル、ハッスル!」ってね。

(町山智浩)「ハッスル、ハッスル」って普通、どういうところで聞きますか?

(山里亮太)呼び込み?

(町山智浩)そう。なんの呼び込み?

(山里亮太)お店の……ストリップとかね。「お兄さん!」って。

(町山智浩)日本ではストリップ、ないですよね。ストリップっていうジャンルがほとんどなくなっちゃって。少ししか残っていないですよね。「ハッスル」って、ピンサロの呼び込みでしょう? ねえ。聞いたこと、ない?

(山里亮太)聞いたこと、ありますよ。

(町山智浩)僕もね、ピンサロって実は行ったことが1回もないんですけども。「お客さん、ハッスル、ハッスル!」って呼び込んでいるじゃないですか。でも、本当はハッスルってそういう意味じゃないんですよ。日本ではハッスルって「がんばる」っていう意味だと思われているけども、ハッスルは「無理やり金をもぎ取る」っていう意味なんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ? それをお客さん相手に言ったらものすごく変ですね。

(町山智浩)そう。おかしいんですよ。だから、わかって言っているんだなって思いますけども。呼び込みの人は。「ハスラー」っていう言葉でギャンブラーをイメージすることがあるんですけども。それは要するに無理やり金を稼ぎとろうというような博打打ちのことをハスラーって言うんですよ。ハッスルっていうのは道端で麻薬を売ったり、売春をしたり。そういうことで必死になって稼いでいる人たちのことをハスラーって言うんですよ。

(山里亮太)へー! 全然イメージと違う。

(町山智浩)そう。日本では完全に勘違いされているんです。「She’s hustling.」って言ったら「彼女はなんかアコギなことをしてぼったくろうとしてるね」っていう感じなんですよ。で、この映画はストリッパーの人たちが究極のぼったくりをするっていう映画なんですね。

(山里亮太)すごいのがテーマになった映画だな……(笑)。

(町山智浩)だから『ハスラーズ』っていうタイトルは「ボッタクラーたち」っていう感じなんですよ。日本語だと。で、これ、実話です。実際に起った事件ですけども。2008年のウォール街での大変な金融危機があった前後の話なんですね。で、主人公はデスティニーという源氏名、ストリッパーとしての名前を持っている女性なんですが、アジア系の女性です。主役を演じているのはコンスタンス・ウーという女性で。この人はアメリカで大ヒットしたアジア系ばっかりのラブコメディ。僕も紹介したと思うんですけども『クレイジー・リッチ!』という映画のヒロインですね。

町山智浩『クレイジー・リッチ!』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でアメリカで異例の大ヒットを記録している映画『クレイジー・リッチ!』を紹介していました。

(赤江珠緒)ああ、うんうん。

(町山智浩)これ、見ていないですよね? アメリカでは全員アジア人のキャストで大ヒットしたラブコメディなんですけども。それの主役だったコンスタンス・ウーがここでストリッパーを演じているんですよ。

(赤江珠緒)黒髪の美女が。はい。

(町山智浩)で、ストリッパーなんですけど、あんまり上手くないんですね。で、アメリカのストリップって日本のストリップと違って、1人がステージの上で踊ると、その人が踊りが上手いとみんながお金を……1ドル札とかお札を持っていって投げ銭をするんですよ。お札だから投げ銭っていう感じにはならないんですが、ステージがお金でいっぱいになるんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)踊りが上手ければ。でも、このコンスタンス・ウー演じるデスティニーはどうも踊りがダメで。お金はパラパラとしかステージに来ないんですね。で、その彼女が新人で苦労している時に輝くような、その店でいちばんに稼ぐとんでもない人が出てくるんですよ。それをジェニファー・ロペスが演じているんですね。この人はロマーナっていう名前のストリッパーなんですけども。で、ジェニファー・ロペスがポールダンスをするんですが、それがあまりにもすごいんですけど、ストリッパーの人とかウェイトレスとか、女性までみんなうっとりと見つめてしまうというすごい踊りをみせてくれるんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)エロを超えてね、なんか芸術を見ているような神々しさがあるんですよ。

(赤江珠緒)はー! ちょっとアスリート的な筋肉もありますもんね。

(町山智浩)そうですね。もうなんかね、女神みたいな感じですごい踊りをするんですけどもね。これ、すごいのがジェニファー・ロペスって50歳ですよ?

(赤江珠緒)はー!

(山里亮太)いま、手元に写真がありますけども。全く見えないもん。

ジェニファー・ロペス(50歳)

(町山智浩)この体、すごいですよね。もう50でこれだから……56のブラピもすごかったですけどね。

(赤江珠緒)そうでしたね(笑)。

(町山智浩)ねえ。あの腹筋とかすごかったですけども。すごいですよ。このジェニファー・ロペスの50歳のストリッパーはね。びっくりしたんですけども。で、それを見た売れないストリッパーのデスティニーが彼女に弟子入りをするんですね。で、「どうやったらそんなに踊れるようになるんですか?」って。そこから特訓物みたいになっていきますよ。「こういう風に鍛えなきゃダメなのよ!」みたいな感じで。それでやっていくんですけど、それはね、金融危機の前の話なんですよ。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)で、アメリカは金融危機になった2008年の10月まではものすごいバブルだったんですよ。ブッシュ政権の最後の年だったんですけども、サブプライムローンのよるバブルだったんですよ。だから彼女たちが働いているストリップクラブっていうのがニューヨークのマンハッタンにあるんですね。だからお客さんはみんなウォール街の証券マンが多いんですよ。だからもう、ものすごい金を使うんですよ。

(赤江珠緒)じゃあ、もう景気よく。

羽振りのよかったウォール街の証券マンたち

(町山智浩)景気よく使うんですよ。で、彼らはそこでシャンパンを買うんですね。そうすると、シャンパンルームっていう個室に連れて行ってもらえるんですよ。そうすると、1 on 1とか1対2とかでストリッパーが密着した踊りでサービスしてくれるんですよ。膝の上に座ったりとかしてね。抱きついたりして。で、1曲ごとに客はそこでチップを払うんですけども。そこで1回ごとに100ドル(1万円)とか200ドルとかをその証券マンたちが払っていくっていう時代だったんですね。いまから11年前ですか。で、この主人公たちは大儲けしていくんですけども、それが大崩壊するわけですよ。

(赤江珠緒)そうですね。うん。

(町山智浩)10月にそのサブプライムローンっていう、本来なら住宅ローンを組んでもらえないような収入のないような人たちに対して、いろんな金融機関が片っ端から住宅ローンを彼らに許してしまって。で、それをなぜ許したのかというと、その住宅ローン自体を債権として別の人にまた売りする。転売をするんですね。で、その転売をする際に、金融商品の中に混ぜて転売をするんで、買った方はそこにサブプライムローンが入っていることを気がつかない。そういうことをやってばらまいたんで、結局住宅ローンを払えない人たちが出始めた段階でそのサブプライムローンバブルが崩壊をしていくわけですよ。それが2008年。日本では「リーマンショック」って言ってますけども。アメリカでは誰もリーマンショックとは言わないんですけども。

(赤江珠緒)ああ、そうなんですね。

(町山智浩)あれ、日本だけです。そう言っているのは。まあ、金融危機なんですね。それですべての人の生活がめちゃくちゃになっちゃうんですよ。それで彼女たちはストリッパーをやっていたんですけども、その後に結婚したり、別の仕事をしたりして子供を作って、また離婚してシングルマザーになったりとかしていたんですけども。そっちの方の仕事も全部崩壊しちゃうんですね。金融危機のあおりを受けて。で、もう全然仕事がないっていうことで、その時には本当に仕事がなくて。「ウォール街を占拠せよ」っていう運動が起こったんですけども。就職をこの時、若者たちも全然できなかったんですよ。で、一流大学を出ても就職できないから、道端で野宿をする。で、野宿をするんだけども、嫌がらせをするためにウォール街の公園でみんなで野宿をしていたんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)それがウォール街を占拠せよっていう運動なんですが。その時になっちゃうんですね。で、彼女たちが食えないっていうことで、またストリップクラブに戻ったりするんですけども。このデスティニーとジェニファー・ロペス演じるロマーナがね。でも、お客さんが来ないんですよ。金融危機しているから。で、チップの払いも悪い。それでいろいろとしていると、「あれはウォール街のやつらがやったんだ」っていうことがわかるわけですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)「あいつらが金融危機を起こしたのに、誰も処罰されていないじゃないか。誰も刑務所に行っていない。これはおかしい! じゃあ、やつらをちょっと『釣り』しましょうよ」っていうことで、そこから始まる話なんですよ。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)で、ウォール街の近くに行って、すごいいいスーツを着ている人を追跡すると、そのウォール街のものすごいトップクラスの金融マンたちが行くクラブっていうのは限られているんですよね。で、そういうところで高い酒を飲んでいる、いいスーツを着た人たちに近づいていくんですよ。餌となる女性が。で、よく見て彼らの服がちゃんときれいなのか、靴もいい靴なのか。で、クレジットカードがブラックカードなのかとかね。ブラックカードってご存知ですよね?

(山里亮太)いちばん限度額がなにもない、すごいカード。

(町山智浩)限度額、まああるんでしょうけど。1回に1000万とかのね。で、年収がすごい人にしか支給されないというそのブラックカードを持っているかとか。後は結婚指輪をしているのかとか、そういうのを見て。「こいつは大丈夫だ」って思った人に近づいていって「ちょっと飲みましょうよ」みたいなことを言うわけですよ。逆ナンみたいなことを。で、飲んでいると「あ、私、友達と待ち合わせなの」って言ってその友達という形になっているストリッパー3人組が後からやってくるわけですよ。で、女4人でその証券マンを囲んで、なんかいい気持ちにさせて。ハーレム状態にして。で、「私たちはストリッパーなんだけど、私たちが働いているお店に行かない?」って言って連れて行って。で、そこで彼の飲んでいるお酒にエクスタシーっていうお酒を入れちゃうんですよ。

(赤江珠緒)あらまあ!

(町山智浩)で、ラリラリになっていい気持ちになっているところで、どんどんどんどんといろんなものをオーダーしたりして、そのクレジットカードから限度額までどんどん引き出してぼったくるっていう話なんですよ。

証券マンたちからぼったくる

(山里亮太)うわっ、怖い!

(町山智浩)で、これは本当にあった事件なんですよね。まあ彼女たちは復讐のつもりなんですよ。こんな世の中にして……みたいな。相手もちゃんと選んで。で、彼らはほとんど誰も通報しなかったんですよ。クレジットカード会社にも言わなかったし、自分の会社とか奥さんとかにも相談をしなかった。だからバレなかったんですよ。

(赤江珠緒)被害者の人たちが。

(町山智浩)被害者の人たち。それは、結局そういうことになるとなんかトラブったことになると、クレジット(信用)の評価が下がっちゃうっていうことがひとつあるんで言わない。あと、ストリップバーで過剰に請求をされたということ自体も言えない。で、会社にバレると会社内での評価が下がるから言えない。で、もちろん奥さんにもバレたらマズいから言えないっていうことで誰も言えなかったっていう。それでなかなかバレないで、彼女たちはそこで仲間をどんどんと増やしていって、すごいグループになっていったっていう話なんですね。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、この映画、そういう風に聞くと暗い映画のように思えるんですが、ものすごく楽しい映画になっているんですよ。音楽はもう本当にさっきからかかっているようないい音楽ばっかりかかっていて。で、編集のテンポがめちゃくちゃよくて。マーティン・スコセッシっていう監督が昔撮った『グッドフェローズ』っていう映画にすごい近いんですよ。これはローリーン・スカファリアっていう女性監督が撮っているんですけども。テンポがよくて楽しくてコメディになっていて。それでエッチでしかも女の人たちが金持ちのスケベな男たちを次々に騙して金をふんだくるっていう痛快さがあって。で、彼女たちがやっていること自体もいつかは罰せられるという……まあ、罰せられたからこれが実話として報道されているわけですけども。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)それでなおかつ、泣かせがあるんですよ。実はこれ、貧しい人たち、社会の底辺に置かれている人たちがそこで疑似家族を作っていくということで、実は『万引き家族』と似た話なんですよ。

(赤江珠緒)派手さが全然違いますけども(笑)。

(町山智浩)いや、でも『万引き家族』みたいになっていくんですよ。リリー・フランキーとジェニファー・ロペスだともう天国と地獄ですけども(笑)。ねえ。リリー・フランキーはあっちでも脱いでましたけど、どっちの裸がいいのか?っていう話じゃないんですよ。この映画はね。でもね、いまこういう貧しい人たちが疑似家族を作って非常に違法な手段で戦っていくっていう映画が次々と世界中で作られていて。これは大変な格差社会が全世界に広がっているからだと思うんですけども。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、次回はそれの韓国版の『パラサイト 半地下の家族』という映画を紹介するつもりです。はい。で、『ハスラーズ』は来年年明けに日本公開です。本当にこれ、面白かったです。で、アメリカでは大ヒットです! ナンバーワンヒットでした。

『ハスラーズ』予告編

(赤江珠緒)そうですってね。『ジョーカー』が出てくるまでナンバーワンヒットだったっていうね。

(町山智浩)そう。ストリッパーがぼったくる映画がナンバーワンヒットですよ? もうアメリカもどういう状況になっているんだ?っていうぐらい格差社会がひどくなっているっていうことですよね。

(赤江珠緒)実話っていうところがまたね、響きますね。わかりました。町山さん、今日は『ハスラーズ』をご紹介いただきました。来年2月公開予定です。町山さん、夜分にありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした!

<書き起こしおわり>

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